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あっけない初陣

 周りの男どもの刺すような視線に背中を押されるように、俺は十八の少女とともに、ダンジョンへと続くゲートをくぐった。



 ――説明によれば、ここはダンジョンの地下七階らしい。そこには空があり、気候があり、植物があった。俺の攻略していたダンジョンとはまるで違う。景色が素晴らしい。



 樹海のセーフゾーンまで転移されて、そこで試験官からプレイヤーたちに簡易物資箱が配布された。中を覗けば、そまつな回復薬と、状態異常を解除する安っぽいタブレット、ターゲットを補足する千里眼のポーション、当階層のマップ、緊急避難または地上帰還用の小型転移石、討伐完了を知らせる角笛、そして素材回収キットが入っていた。



 試験官はターゲットの特徴を言わないまま、ゴリラの亜種だから、がんばってね、と言って、それから討伐開始を宣言した。



「はぁ? ジャーマンゴリラの亜種だって!? ムリに決まってんだろお」

「やっぱ試験のレベル上がってるわ……もうだめだ、帰りてぇ」

「何頭いるか知らないけど、一匹でも総がかりじゃないと倒せないわ」



 悲観する声がそこかしこで聞こえる。俺はそのジャーマンゴリラとやらは見たことがない。かなりの強敵らしく、俺は緊張が高まった。ごくり……とつばを飲み、持ってきた心眼猫のヘルムをかぶり、意識を集中させる。



「岡田さん、どうしたんですか?」



 俺に千里眼ポーションなんていらない。心眼猫のヘルムの効果で、ターゲットの位置を感覚的に割り出せる。



「……見つけた」

「え?」

「この簡易物資箱、全部あげるよ」

「えっ、え」



 ほのかに、俺についてくるように指示して、俺はさっそく走り出した。周りの貧相なハンターどもがいうには、ジャーマンゴリラの数は複数いると思われるが、しかし試験の性質上、数に限りがある。早めに見つけて戦闘に入るのがいい。先手必勝だ。



「そんなに急いで、どうします――はぁっ、もっと、――作戦とか練ったり」

「――ふっ、――っふ、先に――相手の状況を確認するぞ、――ふっ」



 木々の間を駆け巡りながらしゃべっていると、道中で小さな爆弾虫を発見した。テントウムシみたいな見た目だが、死の間際に爆発する特徴がある。ほのかがすかさず捕まえて、素材回収キットに放り込んだ。



「よしっ! 一匹ゲットですね、うんうん、順調な気がします」

「ははは、そうだな、あとで使えるかもしれない。じゃ、また走るぞ」

「またですかぁ、わたし走るの遅いのに!」

「ほかのやつに先超されちゃうだろ」



 俺の目的はあくまで試験の合格だ。ミッションはジャーマンゴリラ亜種の討伐のみ。樹海探索の依頼を受けているわけでもなし、ピクニック気分じゃないぜ、こちとら。



 初めて見るステゴザウルスのような恐竜や、珍妙な虫たち、様々な色の薬草はさておき、しばらく走っていると、俺の捕捉しているジャーマンゴリラが移動し始めた。うまくこちらに近づいてくれている。



「――止まれ」

「はぅっ、はい」



 急ブレーキをかけて、そばの大樹の根方に隠れた。遠方に、のそのそと両手を前に垂らして、鼻息荒く歩く一頭のジャーマンゴリラが見えた。



「わっ、わ、剥製は見たことあるけど、実物ははじめて見ました……」

「黄色だな、真っ黄色」

「あ、はい、亜種なので、黄色です。通常のジャーマンゴリラは赤色ですけど」



 短い体毛は一面黄色で、木陰から出ると日差しが当たり、ゴリラが金色に見えた。



「……あれ、強いのかな」

「はいっ、Cランクプラスです、手強いです!」



 ゴリラは呑気に短草の上で寝転がり、鼻をほじりながら眠ってしまった。周りには白いチョウチョが飛んでいて、小鳥が遠くでチュンチュン鳴いている。非常にのどかな風景だ。



「……寝やがったぞ」

「チャンスですね!」

「さっきの虫を使ってみるか」



 俺はひとまず小手調べに先ほどほのかが捕まえた爆弾虫を取りだして、手の中で握りつぶし、瀕死状態にしてから、ゴリラに投げつけてみた。



《――ボンっ! グホォオオオ!》



 ゴリラが背中を押さえてのたうち回った。



「ひゃあっ、こっち見てます!」

「よし、下がってろ、ここはいったん俺が対応する」

「はい! お願いします!」



《グルホォオオ!》



 奇声を上げながら四足歩行で突進してくる。どれ、一太刀浴びせて、それで突進が止まらなければ回避し、様子を見ようか。


 

