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プロローグ

 某ダンジョン最下層、砂漠地帯の最果てで、俺は地面に膝をついて血を吐いていた。



「――ぐはっ……、ちくしょう、防具がもう使い物にならねぇ……!」



 一つ上の階層を支配していた氷狼の皮膚から作ったメイルはいたるところが傷だらけで、酷い箇所だと完全に裂けて地肌が見えていた。自分で作った回復薬はもう使い切っていて、全身のダメージが癒える見込みはない。体は疲弊しきっている。



《――ギャアァアアァァア!》



 このダンジョンの最下層を支配する『黒龍』が、上空で旋回しながら叫び声を上げている。すでに瀕死状態だが、そこから覚醒状態に入り、全身に白紫色の雷をほとばしらせながら怒り狂い、俺を襲ったのだ。



 奴の攻撃の習性から言って、次は上空から一気に下降してきて、俺を丸呑みにしようと大きく口を開けて飛び込んでくる。――最後の勝負だ。次の一太刀で決まらなかったら、俺は力尽きるだろう。



「……今から入れる保険、ねぇかなぁ」



 俺が弱音を吐いている間に、動きがあった。名もなき黒龍は予想通り、翼を一度羽ばたかせたあと急下降して、体を捻らせながら巨大な牙をさらけ出して大口を開き、真っ正面から仕掛けてきた。



「きやがった……、しゃーねぇ、いくかっ!」



 俺は最後の力を振り絞り、愛刀の柄を精一杯の力で握り締め、龍の口をめがけて走り出し、捨て身の特攻で迎え撃った。



「うぉおおぉおおおおぉぉおぉっっっっっ!」



 振り抜いた刀が龍の体を引き裂く感触と、龍の苦しいうめき声が聞こえるのと同時に、俺は走馬燈のように過去のことを思い出していた。



◇◆◇◆



「――え、クビ? 俺がですか?」

「すまんな、岡田。ウチの会社も不況に煽られて、倒産寸前なんだよ、わかるだろう?」

「そ、そんな! ちょっと待って下さい! 俺にはこの仕事しかないんですっ! 社長も俺の力が必要だって言ってくれていたじゃないですか!」



 社長は渋い顔をして、ただただ哀れみの目を俺に向けていた。その表情や雰囲気から「どうしようもないんだ」というニュアンスが察せられて、俺はそれ以上何も言うことが出来なかった……。



 ――スポーツ製品加工会社をリストラされて三年になる。現実社会や人間関係にうんざりして、無人島に移住し、そこで生活して二年になる頃、この島にも『ダンジョン』が発生した。



 十年前から世界各地にとつぜん現れるようになったダンジョンにはモンスターと呼ばれる猛獣がうようよ生息していた。各国は総力を挙げてダンジョン周囲を管理下に置き、内部調査するためのハンターを国内で育成したりしている……らしい。



 先週、内地に帰ったときに、街で買ってきた雑誌『世界のダンジョン事情』の最新号にはそう書いてある。地元の田舎にはダンジョンは発生していなかったが、都会はたいへんらしい。



 無人島生活では、海の魚や森の動物なんかを主食としていたが、だんだん味に飽きていた。



「せっかく島にダンジョンが現れたんだから、ちょっくら狩りに行ってみるか。なんかおいしそうな獣がいたらいいなぁ」



 そんな軽いノリでダンジョンに入ってみると、最初はまったく歯が立たなかった。どんなダンジョンでも低階層だったら素人でもなんとかなるらしい、という世間の噂とは裏腹に、低階層のモンスターでも恐ろしいほどの尋常ならざる強さを感じた。



「……最近の若者は、こんなのを平気で相手にしてるって言うのか……、くそっ、中年男には荷が重いってか」



 たしかにハンターは十代後半から二十代前半がキャリアの華で、それ以降は肉体の衰えとともに活躍しにくくなると言われている。だから、三十を過ぎている俺がハンターを初めてやったときは、体感難易度が跳ね上がっていたのだろう。


 

 しかし、それでも少しずつ弱い敵から倒して、前の会社で培った付け焼き刃の技術を応用して、素材から武器や防具を加工、それらを用いて少しずつダンジョン攻略を進めた。俺はなんだかんだ言って、狩猟採取の生活が気に入りはじめていた。



「ハンターって楽しいな……! ときどき死にそうな目に遭うのが玉に瑕だけど」



 俺は一年かけて、そのダンジョンを一人で攻略した。一週間ほど前に最下層のラスボス、俺が勝手に『黒龍』と名付けているモンスターを討伐したのが最後だった。そのモンスターの正式名称はいまだに分からないが、はっきりいってえぐいぐらい強かった、中年男には体力的にかなり厳しく、同い年ぐらいのハンターで同種の黒龍を狙っている奴がいたら「無理すんな、アレはやめとけ」と忠告してやりたいくらいだ。



