75話 どうにも登大路綾乃は彼らの単純さを見逃さない。
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「ありがとうございましたー」
会計を担当していた高畑の声と共に扉がバタンと閉まる音がした。
高畑が一息つく声と人気のない店内の雰囲気から、それが店内にいた最後の客だと知って、そそくさと洗い物を済ませる。
「疲れたー」
「お疲れ様」
高畑が椅子に座って伸びているところに登大路が労いの言葉をかける。
高畑はそれに反応するように首を上下に動かした。
「今日はそこそこ人多かったしな」
手を拭きながらカウンターへと戻ってくると、登大路が三人分のコーヒーを用意してくれていた。なかなか気が利くじゃないか。
「わりぃ」と一言述べてから、そのコーヒーを手に取る。
疲れている時の温かい飲み物ほど体に優しいものはない。一口飲むだけでその温もりが染み渡っていくのが感じられた。
「まあ修学旅行中は休めるもんね」
「そうね。それまでがんばりましょう」
二人もコーヒーを飲みながらいろいろ駄弁っている。
やはり登大路の高畑はこの仕事が好きでも休みくらいは欲するんだなと、至極当然のことだが人間らしいなと思った。
「あとどのくらい?」
「テストが来週だから……再来週ね」
「うぇっ……」
「お前わかりやすくテストに反応するのな」
まあ気持ちはわかる。俺も日本史と現代文くらいしか点数稼げないし、英語とか政治・経済なんて勉強しても半分取れるか取れないかだ。
一之瀬高校は進学校であり部活も盛んである。文武両道を推すのは悪いことじゃないが、学校の理想と生徒の現実で齟齬が生じているようにすら思う。
「あたし二年の期末の科目平均点53点だったし……」
「大丈夫だ。俺は59点だったから」
「フォローになってない!」
同じような点数だと教えてやったら高畑に怒られた。マウントを取ってるように思われたのだろうか。だとしたら正解だ。
「綾乃っち何点だった?」
「私は確か……96点くらいだったかしら」
「うわーん!」
点数を聞くなり、高畑は机に突っ伏して絶望し始めた。
いやお前が聞いたんだろ。こうなることは俺もわかってたよ。ていうか俺もちょっと絶望してる。
「勉強法を見直してみたらどうかしら?」
「へっ?」
「寝る前に一時間、起きて三十分。テスト前日に徹夜せずとも、これをテストまで繰り返せばある程度は点数が上がると思うわ。もちろん個人差が——」
「よーし! それならあたしもできそうだ! 明日からがんばろう!」
たった今、高畑のテストの点数が終わったことをお知らせします。
いや「明日からがんばる」はやらない人の典型的なパターンじゃん? これ多分どんどん先延ばしになると思うんだよ。
ならば俺は高畑に差をつけてやる。そして勝ち誇ってやる……と言いたいところだが、その勉強法を実践してあの点数なんだよ。伸び代で言ったら完全に高畑に負けてるんだよ。
「紀寺くんも是非やってみてちょうだい」
「お、おう。やってみるわ……」
今自分の顔がどうなっているか当ててやろう。史上最大級に青ざめていて引きつってると思うぞ。
ほらその証拠に目の前の登大路が違和感を感じて小首を傾げてるもん。
やめてやめて。その綺麗な顔でそんなんされたら世の中の男はイチコロだから。奇跡的に俺は長男だから耐えられたからよかったものの、男たらしと言われても文句は言えないぞ。
……まあ俺兄弟いないんですけどね。
「でもさー。やっぱご褒美とかないとね……」
高畑は登大路の様子を窺いながら、もじもじと気恥ずかしそうに口にした。
登大路は少し考える素振りを見せ、なにか思いついたように手を叩いた。
「では高畑さんと紀寺くんでテストの点数で勝負しましょう。勝者がご褒美を得られるということで」
「いや待て。それはアンフェアだ。俺らはここからかなりの努力をするはずだ。努力を考慮せずに結果だけで判断し、たまたま優れた方にだけ褒美を与えるなんて、それは目標のために努力をした人間への冒涜だ」
ここは何としても阻止しなければならない。その一心で間髪入れずに静止する。ここを譲ること即ち勉強地獄。
い、いや別に高畑に点数が負けることが怖いわけじゃないぞ? ただ俺は日本における悪しき風潮を是正するべきと考えてだな……。
「なんだか必死ね。もしかして負けるのが怖いのかしら?」
はっはっは。俺も舐められたものだな。こんな安く雑な挑発なんぞ小童のやることだ。登大路もやはりまだガキだな。
「相変わらず減らず口だな。だが上等だ。お望み通り高畑に勝ってやるよ」
「こんな挑発に乗るなんて、あなたの方がお子様ね」
あ、これまた心読まれてたやん。ちょっとやめて。俺にプライバシーないの? いつか個人情報とか流出しちゃうんじゃないの?
というか、まんまと挑発に乗ってしまったことを恥ずべきか。いやでも直前まで乗るつもりはなかったんだ。でもほら、言い返さないと調子に乗る人もいるしそこはしっかりケアしないと。
「い、言っとくけど京には勝つからね! 悔しさのあまり唇を噛む京の顔が目に浮かぶわい!」
「なんで昔の人みたいな言い回しなんだよ」
時代劇に迷いこんだ高畑のことは放っておいてさっさと帰る用意をしてしまおう。こいつといたら武士が乗り移ってしまう。某は現代人ゆえ現代語しか話したくないのでござる。にんにん。
武士と忍者どっちかはっきりしろ! ……と一人寂しく心の中でツッコミを入れる。これほど虚しいことはないだろう。
「テストが楽しみね」
そう微笑む登大路の目はやけに光を宿していた。どうにも自分自身に対しての意志でないように感じた。
「ドンと来い! だよ!」
自信満々の高畑に謎の嫌悪感と対抗心を覚える。これは負けたらいかん。全俺のプライドと名誉にかけて。
「どうなることかしらね」
あー……。そういうことか。
登大路のお嬢さんはやっぱり登大路のお嬢さんだ。こりゃ性格が悪いったらありゃしねぇ。
ま、どんぐりの背比べといえど結局高い方が勝ち。この勝負に勝って憂いを排除して修学旅行に臨もうではないか。
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