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67話 もとより初詣は散々である。

 読んでいただきありがとうございます!

 がやがやとした境内にできた大行列。既に3時を過ぎているのに、相変わらずの人の数だ。赤く彩られた絢爛な本殿は慣れたように動じず、普段と何ら変わりなく存在していた。

 その大行列に俺たちは並んでいる。お参りするにはもう少し時間がかかるだろう。だが焦る必要はない。のんびり時を待つとしよう。


「ねぇねぇ冬休みの課題終わった?」

「ええ。もう終わっているわ」

「まじ!? 京は裏切らないよね?」


 おい。人がのんびり時を待とうと決めたってのに、タイミングよく話を振ってくんじゃねえよ。

 てか、こいつ俺が課題終わってないと勝手に解釈して質問してきやがった。舐めた真似しやがって。今までの俺とは違うんだぞ。


「本来なら終わってるはずだった」


 本来なら終わってたんだよ。本当に。いやこれでも凄まじい変化だからね? 去年の数学と英語の課題が未だに部屋の中にあるんだもん。しかも一つも問題解いてないのが。

 いやさ、休みなのに課題出すなって話だよね。勉強って強制されたらやる気なくなるやん。こういうのって各々に委ねられるべきだよ。


「仲間! 冬休み前は終わらそうって思うけど、面倒だから一日ずつ伸びてくよね」

「そうだ。これはある種の教育側の陰謀といえる」

「え、どゆこと?」

「時間があると錯覚させることによって、一日ずつ伸ばさせる。そして最後の2日くらいに急いでやらせるんだ。あいつらは休み明けのテストで低い点を取って苦しむ生徒の顔が見たいんだよ」

「まじ!? あたしと京は騙されてるってこと!?」

「そういうことだ」


 高畑は驚きを隠せないのか、「まじか」「えー」とかを連発している。

 やはりこいつバカだ。さすがに盛りに盛った話を信じてしまうとは。いやはや高畑に嘘やら変なこと吹き込むのは本当に楽しい。


「紀寺くん、高畑さんにあなたの腐った意見を押し付けないで」

「失礼な。腐ってるのは心だけでこれは立派な俺の意見だ」

「両方腐っててもいいじゃん。むしろ腐ってた方が他の女寄ってこないし、佐紀さん的には助かるな」

「ちょっと! 京は佐紀さんのものじゃない!」

「いずれ佐紀さんが手に入れるけどね」

「な!?」

「ちょっと紀寺くん聞いてるの? だいたいあなたはいつも——」


 ちょっと待って。今ここにカオスが誕生してるから一回落ち着いてほしい。

 全員が喋り始めるからまじでうるさいんだけど。耳が労働基準法に触れるって怒ってるよ絶対。そもそも新年早々こんなに疲れるなんてあっていいの? いやだめだよ。

 周囲のざわめきにも負けず劣らず聞こえてくるカオスに、そっと耳を背けながら空を仰ぐ。雲と雲の隙間から顔を覗かせる青空と太陽がこんなに綺麗なのは、やはり新年という補正のおかげだろうか。


