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71話 どうにも春の香りに美しさはない。

 読んでいただきありがとうございます!

「はぁー、綾乃っちと同じクラスがよかったなー」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、それもう14回目よ?」


 高畑と登大路の会話を耳に、ひたすら食器を洗う。カフェのため油っこいものが基本的になく、割と洗うこと自体が楽なのは嬉しいが、量が半端ない。

 しかし、登大路が高畑が同じことを何回言ったかをきっちりと数えていることに鳥肌が立った。高畑がなぜ普通にできているのか、そのコツをぜひとも伝授してほしい。


「だって寂しいもーん! 凪と夏渚もいるけどさ、やっぱ綾乃っちもいてほしいし」

「そ、そうなのね」

「うん。はぁー、クラス替えしてほしい」

「最後のクラスなのだし、前向きに捉えるしかないわ」


 登大路のその一言は高畑どころか俺にも刺さる。意図せず攻撃された気分。

 クラス替えしてほしいのは俺も同じだ。むしろ俺が学年で一番そう思ってる可能性だってある。

 くどいが、高畑はまだいい。和尚だぜ? 菟田野だぜ? 榛原だぜ? ダメ押しで古市先生。はいこれ詰み。即死コンボだよ即死コンボ。垢BANされろ。


「そういうお前はどうなんだよ」


 急に話を振られて驚いたのか、登大路はワンテンポ遅れてカウンターを拭く手を止めた。


「クラス替えをしたくないと言えば嘘になるけれど……人間関係にも困ってないし何ともいえないわね」


 そう答えて止まっていた手を動かした。

 人間関係に困ってない……か。一番気楽かつ一番平和な状態だ。特にこいつの場合、高畑以外に友達と呼べる存在がいない。よって、他人に合わす必要もなく、自分を保って静かに過ごせる。

 そう考えると、つくづく友達、さらには他人とのコミュニケーションの存在意義というものに疑問を抱かざるを得ない。

 相手とうまくやるために自分を偽り、知らなかった相手の一面を知って「騙された」だの「嘘つき」だのと文句を言う。自分だって自分を偽り人と接しているくせに。

 だから、誰かが言った、騙し騙されという水面下に騙し合いを承認する行為というのは的を得ている。


「めんどくせぇ」


 ぼそっと呟いた言葉は二人の耳に届くこともなく、ちっぽけな空間にすっと吸い込まれる。


「てゆーか、急に誰も来なくなっちゃったね」

「そうね」


 高畑が退屈そうに息を吐いた。

 そう、さっきまでは忙しかった。現に俺はまだ食器を洗い終えていない。登大路もカウンターを丁寧かつ素早く拭き、高畑も床を綺麗に掃除している最中だ。

 ぱたりと人がいなくなり、各々が分担して作業を進めている状況。高畑にしてみれば忙しい方が楽しいに違いない。こっちにすればいい迷惑だが。


「お客さんならここにいるよ♪」


 その声に咄嗟に反応してみれば、入口には佐紀さんが立っていた。いつも通り愛想よく。


「え!? いつの間に!?」


 高畑が店内に響き渡るくらいのボリュームで驚きを顕にする。思わず「うるせぇ!」と叫び返しそうだったが、確かに佐紀さんがいつの間に入ってきたのか気になるので、あえて黙ることにした。

