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片手剣のパートナー

「――よっす、源さん、また来たよ」

「ほぉ、こないだの坊やか。またかえってきて、なんじゃ、おっかさんでも死んだか」

「違う違う、仕事探しだよ」



 早朝に漁港で立ち働いていた源さんと鉢合わせしていた。源さんはこの港では最年長で、はげ上がったおじいちゃんだが、肝が据わっていて、何にも驚かない。



 ウッドフォールを埠頭のあたりに立たせたままでいると、後方から続いてきた漁港の職員の女性が「うひゃあ!」と驚いて腰を抜かし、その場に倒れ込んだ。



「びっくりさせちゃったかな」



 俺はまた口笛を吹く。今度は少し低めの、モールス信号のような具合で、帰ってよし、という信号をウッドフォールに伝えた。緑色の大きな翼が早朝の朝日の中で大きく開き、その影がゆっくり飛んで、沖の方へと向かっていった。



 たしか、公式に登録されていないモンスターを利用した飛行移動は法律で禁止されていたっけか。なんだかそんな話を前回内地に帰ったときに小耳に挟んではいたが、俺の住んでいた無人島には滅多に船が立ち寄らないし、内地に帰るにはやむなしなのだ。



「――今のは、見なかったということで」



 倒れたおばさんに言うと、彼女は激しくうなずいた。



◇◆◇◆



 一般の市街地はタクシーで行った。



「すみません、ハンター地域育成センターまでよろしくお願いします」

「……あ、はい、分かりましたっ」



 タクシーに乗り込んで数秒、運転手は唖然としていたが、それはなぜかというと、俺の服装が、上は紫煙大蛇ネスカピオーネのメイルで、下が賢者の赤衣、腕は風切熊(正式名称不明のため適当に命名)のアーム、足元は雷撃馬(これも正式名称不明)のグリーヴを装着していたからだ。背中にはあの名の知れない黒龍の素材を研いで作った太刀が差してある。



 一般の方からすればちょっと仰々しいだろうが、俺としては最強装備にはほど遠い、比較的カジュアルな軽装のつもりだ。装備品がどれも一品モノで統一感に欠けているのは、単純に当該モンスターがそのダンジョンに一匹しかいず、一度倒したら二度と出てこないために素材不足で一つしか装備品を作ることが出来なかったからだ。



「お、お客さん、すごい格好してますね……」

「えぇ、まぁ。今年で35なんですけど、ハンター選抜試験のリミットなんで、気合い入ってて、初めから着てきちゃいました」

「へぇ、35でハンターですか、あ、そりゃ大変だ……」



 ――そこから小一時間ほどで、地元で唯一のハンター育成センターに到着した。



「うお、すごいな」



 山の麓にあり、大型の堅牢な刑務所のようなたたずまいのこの施設は、俗に「ギルド」と呼ばれ、ダンジョンの階層に合わせた依頼が掲示板に張り出されているらしい。そこで仲間を招集し、安全を期して攻略に望むのだそうだ。



 外装がコンクリートむき出しというのは、たぶん予算をけちられたからだろう。都会のギルドはもっと豪華絢爛できらびやかな感じだ。とにかく、施設の奥にあるダンジョンの入り口の管理さえ出来たらいいというおおざっぱな構造だった。



「よし、いっちょ行ってみるか」



 中に入るとさっそく今日のハンター試験の応募者とおぼしき武装した人たちが大勢集まっていた。みんな余裕そうで、なんだか全員手練れに見える。



 ハンター試験を受ける中では最年長の俺は目立った。なんであんなおっさんが試験を受けに来ているんだ? みたいな好奇な目にさらされているのだろう、若者がニヤニヤしてこちらを見ている。



(えぇい、こっちを見るな馬鹿者、見るなら今はやりの美人女優のグラビア写真とかにしやがれ、俺はただの無職のおっさんだぞ!)



 ちょっと恥ずかしい思いをしながらも、さっさと受付に行った。



「――えーと、紫煙大蛇ネスカピオーネって、何でしょう」

「あれ、ご存じない?」



 施設の職員が、俺の書いた履歴書を見て怪訝な顔をしている。俺の職歴に疑問を持っているわけではなく、装備の詳細を記す欄で、見覚えのないモンスターを素材とした装備の名前が目立ったからだろう。



 職員が急いでパソコンのキーをカタカタとたたき、日本ダンジョンモンスターデータベースを参照した。そして、紫煙大蛇ネスカピオーネの名前はヒットしなかった。



「日本のダンジョンにはそのようなモンスターは確認されておりませんが、その装備、大丈夫でしょうか。本試験は安全性の観点から、ヘルムとメイルは最低でもCランク以上の装備をしていないと、法律上、試験を受けさせることが出来ませんが」

