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6話 これが彼と彼女の始まりだ。

 登大路との戦いを経て、疲労困憊の俺は静かに天を仰いだ。やはり2人だと会話が続かない。それに、続いたとて結局は罵られるのがオチというのは、今さっき身をもって体験した。だから視界に入れないようにがんばっているのだ。


 疲労困憊で俺は机に突っ伏した。早く帰りたい。帰って寝たい。今したいことを頭の中に思い浮かべていく。こう考えてみると意外としたいことが多いんだな、と少し自分に驚き感心した。


 そんなことを延々と考えている内に、視界が狭く、ぼんやりとしてきた。まずい、これは寝てしまうパターンだ。なんとか頭を上げようとするが力が入らず、むしろ先程より視界が狭まっていく。


 ——やべえ。寝る。


 時すでに遅し。そう直感的に感じたのを最後に俺の意識は闇の中へと沈んでいった。





「……ろ! ……でら!」


 聞き覚えのある声が耳に届いた。大きく威勢のいい声だが、妙に安心感を得る。その声の主に俺は心当たりがあった。


「起きろ!」


 その怒声に周りの空気がびりびりと振動するのが感じ取れる。これはまずいと思い頭を上げた瞬間、後頭部に強い衝撃を受ける。そのせいで顔、特に額と鼻を机に強打した。


「あ、悪い」


 謝罪が軽すぎではないだろうか。ホントに悪いと思っているのか疑わざるを得ない。

 俺は非難的な視線を先生に向け、そのまま立ち上がり先生に詰め寄る。


「明らかに起きようとしてたと思うんですけど」

「すまんすまん。手を振り下ろした瞬間にお前が頭を上げたから直撃してしまった」


 なんだか当たり前のように語っているが、そもそも生徒に手を振り下ろすのは間違いである。

 前回もそうだった。俺の顔の右横を高速で先生の拳が掠ったことがあった。この時は当たらなかったから水に流すとして、今回は水に流せない。当たったから。


「生徒に暴力振るっていいんすか?」

「何を言う。これは暴力じゃないぞ。愛ゆえの暴力だ」


 暴力って言うてますやん。

 そう思ったが、もう本人には突っ込まないことにした。厄介なことになるのは既に目に見えている。

 しかしそれは置いとくとして、そろそろ本題に入るべきだろう。時間は有限なのだ。いかに効率よく有効に使えるか、それが勝者と敗者の違いであるといえよう。もちろん俺は後者。

 つまらぬことを力伝していると、先生の方が先に口を開いた。


「さて、この話はともかく。本題に移ろう。昨日言った通り、とりあえず今日はいちのせCafeまで案内してやろう」


 その発言後、先生はすぐに教室を出て歩いて行く。それに登大路が続く。

 俺は急いで、制服を着直して鞄を手に取る。2人とも俺の事は一切気にしていない様子だ。

 つくづく思うのだ。女という生物は慈悲の欠けらも無いと。






 夕方にして、未だ日は健在。太陽がじわじわと俺の体力を削っていく。


 ビルの陰も初夏には勝ち目がないと言わんばかりに、役目を果たしていない。唯一、役目を果たしているとするならば、今この路地を吹き抜けるビル風のみ。


 そんな無情な初夏の午後、それは突然目の前に現れた——






「着いたぞ。ここがいちのせCafeだ」


 先生が視線を向けたのを受けて、俺も行動を同じくする。いくら閉店したといっても、そこまでだろうという少々の期待を込めるが、それは直ぐに打ち砕かれた。


 ——まじで言ってんのか?


 寂寥にそれは存在していた。それにしても酷い有様だ。店を囲っている木製の柵は倒れていたり、腐っていたり。ガーデンテラスであったと見受けられる場所は雑草が伸びきり、足の踏み場もない。本命の建物は、初見ではカフェと思えないほど荒廃的だ。古びた外見、という表現が可愛らしいほどである。


「再興とかの次元じゃないですよ」

「今回ばかりはキメラ君に賛同するわ。古市先生、これは流石に……」


 流石の登大路も唖然とした様子で俺の意見を肯定する。それはそうだ。この状況で唖然するな、という方が無理な話である。

 ……あれ? 登大路も初めて案内されたのか? とてもそんな風には見えなかったのに。


「まあそう言うな。一度了承した以上、最善を尽くしてもらわねばならない」


 そうは言うけどな……果たして2人でやっていけるのか、という不安に苛まれる。きっと登大路も同じに違いない。


 しかし、よく考えてみれば先生の発言に違いはない。一度了承した以上、途中で逃げるわけにはいかない。ここは腹を括って、最善を尽くすまでだ。


 俺と登大路は深いため息をついて頭を抱えた。それを見た先生は口元を緩ませ、ニヤニヤしている。


 ——この反応が見たかったのもあるだろ。特に登大路の。先生の表情から俺は確信を得る。さっきから登大路を見ては口元を隠しているからな。


 さっきより深く、大きくため息をつく。

 これが俺と登大路の始まりかよ。今までで1番過酷な始まりだわ。

 またしても太陽は無情にも俺達を照らし続けていた。

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