61話 もとより彼らに聖夜は訪れない。
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がやがやと騒がしい新大宮の駅前に降り立つ。普段よりもカップルが多く、そこら中で愛の言葉が飛び交っていたり、イチャイチャが見えてきたりとカオスの様相を呈していた。
が、そんなことを気にしている余裕はなかった。今はともかく、いちのせCafeに一刻も早く向かわねばならない。
というのも、さっき先生からいちのせCafeのグループLINKに「今日クリスマスだし特別営業な。いろんな人来ると思うから頼んだ」というクソみたいなメッセージが来た。この文面からはかなり嫌な予感がしてならない。
先生に悪態をつきながら、駅前の人だかりを何とか脱出して走り出す。運動神経が悪く、運動は大嫌いなため、足が速くなければ体力もない。けれども最善を尽くして行かねば確実に痛い目に遭うことを俺は知っている。
ドMでもない限り奴らのひどい仕打ちには耐えられないので、早々に息を切らしながらも全力で走った。
なんとか到着し、いちのせCafeの扉を思いっきり開けて中に入る。すると先に来ていた登大路と高畑が驚いた顔でこっちを見た。
「びっくりした……」
「あなたね……。もっと普通に入れないの?」
「いや急いで来たんでな」
とりあえず弁解をしておき、カウンター席に腰を落ち着かせる。
冬とはいえ全力で走り続けていると、やはり暑く汗もかく。夏に戻ったような気がして嫌悪感が込み上げてくる。
「はい、タオルと水」
「悪いな」
横から差し出されたタオルと水を受け取り、タオルで汗を拭きながら水を流し込む。大袈裟だが、まさに生き返ったような感覚だ。
ふうと一息ついてタオルと水を一度机に置いた時、何となく違和感があった。
なんで横から? 高畑と登大路はカウンター席の向かいにいる。横から差し出すことは不可能だ。
まさかと思いつつ、ロボットのように首を動かすとその人は微笑みながらこっちを見ていた。
「なんでいるんすか……」
「京くんに会いたくて来ちゃった」
その人——佐紀さんはニコニコといい笑顔でそう言った。
「私たちがここに来た時には既にいたわ」
「あたしが帰ってって言っても無駄だった」
登大路は呆れたというか諦めたように、高畑は敵意むき出しで不満そうにそれぞれ話す。
高畑に至っては、あれ以来佐紀さんを敵と認識しているからだろうか、本当に嫌そうでムスッとしている。
「と、とにかくタオルと水ありがとうございました」
「気にしないでいいよ。だって佐紀さんが買ったタオルで京くんが汗を拭いて、佐紀さんが買った水が京くんの一部になるって考えたら——」
なんだか佐紀さんが恐ろしい発言をしているような気がするが聞かなかったことにしよう。気にしたら負けだ。
「クリスマスの特別営業ってなんだ」
「どうやら普段とあまり変わらないらしいわ。ただ古市先生曰く、クリスマスだからかなりの客足が予想されるとのことよ」
「なんか考え甘くねえか?」
「それが以外とそうではないの」
登大路はそう言うと、ポケットから何やら小さく折りたたまれたメモ用紙を取り出し、俺に差し出してきた。受け取って開いてみると、見慣れないメニューが記されている。
「いちのせコーヒー……クリスマス限定バージョン?」
「そう。このお店の看板商品である、いちのせコーヒーをクリスマス限定でアレンジしたものを売るそうよ」
「カップルとおひとり様の二種類あるんか」
「カップルは私、おひとり様は高畑さんが担当するわ」
登大路が説明すると、高畑はその横から「任せて!」と意気込んでいた。登大路はハイスペックお化けだし、高畑は少しずつ腕を上げているし任せられるとして、不安はそこではない。
「人手足りんのかこれ」
「大丈夫よ。とにかく先に着替えてらっしゃい」
ほんとに大丈夫かと思いつつ、言われた通り更衣室へ向かう。
正直三人じゃ到底追いつかない気がするが、何か算段があるのか。まさか佐紀さんと一緒じゃないよな。あの人と一緒は流石に気持ちがよくない。
はあとため息をつきつつも、さっさと制服に着替える。
しかしまあ、なぜクリスマスまで働かなければいけないのか。これでは世間一般の社畜と変わらないではないか。高校生のうちから社畜の片鱗を見せてどうする。
うんざりして体が一気にだるくなるが、なんとか堪えて腕を上に伸ばしてから更衣室を後にする。
「着替えたぞ……って菟田野と榛原じゃねえか」
見間違いかと思ったが、確かにそこには金髪と銀髪のギャルがいた。
「紀寺じゃん。おひさ」
「ちっす。おひさっす」
「お、おう」
菟田野と榛原は彼女たちにしては意外と真面目な感じで挨拶をしてきた。前とは雰囲気が少し違うため、動揺して上手く返せなかった。
というかここの制服着てますやん。まあ……そういうことだよな……。
「ではそれぞれの業務を確認するわ。私と高畑さんがキッチン、紀寺くんと菟田野さんと榛原さんは接客および会計、佐紀さんは外で宣伝およびお客さんの整理を。そして菟田野さんは臨機応変にキッチンもお願いね」
登大路の確認に対し各々が返事をして、それぞれの業務を把握する。まあ六人もいれば流石に何とかなるな。え、待って? 佐紀さんも仕事するの?
