63話 もとより彼らは少しおかしい。
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「これも持ちなさい」
「おい、もう四つ目だぞ。流石にこれ以上は……」
「あら、確かここの近くのホームセンターにハエたたきが売っているはず」
「誰がハエだ。ちゃんと人として扱え」
ハエ扱いされたことにむっとしつつも、両腕に二つずつ持った袋を落とさぬように力を込め直す。
——おかしい。全てがおかしい。
俺の記憶が確かであれば今日は休みのはずだ。家でリラックスし、しっかり疲労をとって、部活動に備えるための大切で貴重な二日間のうちの二日目だ。
それなのになぜ、俺はこんな人の多いショッピングモールに来て荷物持ちをさせられているのだろうか。
「その反抗的な目は何かしら。文句があるなら言いなさい」
俺の抗議の意味を込めた視線に気づいたのか、いきなり俺を見たかと思えば、高圧的な態度と冷酷な視線で俺に接した。
いやこの目はダメ。ダメなやつ。完全に人を殺めてる。だいたい4、5人は殺ったに違いない。大阪のヤクザなんて屁でもないくらいだ。教育上よろしくないので年齢制限かけた方がいいんじゃないのこれ。60禁くらいで。
「イヤ、ナンモナイデシュ」
恐ろしさのあまり、使い慣れた日本語は片言になるわ、語尾は噛むわで悲惨なことになった。
やはりこいつ——登大路は俺の知る限りで最も傲慢で自己中で威圧的なやつだ。とはいえ、これに逆らわずに放置しているせいで進化を遂げているのも揺るがぬ事実なのかもしれない。……いや、これを諌めろって方が鬼だから、多少はね?
「てかこれ何買いに来たんだよ」
「その袋達を見て分からないあたり頭が弱いのね」
いちいち余計な挑発を入れてくるが、今はそれを気にする場合ではない。腹立つけど。
それぞれの袋はヴィ○ヴァンやら喜○屋書店やら無○良品やらÆ○Nやら書かれている。が、何を買ったかなんてわかるわけがない。だって買い物してる間は「見てこないでちょうだい。変態」とか「早くこれ持ちなさい。中は見ないで」とか言われたし。
あれ? 俺ってこんなに嫌われてんの?
「全然わかんねえよ」
「はあ。しかたのないドブネズミね」
登大路は当たり前のように俺を罵倒すると、近くにあった広めのイスに腰かける。
登大路の横に座るのは悪いと思って、斜め前に立ったままでいると、登大路は自らの空いた右側をぽんぽんと叩き、言外に「座れ」と命令してきたのでおとなしく腰かける。
「毎年お正月になると、私の屋敷では父の会社の関係者とか親族が集まってパーティーするの。毎年買い出し当番は変わるのだけれど、今回は私が当たったの」
「そりゃすげえことするんだな。流石登大路のおっさん」
「まあ、今日買ったのはそのパーティーに使う食材とパーティーグッズというわけね」
「そういうことか。そりゃこんないっぱいでも納得だわ。ん? あれ? じゃあユ○クロと喜○屋書店は?」
「私の服と本に決まってるじゃない」
「何を言ってるのこの男」みたいな顔でこっちを見る登大路。こっちからしたら「何言ってるのこの女」だけど。
つまり俺は登大路家のための袋と登大路自身のための袋を持たされていたわけか。
いや登大路家のための方は百歩譲って構わないとしよう。だが、こいつ自身のものに関しては持つ理由がない。だって本人がすぐ真横にいるんだもん。
「じゃあ俺持たなくてよくね?」
「はあ。まったく頭が本当に弱いのね。私があなたに今までどれだけの恵みを与えたか覚えていないの?」
「いや恵みじゃなくて厄難なら大量に頂きましたよ」
「よく聞こえなかったわ。もう一度言ってもらえるかしら?」
「いやだから、厄難なら——」
「もう一度、言ってくれるかしら?」
もう一度言えと言われたので言ったら、足をぐりぐりと踏みつけられた時の対処法を求む。
いやさ、これ俺悪くないよね? だって実際のところ登大路から恵みなんて一つももらってないし、なんなら毎度毎度口を開けば悪口だから厄難って間違ってないだろ。
「逆に恵みなんてあったか?」
そう聞いてやると、待ってましたと言わんばかりのドヤ顔をしてみせた。なんか地雷踏み抜いた気がするけど気のせいだよね。気のせいだと言って。
「それはもう最初からよ。あなたのようなぼっちが私と同じ空気を吸えているし、そのうえ話せているのよ? 全国を探しても、私みたいな美少女とあなたみたいな腐ったぼっちがコミュニケーションをとれるのは類を見ないと思うわ。もっとも、私の慈悲深さのおかげだけれど」
「お、おう」
なんか急に饒舌になるやん。そんなにその恵みとやらについて語りたかったのか。それならどっかの宗教に入信してひたすら教えを説いていてはどうだろう。
というか登大路が自分を美少女だと言ったり、こんなにも饒舌なのは見たことがない。少なくとも冬休み前までは違った。ならば考えられる答えは一つ——。
「そうか。登大路すまんかったな……」
「な、何よ急に」
「あのクリスマスの日、ただでさえ忙しかったのにお前は俺らのこともまとめていた。そのせいで精神的な疲労が限界を超えて自己を見失ったんだろ」
「あなた本当に社会的に消すわよ」
今日僕は登大路さんに、社会的に消すと脅されました。殺すとか潰すよりも恐ろしく怖いのは消すだと思いました。怖かったです。
——はっ。いかんいかん。怖すぎて小学生の日記みたいになっちまった。
ついこの間、精神年齢がおっさんになったのに今日は小学生になっちまうところだった。
いやはや小学生とか俺がまだ希望に満ち溢れてた時だよ。友達と妖○ウォッチして遊んでたなー。ちなみに俺はオ○チが好きでした。
「と、とにかくこの荷物のうちユ○クロと喜○屋書店のやつは、俺が持つ理由がないんだよ!」
「……そう。わかったわ」
登大路はふいと顔を逸らすと、髪をかきあげながら渋々といった様子で納得した。
普段の登大路からは絶対に想像がつかないほど引き際がよく、本当に疲労でおかしくなったんじゃないかと思ってしまう。
「そ、その代わり」
登大路は少し上擦ったような声でそう続けると、すっと右斜め前にあるカフェを指さした。
「あ、あそこで少し休憩しましょう」
「構わんが」
構わんが、と言うよりは行かざるを得ないという方が正しいだろう。だって今日のこいつは少し様子がおかしい。なんか普段言わないこと言うし、緊張して声は上擦るし、頬は少し赤いしで病気を疑うレベル。
——やはり疲労で精神的に限界超えたに違いない。とすると、やはり早く休憩させてやった方がよさそうだ。
「ついでにあそこで何か軽く食おうぜ。ちょうど昼だし」
「ええ」
登大路の許可が降りたのを確認してイスから立ち上がる。登大路も立ってから荷物を持ってカフェへ向けて足を進める。
「その二つは私が持つわ」
「ん? ああ。いや俺筋トレ始めようと思ってたからちょうどいいわ。ほれ、行くぞ」
精神的に参ってる部員にお前のだから、と言って大荷物を持たせるのは流石の俺も気が引ける。正直なところ、重くて手が折れそうだが我慢しておこう。
しかしまあ、この時期のショッピングモールは人が多すぎる。登大路が買い物してる時から言おうか迷ってたんだけど、これ俺完全に人酔いしてるわ。
なんで俺軽く食おうとか言っちゃったんだろう。やっぱ荷物持たせた方が良かったかもしれん。
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