68話 もとより青空は雲を呼んでいる。
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「じゃあ、ここで」
「おう」
「また冬休み明けね!」
「おう」
春日大社への初詣も無事に終わり、登大路とは現地で、高畑とは大和西大寺駅で別れる。
さてさて。ようやく初詣も終わったことだし、これから何をしてくれようか。家に帰るのは当然のごとく確定事項だ。アニメ鑑賞かゲームか漫画を一日中読むか……うーん、悩ましい。
そんなことを考えながら、1番線のホームへと向かう。やはりこの初詣のタイミングもあって、初詣に行く、或いは初詣が終わったと見受けられる多くの人がホームにはいた。
人混みをかき分けながら、比較的人の少ないホームの真ん中よりやや奥に立って電車を待つ。
というか、それよりも気になることが……。
「なんで佐紀さんが……」
後ろを振り返ると、そこには何故かやけに笑顔な佐紀さんが立っていた。
「佐紀さんもこっち方面なので」
そう言って俺の隣に並ぶ。
佐紀さんは青い髪の毛先を手櫛で梳きながら、ふと俺の顔を見た。
「ちょっと時間ある?」
「え、あ、はい」
「じゃあさ、二回目のデートしない?」
「帰ってゆっくり——いや、わかりました」
正直なところ、帰って好きなように遊びたいのだが、佐紀さんの愛想笑いのような表情を見た時、どうしてか断ることができなかった。
妙に思っていると、ちょうど電車が到着するというアナウンスが鳴った。
4両編成の急行列車は、最寄りの西ノ京をとうに過ぎて平端を発った。
その車内では、やはり着物やら袴やらを身にまとった若者や、素朴な普段着の中高年が見受けられる。今日なら橿原神宮に向かう人で溢れかえっていてもおかしくはないのだが、車内は数人が立っている程度である。
そんな不思議な空間に加え、佐紀さんと二人で電車に乗っているという事実に、緊張というか先の読めない不安のようなものに駆られ、じんわりと変な汗を感じた。
そんな俺の様子がおかしかったのか、隣の佐紀さんはくすっと笑った。
「な、なんすか」
「ふふっ。京くんの様子が可愛らしくて。まるで初めてペットショップから連れてこられた小動物みたい」
しっくりくるようでこない謎の例え方はやめてほしい。単純にどう対応すればいいのかわからない。
「しょ、小動物って……俺、身長179cmっすよ?」
「もう、見た目じゃないの! 仕草だよ仕草」
「はぁ……」
正直のところあまり理解はできないが、佐紀さんの言う通りということにしておく。
経験から言わせてもらうと、女性の言う通りにしておくのが上手く凌ぐ方法だ。どっかの傲慢令嬢に嫌というほど叩き込まれている。あんにゃろ、許さん。
「もうすぐ3年生だね」
「あと1年もあると考えると憂鬱ですけどね」
「でもその1年は一瞬だよ?」
「それ、教師の大好きな決まり文句じゃないですか」
最上級生になると多くの学生が、耳にタコができるくらい聞かされる言葉に、半ば呆れて指摘すると「確かに」と笑った。
「そういえば何お願いしたの?」
「いや、まあ、たいしたことは……」
「佐紀さんに教えてよ」
「いや、ほんと、はは……」
必死に誤魔化そうと試みるが、佐紀さんの食いつき具合に苦戦する。というか、そもそも何も願ってなどいない。願いというか望みが全くないと言えば嘘になるが、結局願うことをはやめて、形式的な参拝のみに終わった。
じゃあ正直に言えとなるだろうが、それを佐紀さんに話せるほど心臓は強くない。
すると佐紀さんは諦めたのか、なにやら急に唸りだす。かと思えば、何かが閃いたように「あっ!」と声を出し、目に見えてわかるドヤ顔をしてみせた。
「じゃあ佐紀さんのお願いしたこと当ててみて」
そのドヤ顔、その発言、やはり佐紀さんは意地悪い。佐紀さんは多分、俺が当てることができないとわかって言っている。なぜそういう行動をするかと聞かれると答えられないが、佐紀さんの性格上、俺が答えられるような容易いクイズなど出さない。
すぐに「わからない」と言ったり、適当に答えるとバレるだろうから、いかにも真剣に考えていますよという雰囲気で少しだけ時間を稼ぐ。
そろそろいいだろうと思い、適当にかつ適当がバレないような答えを述べる。
「無難に佐紀さんと佐紀さんの周囲の人の無病息災……とか?」
「ぷっ。質問に疑問形で返すのはだめだよ! そして答えはぶー!」
「アチャー、ハズレチャイマシタカ。ジシンアッタノニナー」
正解じゃなかったことに佐紀さんはご満悦。まあ機嫌が取れたのは大きい。
「まあ答えは秘密だけどね」
なんじゃそら! 答えを教えないクイズなんて初めて聞いたわ! 危うく電車の中でズッコケるとこだったよ。不覚にも関西人の血が騒いじゃったよ。
「それ、クイズじゃなくないですか?」
「まあ、なぞなぞみたいなもんだよ」
いや違います。全然違います。むしろ遠くなってます。しかも論点は答えを教えない問題があるかってとこなんです。この人もしかして天然なの? 天然だよね?
「まあ、そういうことにしときましょう」
そんなこと言えるはずもなく、半ば強制的に話を切りあげる。これ以上、この話題について広げない方がいいと思う。おそらく迷宮にハマってまう。間違いない。
その後も世間話や佐紀さんの大学の話、佐紀さんの家の近くのコンビニに好きなジュースが置いてない話、佐紀さんが1ヶ月の間に鍵を3回も失くした話など、後半の方はよくわからない、なんなら心配してしまうような体験談を聞かされ続けたが、ふと違和感に気づいた。
——今日はよく喋っている。
普段から佐紀さんは積極的に発言はしない。それにこうやって自身の話を俺や登大路、高畑に喋ることなどない。だから俺たちの間では、佐紀さんのプライベートの存在すら疑っていた。
加えて初詣の時から気になっていた、時々見せる妙な表情。悲壮感すら見て取れるあの表情が頭から離れない。それを隠そうとしたような、普段よりもやけに明るい作った笑顔も。
俺は、そこに他者が踏み込んでよいのか、踏み込む必要があるのかとかを考える間もなく、気づけば口を開いていた。
「なにを……隠してるんですか?」
その質問に面食らったような様子だったが、すぐに笑みを浮かべた。
「ん? 佐紀さんは何も隠してないよ」
——嘘だ。俺はぼっち歴が長いから、人に対する観察力というものには少なからず自信を持っている。要は直感ではあるが、なんとなく真実か嘘かは感じ取れる。
「佐紀さん、俺がぼっち歴長いの知ってますよね?」
そう言うと、佐紀さんは次は困ったように笑って、観念したように「うん」と頷いた。
「私が褒めれる立場じゃないけど、観察力は折り紙付きだね」
佐紀さんは俺から目を逸らすと向かいの車窓へ目をやった。なんとなくつられて目をやったが、対抗した列車に阻まれ、列車の赤い塗装しか見えない。
やっと見えたかと思えば、初詣の時とは打って変わって、分厚い雲がやってきていた。
——これは重いな。そう思ってじきに覆われるであろう束の間の青空を眺める。
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