76話 どうにも敗者はその運命から逃れられない。
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人——いや広く言ってしまえば世界というのは常に不平等である。きっと誰もがそう感じたことがあるだろう。もちろん俺だって経験してきたことだ。
社会や私生活において、人と人の間では必ず何かしら差が生まれる。これはこの世の中での絶対的な真理にほかならない。
仮に同じ方法で同じ時間、同じ質の努力をしたとしても、結局はどちらか一方が優れるのだ。努力の成果によって華々しい結果を残せることは賞賛されるに値するが、それは必ずしも努力のみではない。
——素質、センス、才能。これらの有無で結果は左右される。アスリートも東大生も努力は大いにしただろう。けれどそこに存在した本人の素質やセンス、才能がその努力の効果を底上げする。
常に誰かと誰かを、何かと何かを比較し優劣をつけ続ける社会において、やはり重要視されるのは結果だ。
そうやって結果と能力で人を選別するのは嫌いである。人知れず努力した者は結果に敗れ、同情をもらう。
別に同情が欲しくて失敗するやつなんていない。ただ残酷な競争に果敢に挑んで惜しくも敗れた、いわば勇者のような存在だ。
だからこそ、こんな——。
「屁理屈をごちゃごちゃと並べてそうなところ悪いのだけれど……」
「なんだよ」
登大路は悪いとは微塵も思ってなさそうな表情で、不意にこちらを見た。
「高畑さんの点数を聞いたから、次はあなたの番よ」
ため息を一度ついて、俺の点数の番だと知らされる。そのため息が果たしてどういう感情かは勘繰りたくないので無視する。
「俺は気づいちまったんだが」
「何を?」
高畑が怪訝そうな顔を浮かべつつ、今か今かと俺の点数を待つようにそわそわと体を左右に揺らす。
俺はあることに気づいてしまった。それをこいつらに説明してわかってもらおう。そうすれば、高畑の動きも止まるだろう。
たまに高畑がそわそわする時があるが、その度に視界に入って気になってしょうがねぇからな。
「この勝負……意味あるか?」
「「は?」」
「いや……そもそも俺と高畑の点数を比べるっつーのは褒められたものじゃないと思うんだ。等しく努力したわけだし、その努力を称え合うべきだと考える」
これを言われたら現実を見るだろう。残念だったな。逃げるが勝ちだ。
「何を言うかと思えば……。乗り気だったのはあなたじゃない。しっかり挑発にも乗って」
「いや、まあ……」
「この勝負を受けて大口を叩いて、そうやって余計な言い逃れをするなんて情けないわね」
「その……はい……」
「せいぜい科目平均点は53点かしら」
「返す言葉もございま——って、おい! なんで言ってねぇのに知ってんだよ!」
本気で驚いて声が少し裏返った。しかしそれに対する恥ずかしさは今はなかった。あるのは焦りと絶望と疑問。
登大路は最初から全て見透かしていたように、余裕の表情でくすくすと笑っている。
おいおい、揚げ足とられて現実見せられた挙句、なぜか俺の点数がバレちゃってるじゃねぇか! まじで怖いんだけど!
「綾乃っち、なんで知ってるの?」
「古市先生に聞いたらすぐに教えてくれたわ」
あの独神性悪暴力教師め。なに勝手に生徒の点数を教えてんだよ。教師には生徒のプライバシーを守る権利ってもんがあるはずだろうが。誰のおかげで飯食えてると思ってんだよ。
「へへへっ。あたしの勝ちだ!」
「おめでとう高畑さん」
くそぅ! ガチで悔しいじゃねぇか! 負けたことに腹が立ったが、高畑が幸せそうに笑っているのを見て、徐々に怒りは消えていった。
けっ。なんだよ。そんなに喜ばれたらなんも言えねぇだろ。
「ふふん。京、『おめでとう』は?」
「……おめでとう」
「うむうむ。悪くない響き」
高畑は言葉の余韻を楽しむように深く頷く。
前言撤回だ。こいつの煽り能力を見くびっていたが、そこそこにはある。
敗者に自ら賞賛の言葉を要求して楽しむなんて嫌味な奴がすることだ。こういう奴は、夏場にアイスを食べてアイスクリーム頭痛で一生苦しんでほしい。ちなみになんでこのチョイスかという理由はない。
「で、褒美はどうすんだよ」
「それがさぁ、いいの思いつかないんだよねー」
言い出しっぺのくせに思いつかないってどういうことだよ。と言いたいところだが、こういう場面での褒美って何があるのか、俺には全く予想できない。
それこそ高畑みたいに友達が多ければ、内輪ノリでいろいろ案が出てくるとは思うが、俺は友達がいないので。
ん? 高畑友達多いよな? 内輪ノリあるよな? ってことは思いつかなきゃダメじゃん。おい、しっかりしろ、スクールカースト上位女。
「どうせなら京からなんかもらってもいい?」
「そうね。勝者は敗者から搾取する。古来よりの習わしね」
いやあの今は令和ですよ? 古来よりっていうか、その時代はもう終わってると思うんですけど。
なんか登大路だけ過去で時間止まってたりしない? 百年休まずに動いてたの? おじいさんどうなっちゃうの?
「うーん、保留にしよう!」
「なんじゃそれ」
とりあえず一命は取り留めたようだ。こちらも罰を受け入れる用意がまだなかったので、本音としては助かるのだが、いわば延命治療に過ぎない。
結局は高畑に考えさせる時間を与えてしまっただけというわけだ。てかなんで考えてないんだよ。あの振り方は完全になにか企んでる人だったのに。
「それにしても、まさか紀寺くんが負けるなんて」
おいこら、滑らかに人の傷口を抉ってくんな。どうしてこうもこの部活には悪魔を宿したやつしかいないのか。まぁ顧問があれの時点で当然っちゃ当然だわな。
「それなー! へへへっ。ちゃんと勉強がんばった証だ!」
そう、この勝負の敗因はただ一つ。
高畑が真面目にその日のうちから勉強に励んだ。これが最大の誤算で、最大の一撃だった。
俺ももちろん全力は尽くした。しかし、やる気に満ちた伸びしろの塊は、みるみるうちに頭に叩き込んでいったようだ。
そうそう、あっちの方が伸びしろあったんだから勝てるわけない。何事も考え方が大事というわけだな。
うん、自分で言うのもあれだけど全然フォローになってないし、むしろ惨めになってくるんだけどどういうことかな?
「悔しいのは分かるけれど、いつまでもボケーッとしてないで早く用意なさい。53点くん」
「おい、人を点数で呼ぶな」
「あら、ごめんなさい。53点」
「しれっと呼び捨てにすな」
「注文の多い男ね。50点」
「おい勝手に3点減らすな!」
「注文の多い男……佐紀さんのダジャレだ!」
「なんでそれをまだ覚えてんだよ」
ギャーギャーと一気に騒がしくなったカフェ内から逃れるように、更衣室へ直行する。
ようやくテストが終わったのに、ありえないほどの疲労に襲われている。主に精神的に。慰謝料請求しても文句言われないよね。
はてさて次は修学旅行か……。帰ってきた時にこの店が閉店してなきゃいいが。
……ほんとに修学旅行行きたくねぇ。無くなれよ。
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