 佐紀さんマジ忍者。SMN。甲賀流も驚き桃の木山椒の木。


「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」

「こ、怖い……!」

「ちょっと高畑さんに変なこと吹き込まないでください」

「あはは、ごめんごめん」


 佐紀さんはご満悦と言わんばかりに楽しそうだ。一方の高畑は、本当か冗談か分からなくなったのか、混乱したようにぽけっとしている。

 まあ佐紀さんにそんなこと言われたら信じちゃうよな。この人ミステリアスな雰囲気あるし。

 どっかのぴろゆきに「うそはうそであると見抜ける人でないと——」とか言われてもおかしくない。


「ご注文はなんでしょうか?」


 登大路はすっとメモをする準備を整える。


「じゃあ京くんで」


 佐紀さんは当然のように俺の名前を出す。獲物を狙うような瞳に何かが背筋を這う感覚があった。


「ここにそんなダークマターありません」

「おい、しれっとバカにすんな」

「なら物体Xってところかしら」

「言い方の問題だろうが。本質的には何一つ変わってねぇよ」


 この女まじで許さない。平然と罵ってきやがった。しかも涼しい顔で。


「注文の多い男ね」

「カフェだけに」

「佐紀さん余計なこと言わないでくださいよ」

「あっはっはっはっは! 佐紀さんおもしろい!」


 佐紀さんの唐突の謎ギャグに空気が凍るかと思いきや、高畑がなぜかドツボにハマってアホほど笑っている。

 やはりアホの子は俺らには理解できない感性をお持ちになられてるらしい。


「今日は雑談しに来ただけだから。いつもみたいに構えなくていいよ」


 二人に先手を打つかのように制止すると、スマホで何かを撮る時のシャッター音が一度聞こえた。

 音のした方に目をやると、佐紀さんはくすりと微笑んでスマホを置いた。その様子から撮られたことを察する。

 あまりいい気分にはならないが、彼女は悪用するような人柄ではないことを知っているから、そのまま放っておく。


「みんなも三年生かー。何かと大変な時期に入ったね」

「高校生活最後だしね! 思い切り楽しまないと!」


 意気揚々の高畑を牽制するように、登大路は咳払いをする。


「それも大切かもしれないけれど、あまり羽目を外しちゃだめよ」

「はーい」

「返事は短くなさい」

「はい!」


 ……なんだろう。この母と娘の感じ。家族感が溢れ出ちゃってるよね。

 高畑は三年生という事実にえらく興奮しているようで、登大路の忠告も効果があるのかと疑問に思う。

 ようやく洗い物を終えて、キッチンから店内に戻ると、佐紀さんが自分の右隣の席を指でコンコンと鳴らしたため、しかたなくその席で休憩する。


「もうすぐ修学旅行だよね?」

「そうそう! 楽しみすぎる!」


 修学旅行……。この単語を聞いて喜べるのは陽キャだけだ。ぼっち、特に俺みたいな奴にしてみれば、状況にもよるが基本的に地獄イベントで間違いない。

 別に修学旅行を否定しているわけじゃない。修学旅行も学校行事の一つだし、十分な意義はあると思う。

 問題は班行動の存在とその決め方にある。

 前提として班行動は好きな相手と班を組むことが可能である。友達と組むも彼氏彼女と組むもよし。

 だがそれは裏を返せば、友達を持たない者は選択権が与えられないということ。余りものが出るとそれはそれはもう南極かと思うぐらいに空気が凍る。

 言葉として直接的に表現せず、その裏で行われる熾烈な押し付け合い、言うなれば一種の心理戦である。それこそ「陽キャ様は押し付けたい」という感じだ。

 何とか所属が決まり「よろしく」と陽キャ達と挨拶を交わすも、班行動の日には存在が空気になっており、班から抜けて一人で行動することになる。まあその方が楽だがな。

 ……んんっ! 話が脱線したが、要するに修学旅行は全員で行ってるんだから全員で観光したらいいんだよ。そうすれば全員が平等に楽しめる。みんなハッピーだろ。


「なんか京くん屁理屈でも考えてる?」


 ぎくっ! さ、佐紀さんはなんでこんなにも察しがいいんだ。ま、まぁここで正直に答えようが嘘をつこうが何もデメリットはないわけだし……。


「か、考えてないっすよぉ!」


 作戦失敗。僅かに声が裏返りました。


「じゃあそういうことにしとこっかな。それで修学旅行中は私と白毫寺ちゃんが代理でやるけどいいんだよね?」

「はい。お願いします」

「お願いしまーす」

「……まぁ、赤字にしないようお願いします」


 そう答えると、佐紀さんはすかさず俺の方をちらっと見た。まるで何かを察したような感じで。


「むむっ。佐紀さんじゃ不安?」

「い、いえ。決してそういうことじゃ。ただ赤字は気持ちよくないので」

「——なるほどね。この佐紀さんに任せておいて。京くんのお願いなら何を犠牲にしてでも叶えてみせるから」


 強気にそう言いきった様子には心強いものがあった。何を犠牲にしてでもってのは少々重い気もするが。


「その確認だけしに来たの。またね京くん」


 佐紀さんはそう言ってから、俺の頬を軽くつんつんとつついてカフェをあとにした。

 ……やはり修学旅行はなくなればいい。せめて俺たちの代だけでも。

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