「紀寺くんと高畑さん、二人はもう進路は決まっているのかしら?」


 そのカオスに終わりを告げるように、登大路は半ば無理やり改まった話を振ってきた。

 進路——こいつのことだから既に決まっているのだろう。登大路ほどの成績をもってすれば、一流大学が妥当である。

 もちろん俺には登大路ほどの頭脳なんてないし、それどころか学年の半分にも満たない順位が常だ。


「あたしはまだ正確には決めてない。でも高校卒業してお金貯めてカフェを経営してお客さんを笑顔にできたらいいかなー」


 そういう割にしっかり道筋を立てていることは置いといて、高畑のその姿勢に少し刺激を受けた。

 漠然とながら将来像を見据えている。これは多分、意外と難しいことで、答えが確定的でないことを想像するものほど難易度が高いものはないと思う。

 答えが予め用意されていれば、そこに向かって思考することはできる。自分が得た知識や手段を使って段階を踏みながら少しずつ。

 しかし、そうしようとも答えは確定されない。これは人の不安を煽り、もがいた末に雁字搦めになることも少なくない。

 高畑はアホで楽観的だ。しかし、だからこその考え方、ものの見方を可能としているのは、俺には絶対ないから素直に尊敬する。


「そう……き、紀寺くんは?」


 改めてそう訊ねてくる登大路に少し急かされたような気がして、あまり考えずに答える。


「まあ、成績が悪いから平凡か、それ以下の大学に行ってるだろうな」


 とりあえず現時点での予想を話しておく。嘘を言っているわけではないし、なんならほぼ100%の確率でこの通りになっているに違いない。


「そ、そう……」


 いまいち煮え切らない態度の登大路に何となく違和感があるが、あまり深く突っ込まないでおく。自分から訊ねといてその態度は何だと言いたいが。


「せっかく来たんだから、とりあえずそういうの忘れて楽しもうよ」


 佐紀さんが俺たちにそう言って笑った。それを受けて登大路も高畑も頷いて世間話を始め、さっきの登大路の妙な雰囲気も消え失せていた。

 しかしまあ、佐紀さんは不思議な力を持っている気がする。

 佐紀さんはいちのせCafeプロジェクトの正式な一員ではないが、今こうして溶け込んで、適度な距離感を保って二人と接している。まあ警戒されているっちゃされているのだが。

 とはいえ、そうだとしても、こうやって人をリラックスさせれるということは、やはり佐紀さんの素は穏やかで優しいのだということが伝わってくる。

 そうこうしていると、やがて参拝の順番が回ってきた。

 四人横に一列に並び、全員でお賽銭をし、全員で鈴を揺さぶって鳴らし、二礼二拍手の後に願い事をする。

 願い事——正直なところ願いやら望みといった類のものがない。ましてや俺の場合、わざわざ参拝して願い事をする行為にあまり肯定的ではない。

 なぜするのかと問われれば、それはもう単純で、この一連の行為が日本人の習慣化しているからだ。もちろん嫌々とか否定をしているわけじゃないが、習慣化している以上は素直にやらざるを得ないと思う。

 だがしかし……もしも、もしもそんな俺でも、何か願ってそれが叶う可能性が微塵でもあるならば、1つくらいなら——。






「せーの!」


 高畑の掛け声で一斉に手にした小さい紙を出しあう。


「あたしは吉だよ!」

「私も吉ね」

「佐紀さんは大吉〜♪」


 三人は口々にその結果を言葉にしていく。そして俺はそれを聞くたびに心が少しずつ痛む。


「京は……げっ!? 凶!?」

「おい口にするな」


 あえて口にしなかったというのに、高畑が大きい声で言うものだから余計に傷ができた気がする。デリカシーの欠片もありゃせん。


「まあそういう年もあるわ」

「いやそうだけどよ……」

「佐紀さんと交換する?」

「それはもう御籤が意味を成してないですよ」


 登大路の慰めを受け取り、佐紀さんの冗談か本気かわからない提案を流しながら御籤を読み進める。

 待人——既に近くにいる。

 学業——初心にかえって勉学に励むべし。

 仕事——私欲に走れば災い招く。

 健康——病む時あり、自己と向き合えば治る。

 特に気になったのはこの四つだが所詮は御籤かと思い、潔く括りに行こうとしたが、なんとなく御籤が頭に引っかかった。

 俺の様子に気づいたように佐紀さんは俺の顔を覗き込んできた。


「まあいいんじゃないかな。もしもの時の戒め的な感じで持っとくのも」


 そう微笑む佐紀さんの意見を素直に聞き入れて御籤をポケットにしまう。


「さて、そろそろ帰りましょうか」

「おう」


 そう返事して本殿に背を向けた。帰り際、高畑がずっと御籤の結果を一人で口にしていて、やはり女子だなと思うと同時に静かに恨みを抱いていた。

 だって俺は凶なのに、当てつけのように逐一俺の方へ語りかけてくるんだぜ? こいつってば、いつの間にこんなに性悪小娘になっちまったんだろうな。

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