70話 どうにも彼は歯車を狂わせる。
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冬休みが明け、特別なことがなにか起きるでもなく、ただ登大路や高畑、佐紀さんといちのせCafeを経営しながら惰性を貪って日々を送っていると、あっという間にそこかしこに鮮やかな花が顔を見せるようになった。
新学年、元2年生にとってみれば高校生活最後となる3年を迎えた。もちろんそれは、彼らの興奮のボルテージを最大にするのには十分すぎる。早速、昇降口を入ってすぐの広間に多くの生徒が大群を成している。
聞こえてくる会話の大半は新しいクラスのことだ。歓喜に大声で騒ぐ奴、絶望に崩れ落ちる奴、その様子は多様で、大声で騒ぐ奴に関しては猿そのものである。実質一之瀬動物園。入園料無料。
この動物園に入場する勇気もなければ、したいとも思わないが、自分のクラスを確認する必要があるので、不本意ながらこの高身長を生かして遠くから覗くことにする。
……とは言ったものの、あまりの大群にそもそも近づくことすらできないし、身長が175cmくらいの奴もそこそこ居てかなり難易度が高い。
角度を変えたり、背伸びをしたりと試してみるも全く効果なし。
「あ、京!」
試行錯誤中の俺を聞き慣れた声が呼んだ。高畑怜奈である。
「おっす」
「おは~」
「新しいクラスがわからん」
「あたしと京は同じクラスだよ。あと凪と夏渚、五條君も」
「はい終わった。で、登大路は?」
「綾乃っちは別のクラス」
高畑は寂しそうに答える。まあ、高畑からすれば当然ではあるだろうが。というか俺は菟田野に榛原、和尚が同じクラスっつーことに絶望してるんですけど。
これはあれだ。圧倒的な才能でぼっちをしていた俺に対する神からの試練。「これを超えねば真のぼっちになれんぞ」って言われてるに違いない。
……ねぇな。嫌すぎて支離滅裂なこと言ってる気がする。
「京と一緒のクラスかー。嬉しいなー」
「そりゃどーも」
そういうことを俺みたいな女子に免疫のない男子に言うと勘違いされるから気をつけた方がいい。こりゃたらしだ。天然たらし。何人の男泣かせてきたんだろう。
「一年間よろしくね! 京!」
「まあ……その、うん、よろしく頼む」
へへっと笑った高畑は菟田野と榛原の二人と待ち合わせてるらしく、「じゃあね!」と告げて校門へと出ていった。
それを見届けて俺も新しい教室に向かうべく階段を上る。高畑にとっては当たりかもしれないクラスも、俺にとってはハズレであり、憂鬱なことこの上ないが、決定事項なのだから受け入れるしかない。
「和尚ねぇ……」
あいつとはしばらく会わずに済んでいるが、なんだか妙にあいつの名前が引っかかって、踊り場の窓から見えるリア充どもを見下ろしていた。
「——何度も言うが、この時期はとにかく大事だぞ。このスタートダッシュが差がつく要因の一つだ。進路を早々に絞って何をすべきか考えて日々を過ごしたまえ」
始業式を終えて早々、この時期になると受験生が嫌というほど聞かされる適当な脅し文句が室内に響く。これがまたくそ長ぇんだわ。
てかさ、これね、危機感というか程よい焦燥感を煽りたいのかわからないが、あまり効果がない気がする。
本気で目指す奴は既に勉強を始めているし、曖昧な奴は部活やら遊びやらに没頭する。ここの差がどうなるかは当人ら次第だがな。
まあ、なんにせよ進路は急かされて決めるものじゃない。むしろギリギリまで粘る方がいいような気もする。早い方が有利なのは少なからずあるが……。
というか、こんなこと語り始めといてなんだが、なんで二年連続で担任が独神……間違えた、独身の古市先生なんだよ。もうまじ最悪。
「さてと、長々と話しすぎたな。今日はこれで終わりとしよう。また明日から気を引き締めるように。あ、高畑と紀寺はこの後職員室に来なさい」
それを合図にクラスは騒がしくなる。めんどいから話を聞いてなかったフリをして帰ろうと思った時、横から机を叩かれる。
「京、一緒に行こ?」
「は? なんでお前が隣にいんの?」
「いいじゃん! たまたま席がここだったの! てか気づくの遅くない!?」
「周り気にしてなかったわ」
「それより一緒に行こってば!」
「だーっ! わかったから騒ぐなよ」
「いひひ♪ ほら、はよ行こ!」
高畑はえらく上機嫌な様子で気持ち悪い笑い方をした。それはそれはもう少しだけ鳥肌が立つくらい。
