第一章02
第一章02
「そろそろ、ご飯の支度をシテクルネ?ヒグマがいるかもしれないから、遠くに行っちゃダメヨ」
「ヒグマ…!和の国にもツキノワグマって熊がいるけど、それより大きいのかい?」
「うーン。大きいヒグマだと、ベンケーさん5人分くらい合わせた感じカナ。冬眠から目覚めてお腹空いているから、アブナイヨ」
ツキノワグマは、本州に生息する熊で、大きい個体で体長180cm、体重150kgくらいになる。一方、北海道に生息するヒグマは、大きい個体だと体長280cm、体重600kgくらいにもなる。時速60kmで走る事ができ、泳ぎも木登りも上手で、頭が良く、スピード・パワー・持久力に優れ、死角がない。一度狙った獲物に対する執着が強く、臭いを辿ってどこまでも追いかけてくる習性がある。人間を襲うことがあり、北海道開拓時代の三毛別羆事件の悲劇は有名である。
「…なんと、そんなに大きいのか。俺が鞍馬山で見たツキノワグマとは別物と思った方が良いな。ヒグマか…見てみたい気もするが…」
「森で遭遇したら拙者は唐辛子の粉を目玉に投げつけて逃げるでござるな」
「某は火遁の忍術で体毛を燃やして撃退してみるぜ」
「我は薙刀で切り刻んで弱らせていく作戦で行くじゃろうな」
「俺は毒矢かな。毒、効くかな」
など、各々が其々の特技で仮想のヒグマと頭の中で対戦して語り合った。
アテルが厨房から出てきて、
「ねえ、どなたか山菜を採りに行ってきてくださらナイ?ゼンマイやコゴミが裏山に沢山生えているの。お浸しを作りたいのよネ」
と、申し訳なさそうに4人にお願いした。
「我が行きますじゃ」
「俺も行くよ」
弁慶と義経が手を挙げた。
従者の女性ポンマが同行して案内してくれた。
「某はちょっくら厠へ」
「拙者は水汲みに行くでござる」
と、其々が納屋を出て行動した。
三郎が厠に行くと、従者の男性のシャクシャインが先に用を足し終えたところだった。三郎は厠の使い方をシャクシャインに教えてもらいその通りに使った。
継信が湧水の水場に行くと、厨房から従者の女性ミナが水汲みに来ていた。ミナは蝦夷の言葉で笑うという意味で、ニコニコと笑顔の素敵な女性だった。
義経が山菜を採っていると、突然珍客が現れ、義経の脚にじゃれついてきた。
「おほっ。こやつ、愛くるしいな。俺の脚に抱きついてきたぞ。モフモフだ」
「ヨシツネ様!イケナイ。それはヒグマの子供。近くに親が居るはずデス」
ポンマは蒼ざめていた。
「あ、そうか。子育て期間中なんだね。この子、親からはぐれたのかな」
義経が小熊を抱っこして撫で回していたが、急いで小熊を離した。弁慶は薙刀を手に持ち、周囲を警戒した。義経とポンマは納屋の方へ向かって後退をはじめた。
そのとき納屋からキャーと悲鳴が聞こえた!
アテルの声だった。
義経と弁慶はアテルが納屋から出てきたのを見て安堵したが、背後から巨大な影が追ってきた。
親ヒグマだった。
「なんて大きさだ!弁慶、俺が毒矢の準備をする間、任せたぞ」
弁慶が対峙すると、ヒグマは立ち上がって威嚇した。弁慶が子供に見えるくらいの大きさだった。
「アテル、こっちへ」
「ひぃー」
アテルは義経の背に隠れた。
「ここは通さぬじゃ!ぬううううん!」
薙刀を振り回してヒグマにジリジリと詰め寄り、
ヒグマが弁慶の間合いに入った。
『ヒグマとて動物。急所は同じじゃろ』と考えながら、最大速度で薙刀を一閃した。
ヒグマの左後ろ脚を切断した。
「何という硬さじゃ。手が痺れたぞい」
左脚を失いヒグマの態勢が崩れ、倒れながら弁慶に右前脚で攻撃してきた。
弁慶は薙刀の柄の部分で攻撃を受けたが、抑えきれず左肩から袈裟斬りにダメージを受けた。
「ぐはぁっ!何というチカラじゃあ!」
弁慶はすぐに態勢を立て直し、腰に差していた太刀でヒグマの右眼を居合い斬りで一閃した。ヒグマが右眼を失って怯んだ隙を突き、今度は左眼に突きを入れ頭蓋内まで刀を突き立てた。両眼を失ったヒグマは散々に暴れた。弁慶は後退し、そこへ義経の矢が胴の部分に突き刺さった。ヒグマは尚も暴れ、二本目の矢が胸の部分に突き刺さった。毒が回ったのか、頭蓋内の出血による麻痺か、ヒグマは急に動きが止まった。
「仕留めたっぽいな」
「危なかったじゃぞい」
アテルは弁慶に駆け寄り、爪傷の怪我の程度が軽いことを確認すると、弁慶に抱きついてお礼を言った。
義経は『最後は俺の矢だったんだけどなぁ。まあいいか』と思いながら、アテルに抱きつかれて照れてデレデレになっている弁慶を見て微笑んでいた。