「え、うっそ、待ってくださいよ、……ほら、この本に書いてあるでしょう、見てください」



 持参していた手提げ袋の中の雑誌を取り出し、該当ページを見せると、職員がさらに手を広げて調べてくれた。その結果、このモンスターは今のところフィンランドの一部地域でしか確認されていない種だったことが判明した。



「あ、あなた、見かけによらず、凄腕なんですね」

「はい?」

「このモンスター、Aランクの危険生物認定を受けてます。まだ討伐情報が出回っていないので、もしかしたら、あなたが世界初の討伐者かもしれません……」

「あ、そうですか、そりゃめでたい」

「あの、ここ三年以内の海外渡航経験はおありですか?」

「ないです」

「……だったら、どこで討伐されたのでしょう」

「地元の漁師がインダテって言ってる、無人島で狩ったんですよ」

「つまり、日本の、ハンター協会の管理下にない島のダンジョンで遭遇し、討伐したと」

「ええ、でも、最下層まで攻略しきったから、管理するまでもないですよ。ちょっと一風変わったダンジョンってだけで」



 職員が上司と相談し始めた。そして神妙な面持ちで帰ってくると開口一番こういった。



「その島のことを詳しくお聞かせ願えますか?」



 それから島のだいたいの位置と、安全状況を伝えると、職員が電話を入れた。本部に連絡を入れているのかもしれない。それから、装備の件は不問にすると言われた。



 疑われた俺のメイルは、いちおうCランク以上だとみなされたらしい。っつーか、ランクって結局なんなんだろうな、雑誌にもAだのBだのCだの、いろいろ載ってたけど、ちゃんと見てなかったな。



「――で、では、ここにお名前をご記入ください」

「はい」



 続いて誓約書のようなものを書かされた。要するに、死んでも責任はとれませんけど、いいですかというニュアンスの誓約書だ。ハンターには命の危険はつきものだ。引き際を間違えてモンスターに殺された、なんてのはよく聞く話で、何をいまさらという感じだった。



「あとは集会所のほうでお待ちください。しばらくすると電光掲示板の方であなたの番号が表示されます、対となる番号の方が今回の試験での相方、つまりパートナーとなります」



 職員の説明によると、国の方針が変わり、世界的な国際ハンター育成のために、ハンター試験のレベルを一括引き上げにしたそうだ。



 日本人ハンターは弱い、という風潮をなんとかするためには、やむを得ず、代わりに二人一組の試験にして、協同でハンティングすることを許可しているらしい。



 集会所で待っていると、番号が掲示されて、同時に相方も確定した。



「すみませーん、23番の方―?」

「あ、はい、わたしです!」



 呼びかけに応じて俺のもとに駆け寄ったのは、まだ十代だと思われる若い女性だった。ショートヘアーの茶髪と、濡れたような大きな瞳が特徴的な、小さくて可憐なお嬢さんだ。



「棚橋ほのかです! よろしくお願いしますっ」

「俺は岡田祐介だ、あの、失礼かもしれないけど、君、歳いくつ?」

「18です、ハンターアカデミーを卒業したてで、地域のハンターライセンスを取りにきたんです」

「あ、そうなんだ」



 女性らしいタイトな装備は腕や足回りは鉄製で、他は動きやすい繊維の素材にしてあった。いちおう腰には短剣、左腕には小型の盾がセットされていて、『片手剣』の戦闘スタイルが取れるようにはしてあったが、聞けば彼女は戦闘は不向きで、素材の回収やそれらの調合、捕獲したモンスターの調理などが得意なハンターらしい。しかしそれにしても、年齢制限の下限と上限がパートナー同士というのは、なんだかやりづらいな。



「わぁー……見たことない装備です、なんだかスゴそう」

「凄いなんてことないよ、そのへんの島にあるダンジョンで、適当にモンスター倒して、それで加工してるだけさ」

「あっ、岡田さんって加工技術があるんですね!?」

「まあ、前の仕事の職場で、ちょっとした加工のイロハを教わってね」

「前? じゃ、今は何のお仕事をしてるんですか?」



 うっ、世捨て人の無人島プレイヤーだとは言えない……



「まあ、ふつうの、あれだよ、うん」

「ふつうの……?」



《――ハンター試験受験者はゲートを通過してください、今回のステージは樹海です。どうぞお気をつけて》



「樹海ですって! 頑張りましょうね!」

「ちょっ、手、引っぱらなくても!」


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