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72話 どうにも彼の心は冷えたままでしかない。

 読んでいただきありがとうございます!

 時は昼食後の五限目——。多くの学生が強烈な眠気に襲われ、そのうち何人かは何かに取り憑かれたように夢の世界へ旅立ってしまう。これは言わば、学校における最大の敵の一角を担うと言っても過言ではなく、学校に通う以上避けては通れぬ試練の道に等しい。

 そんな魔の時間に、それを倍増させるかのような究極にだるい内容がやってきた。


「来月に控えた修学旅行に向けて、修学旅行の目的や行き先、活動内容などを話していきたいと思う」


 古市先生がやたらと声を張る。楽しみなのか、生徒を寝かさないためか、真意は定かではないが、今の俺にはすごく耳障りだった。

 うちの高校は少し特殊で修学旅行は高三で実施される。県内の県立高校はどこも高二で行くがゆえに、少々の違和感が拭えない。

 しかもこれが特別な意味がないというのだ。なら高二にしろよ勉強勉強言う割にスタート遅らせてんなよとツッコミたくなる。

 改めて、魔の時間に魔の内容がやってきた。この五限目に修学旅行の説明なんぞ頭が悪すぎて反吐が出そうだ。

 普通に考えてこういうのは七限目だろ。どっちにしろ憂鬱だが、こんな時間にやるのだけは有り得ない。


「修学旅行は金沢に行くわけだが、目的は『伝統、文化、歴史に触れ、生徒個々の社会に必要な能力を養う』というものだ」


 先生はまるで読み飽きたように目的とやらを流し読みしていく。

 てかさ、偉そうに社会に必要な能力を養うとか言うがバカじゃねえの。どういう能力を指しているかは知らないが、そういうものはたかが二、三日では到底身につくものではない。

 勉強や運動だって何日もかけてやっと定着したり成長するのだ。例題を参考に問題を解いて三日で同系統の問題を解けるようになれ、そう言っているのと何ら変わりない。


「つまり金沢の伝統、文化、歴史を学んで想像力や感受性を、限られた時間の中を班で行動しコミュニケーション力、リーダーシップ、協調性を育てるというわけだ」


 全くもってつまらない。

 その程度でそれらが養われるなら、その先の人生で苦労する人はもっと少なくなっているはずだ。

 何かと修学旅行に目的を持たせるのは学校のエゴだ。修学旅行や生徒を学校の評価やウケをよくするための便利なツールとしか思っていない。戯言も極まれば笑えてくる。

 睡魔が強くなっていくのを感じ、眠ってしまえと言い聞かせて机に突っ伏そうとすると、左の脇腹に何かが当てられた感触がした。

 反射的に左に目をやると、隣に座る高畑がやってやったぞと言わんばかりに笑っていた。


「京、眠いの?」

「あたりめぇだ」

「がんばって起きて」

「……わーったよ」


 ため息混じりに答えながら丸まった上体を起こす。ぐいっと腕を前に伸ばすと指がポキポキと音を鳴らした。


「日程は二泊三日。一日目は特にすることはない。ホテルで休んだり、近場の公園で遊んだり、ホテル周辺を歩いたりしていい。二日目に金沢城、兼六園を始めとする観光地を班で散策、最終日は午前は自由、午後に金沢を出て帰ってくる予定だ」


 日程を聞いてクラスはまたお祭り状態だ。まだひと月もあり班も決まっていないというのに、既に何をするか、どこに行くか、何を買うかとお友達と口々に予定を練り始める。

 久々の一之瀬動物園開園。当たり前だが無料。今なら入園特典でもれなく後悔と苛立ちがプレゼントされます。

 古市先生が制止する声でようやく静かになり、話が再開された。と言っても、貴重品やお小遣い、ホテルでの過ごし方等、重要なこととは言いきれない情報ばかりだったため、視界をシャットアウトする。

 その直後に隣から「わかったって言ったくせに……」とぼやく声が聞こえた気がした。ま、気のせいだわな。






 4月といえど夕方になるとまだまだ肌寒いもので、少し強い風が吹けば、体がぶるっと震える。

 あれから健やかに眠っていた俺は、結局五限が終わったと同時に高畑に起こされた。無論、六限と七限もしっかりと熟睡させていただいたが。ともあれ、七限が終わるとやはり高畑が起こしてきて、寝起きでぼーっとする頭でなんとか帰宅の用意をしたが、それが済んだのはSHRショートホームルームが終わって、教室に誰もいなくなってからだった。

 校門を出て、大通りに沿って歩道を進むと、信号待ちをしている高畑に出会った。高畑は菟田野と榛原と別れた直後だったらしく、成り行きで一緒に帰ることになった。

 

「修学旅行楽しみだね!」

「その前にテストあるけどな」

「そういう現実的なこと言わないで!」

「へいへい。そういやさ、東京湾にはゴジラが住んでるらしいんだが——」

「それ嘘だよね? さすがにあたしでもわかるよ。そんな非現実的なこと言わないでよね」


 ではどうしろと?

 たしかに今のは高畑を舐め腐ってたかもしれんが、現実的なこと言うなってことで非現実的なこと言ったら、それすらやめろって。これ新手の嫌がらせ? 言外に喋んなって言ってるようなもんじゃん。


「……そりゃすまんな」

「わかれば良し! てかさ、京寝すぎじゃない?」

「三大欲求の一角だからな。抗っちゃだめだろうよ」

「いや夜しっかり寝たらいいじゃん! 何時に寝てるん?」

「日によって変わるけど、まあ、多いのは11時すぎ」

「しっかり寝てた! それもうどうしようもない感じ?」

「どうしようもない感じ」


 小さく欠伸をして、ひんやりとする空気に耐えながら駅へと向かう。

 一之瀬高校から新大宮駅までは近いようで意外と遠い。なぜなら信号によく引っかかるから。今も引っかかったしな。まじ信号に一度も引っかからずに行けた日は運勢絶好調。これどの占いよりも当たる。ちなみに俺は引っかかったことしかない。

 ため息は一瞬で空気に消えていく。


「……そういえば、京さ」


 高畑はもじもじとして歯切れの悪い、いかにも気まずそうな様子を見せながら、やけにぎこちなく俺の名前を呼んだ。まるで初めて下の名前を呼ぶように。


「おう」

「佐紀さんと唯香ちゃんがいちのせCafe手伝ってくれるのどう思ってる?」


 ——なんだ、そんなことか。


「前も言ったが別に構わん。利益最優先。不在中に稼げるならそれでいい」

「そ、そうじゃなくて!」


 一段と張られた声に思わず目を向ける。まるで躱すなと言わんばかりに、高畑の瞳は強く俺を捉えていた。もちろん、躱したつもりは微塵ないが。


「京の気持ちが知りたいの」


 その瞳に嫌悪感を覚えた。なにか見透かされるような、佐紀さんと似た雰囲気を感じて不意に目線を外した。

 気持ちが知りたい——。そう言われても、さっき言ったことが俺の答えであって、結局また同じことを高畑に伝えるだけになってしまう。高畑が何を言わんとしているかは知らないが、この答えはそれ以上でもそれ以下でもなく、ただ純粋に俺の気持ちであり判断である。

 素直にそう言い返せ——。

 そう自分に言い聞かせても一向に口は閉じたままだった。

 春に似合わない冷たい風が一瞬強く吹いて、肌に痛みを覚える。

 横目で視界に入った信号の赤色を恨めしく思って睨んだ。

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