 俺は太刀を抜き、軽く振って、斬撃を飛ばした。この黒い太刀特有の白紫色の斬撃はゴリラの頭部に直撃した。



《――ズバンっっっ!》



 ……綺麗に肉と骨がきれいに切断される音がして、黄色のゴリラが流れるように二つに裂けて、突進の勢いが残っている分だけ地面を擦りながら進み、切り離された肉体が二人の手前5メートルほどで停止した。すでにジャーマンゴリラは息がなかった。



「……え」



 振り返ると、パートナーのほのかが、あごが外れそうな具合に大きく口を開けて、唖然としてた。



 ……仕方なく、角笛を吹いた。それで、最初の一匹が討伐されたのだということが、七階全域、ないし、ダンジョンの向こう側の施設職員に伝わる。



 後頭部をポリポリとかいてから、俺は気まずそうに言った。



「……うん、帰ろうか、ほのか」

「い、いっ、一撃って……、岡田さん、……すごすぎませんか?」

「たぶん頭が弱点だったんだろ」

「いえ、ジャーマンゴリラの弱点はお尻です。頭部は体の中で一番丈夫な部分だったと思いますけど……」

「マジで? じゃあもともと弱ってた個体だったのかな?」

「そう、なんですかね……? 弱っているようには見えませんでしたけど……」

「たまたまクリティカルヒットしたって線もあるな」

「うーん……」



 あまりに歯ごたえのない狩りだった。謎が残り、納得できかねたが、何もすることがなくなった俺たちは仕方なく、転移石に念じて、ダンジョンの入り口まで戻った……。



◇◆◇◆



 角笛の音を聞きつけて、試験官たちが樹海のエリア7に急行した。そこで試験官たちは目を疑う状況に出くわした。



「……さっきの角笛は誤報じゃなかったんだ!」



 ハンター選抜試験で指定した討伐対象のジャーマンゴリラの死体が横たわっていた。その周囲を白いチョウチョが飛んでいる。



 死体のそばに駆け寄ってきた試験官たちが騒ぎはじめる。



「おい、真っ二つにされてるじゃないか!」

「なんて乱暴な仕留め方だ。信じられん」

「いったいどうやってやったんだろう」

「特殊な大型武器でも持ち込んでいたのか?」

「いや、討伐した試験番号49―23番ペアの使用武器は鉄製の片手剣ないし、自前で作った名称不明、通常サイズの太刀だそうだ」

「ええ? じゃあ……?」



 弱点の臀部から攻撃されているわけではなかった。むしろ全身の中で最も硬度の高い頭部から一刀両断されているのが死体から見て取れた。



 試験官たちの中でも年長の課長が、難しい顔で立ちすくんでいる。部下が問いかける。



「課長、これはどう評価すればいいのでしょうか?」

「……どうって、見たとおりの評価をするしかないだろう」

「でも、試験官たちが採点の持ち場に移動する前に狩られてしまったので、目撃者がいません。これじゃ、正確な判定はできませんよ」

「だからこそ、だ。戦闘中の動きの評価はしてやれんから、討伐完了後のモンスターの死体から類推できることだけを戦闘項目に評価してやって、あとは討伐までの時間評価で総合結果を出す」



 課長はすでに息絶えたジャーマンゴリラ亜種の切断された頭部のそばにしゃがみ込み、その断面を長年の観察眼でチェックした。



(……クリティカルヒットしているわけではない。切断面の美しさから考えて、何度も剣を振るって真っ二つに仕上げたわけでもない。これは一太刀で殺されたんだ)



 死体が物語るのは、仕留めた者の驚異的な攻撃力だけだった。課長は呆れたように頭を左右に振ってから立ち上がり、帽子を取って空を見上げた。それから小声でひとこと、



「ふぅー……、どうやら今回の試験には、桁違いの怪物が紛れてやがったみたいだな」

「……課長?」



 課長はおもむろに時計をチェックする。まだ試験開始から20分しか経っていない。



「おい、上に通達しろ、49―23の総合評価は特Aだ」

「え!? 特Aですか?」

「そうだ、何か文句あるか」

「い、いえ。分かりました、すぐに通達します」


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