 今はのんきに低階層の倒しやすくて食べるとおいしいモンスターを狩って、地上に肉を持って帰り、たき火で焼いて食べるだけの平和な生活になっている。ダンジョン攻略という一大目標を達成して、あまりやることもないのだ。



「――あぁー、うめぇ、この赤い飛龍、肉がジューシーで歯ごたえあるわぁ!」



 当時はモンスターたちの名前すらよく知らなかったが、先週内地で買った雑誌には紅炎翼竜ジャッカルワイバーンと書かれてあった。あ、そんな名前だったんだ、あいつ、と思い、一つ賢くなった気がした。



 ダンジョンにはランクがあって、出入り口の色で分けられているそうだ。下位ランクから白、緑、青、……そして最高ランクは黒とされている。



「おっかしいなぁ、俺の島にあるのはクリスタルっぽいキラキラした感じのやつなんだが、そんなのどこにも書いてないぞ」



 すると雑誌のとあるページの隅に、【特殊ダンジョン】の特集が組まれていた。世界には通常とは異なるダンジョンがごく少数確認されているが、内部のモンスター情報はまだほとんど分かっていない、などと記載されている。



「あ、なるほど、じゃあ、俺のは特殊ダンジョンってことね」



 どうりで、と思ったのは、雑誌に載っていない種類のモンスターを俺がたくさん知っているからで、ああいうのは特殊な新種のモンスターだと合点がいった。



 雑誌の巻末には、現在の世界ハンターランキング上位100人の名前が書かれていて、ほとんど白人や黒人といった外国人のハンターばかりだった。



「日本人って、骨格が小さいし、気は弱いから、ハンターには向いてないんだろうなぁ」



 稲妻牛スパークカウの牛乳を飲みながら雑誌を眺めていた俺は、ハンターランキングトップテンの紹介文を見て思わず牛乳を吹き出してしまった。



「――ぶはっ! 年収4000億円だって!? マジかよ!」



 十位のジョナサン・グレースで4000億円である。気になる一位の野郎は1兆3000億円。美女を周囲にはべらせて、にこやかに笑っているバカンス写真が添付されている。……ぐぬぬ、世界一ともなると、ハーレムなんておちゃのこさいさいってか!



 俺は雑誌を投げ出した。今年でもう35歳になる。再就職は難しく、預金残高は50万ぽっちだ、結婚もかなわないだろう。ダンジョンで鍛えられたから、体力はそこそこあるような気がするが、若い人にはきっと劣るのだろう。



「あー、今更ながら人恋しいぜ、いったん内地に帰ったのが間違いだった、ものすごくリア充がうらやましく見えちまう……くっそ、どこで人生間違ったのかね……」



 どうにかして、もう一度社会復帰のチャンスがほしい、そう思っていた。



 海辺に投げ出された雑誌が風で開いて、あるページを開いた。俺が拾いに行くと、そのページはハンター求人の広告だった。



《来たれ、強きハンターたちよ! ――経歴不問、体力に自信があり、ハンティング経験がある方優遇。応募対象年齢 18歳から35歳まで》



 国の新しい公共事業のようになったダンジョン攻略。稼いでるやつは稼いでいるが、命知らずの社会不適合者たちの日雇労働だったりする。そこから名をあげてプロ契約にこぎ着ける輩はほんの一握り。おっさんの俺にはムリだろう……。



 しかし俺は立ち上がった。最後のチャンスだと思うと、ダメ元でやってみようという気になったのだ。実績次第では地方ダンジョンの公式ライセンスくらいはいただけるかもしれない。そうなれば地方公務員と同じような社会的ステータスが得られる。ちゃんと社会復帰できる。



「世界一なんて目指さなくってもいいんだ。地方でそこそこぐらいの、年収300万ハンターでも、十分ありがてぇんだ。そこでもう一度人生やり直すんだ……っ!」



 俺は口笛を吹いた。半年ほど前にダンジョンの中で生け捕りにして飼い慣らした緑神鳥ウッドフォールが、ダンジョンの入り口から飛び出して、「キューン」と優しく鳴いた。



 月の周りで円を描き、それから海辺に降り立った。いつも思うが、エナメルグリーンの体毛と琥珀色の目が綺麗だ。



 どこまで通用するか分からないが、やるだけやってみよう。自分のオリジナルの武器と、防具、独自に開発したポーションや道具を持参して、一縷の望みにかけ、ウッドフォールの背に乗って、おっさんは内地へと飛び立った。


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