高畑がリュックを背負ったのを確認して、俺ものそのそと行動を起こす。
はぁー、ついてねぇわ。新学年初日に古市先生に呼び出されるとか嫌な予感しかしねぇよ。暴力行為始まらねぇか心配だよ。
ため息をこぼして廊下へ出ると、高畑が目の前で体を左右に揺らしながら待っていた。
「行こっか」
「ん」
そう返事して一階の職員室を目指す。いろいろ話しながら向かっていると、時折こっちを見てくる生徒が何人もいて少し怖い。
「さっきから何人かに見られてね?」
高畑の耳に顔を近づけてこそっと耳打ちすると、高畑は少し間を置いて俺の方を見た。
「か、カレカノって思われてるのかな……なんて、ははは」
高畑は自分でそう言っといて少し困ったように目を細めて笑った。
まあ、周りには思春期の男女ばかりだし、そういう発想に結びつくのは、ある種自然なことなのかもしれない。
「有り得るな」
「カレカノって思われるのどう?」
「俺は別に。ただこんな俺と勘違いされる高畑が可哀想だわ」
「あ、あたしはそんなに悪くない……けど……」
高畑は歯切れ悪くそう答えると、そこから特に会話は起こらなかった。
そのまま静かな空気を保ったまま階段を降りて職員室まで一直線。職員室前には生徒や教師が数人いて、なにやら進路やら部活のことを話している。
俺らはその数人の横を通り職員室に入る。古市先生の机に向かうと、そこには先生に加えて一人の女子の後ろ姿があった。既視感に駆られた後、それは登大路だということに気づいた。
「来たか」
先生はそう言うと俺たちを職員室の奥にある応接室へ案内した。
こんなところに連れてこられるということは、なにか重要な話でもあるのだろうか。正直怖いっす。
「さて君たち、新しいクラスはどうかね?」
腕を組みながら訊ねられる。組んだ腕に割と豊満な胸が乗っていて、少しだけ視線が吸い寄せられた。
「さいこー!」
高畑は明るい声で右腕を上げながらそう答えた。まあ、菟田野と榛原いるしな。
「可もなく不可もなくですね」
登大路は至って平然と答えた。見た目は全然平気そうだが、ちらちら高畑を見てるし、多分同じクラスになりたかったんだろうな……。ツンデレってやつ? ちょっと違うか? なんでもええや。
「俺は最悪なんです——」
「そうかそうか。思ったよりは良さそうでなによりだ」
え、なんか無視されたんだが。あー、これはあれか。新手のいじめかな? いじめは本人がいじめと思ったらいじめだからいじめだな。許さん。
「それでだな、話というか相談なんだが、修学旅行や文化祭での営業の件でな」
あー、そうか俺らの高校は修学旅行が3年なんだよな。だるい休みたい行きたくない。
「修学旅行中は当然君たちはできないが、佐紀と白毫寺が代行してもいいと言っている」
先生は意見を求めるように登大路の方を見た。それを受けてか、登大路は少し間を置いた後、先生の方へ視線をやった。
「それ自体は構わないですが、仮に営業しても二人では厳しいかと」
先生は二度頷いて、次は高畑の顔を見た。
「うーん、あたしは賛成かな。その間は三年生が来なくなるわけだし、平日は割と二人でも回せる気がするな」
「確かにそれもそうね」
登大路は高畑の意見に納得したように頷いた。古市先生も「なるほど」と高畑に対して微笑むと、「次はお前だ」と言わんばかりに俺を見た。
さっきは無視されたから、今回も無視されるんじゃないかと思ったが、さすがにそれはなかったようだ。よかったよかった。
「俺は——」
適当に簡潔に答えようとすると、パッと頭が真っ白になった。
俺は何を言いたかったのか、それが一瞬でわからなくなった。
ちらっと先生を見ると、強い眼差しがこちらに向けられていた。
「まあ、いいんじゃないすかね。それであのカフェが儲かるなら」
「そういうことを言ってるんじゃ——」
「用事があるので帰ります」
先生が言おうとしたことは何となく察することができた。
だから俺は悩んだ末に逃げることを選択した。
先生からの相談を聞いた時から、なぜか少しだけ不快に感じた。理不尽な自分が気持ち悪くて、早々にここから去ることにした。
確かに教師や生徒が喋っていて、さっきは騒がしいと感じた職員室も廊下も、なぜか今は静かに思えた。
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