カウンター席に座ったままの佐紀さんをちらっと見ると、目が合って微笑まれた。ひえっと思い、こそっと登大路に耳打ちする。
「おい、登大路」
「何かしら」
「なんで佐紀さんも参加すんだよ」
「佐紀さんが参加したいと言ったのよ。それに人手は多い方が助かるし」
部長である登大路にそう言われると、それ以上はあまり強く言えないので、渋々引き下がる。
すると、いきなり腕が引かれる感覚があった。なにかと引かれた方を見ると、佐紀さんが腕を掴んでむっとしていた。
「あんまり他の女の子と喋らないで」
はいわかりました……なんて言えるわけがない。
急にどうしたのだろうか。この前までそんなことは言っていなかったのに。
というか嫉妬される筋合いはないのだが……。
「そ、そうは言っても……」
「浮気は禁止!」
その言い方は彼女みたいだからやめてほしい。
「え、紀寺って彼女いたの!?」
ほら誤解された。勘弁してくれ。
「誤解だ。俺に彼女などできん」
「ちょー意外っす」
こら榛原、話を聞け。ギャルはまじで人の話を聞かない。自己中お化けだ。
「馬鹿なこと言ってないで準備してちょうだい」
登大路は、はあと完全に呆れた様子でそう漏らした。
登大路、それは俺が一番よくわかってるし、一番思ってる。だから助けて。
そんな願いも虚しく、佐紀さんや菟田野、榛原の詰問やらなんやらの集中砲火が凄まじく、収まる気配がない。高畑が助け舟を出してくれるが効果はなく、もはやお手上げ状態だった。
その後、登大路による叱咤でようやく収まりを見せたが、俺は精神を消耗しきってしまい、精神年齢がかなり老けたような気分だった。
そうこうしてるうちに、営業開始時刻の15分前となり、各々が準備を始める。キッチン組は器具や材料の確認、接客組はテーブルやカウンター席を拭いたり、軽く掃き掃除をしたり。宣伝係は既に仕事を始めているが……。
「みんな、がんばろうね!」
高畑がそう声をかけると、その場の全員が返事をしたり、サムズアップしたりと反応する。士気はバッチリである。
いよいよ営業開始か。めんどくせえけどがんばりますか。
いざ営業を始めると、時間はあっという間に過ぎていった。
開店したと同時に客が店内へ入ってきた時こそ、面倒だったが、そこから業務が流れ出すと面倒など思う余裕もなく、ただひたすら客を案内したり会計したりと忙しかった。
古市先生の言う通り、普段より遥かに多い客がやって来た。しかもカップルが圧倒的に多かった。無論、一之瀬高校の生徒も来店するわけで、高畑や菟田野、榛原は何度か絡まれていた。
しかし店内の業務は忙しいといえど、なんだかんだ人手が足りないような状態には陥っていない。佐紀さんの仕事のおかげなのだが、その采配には驚かされた。緻密な計算のもと、どのタイミングで入店させるかなどを判断しており、正直MVPに等しい。
なんやかんやキッチン組も、ちょいちょい菟田野の手を借りながらミスなくこなして、その正確さは高校生とは思えなかった。
そうして最後の客が帰り、全員で洗い物や消毒などを終わらせた時は既に午後9時を過ぎていた。およそ5時間ほど休みなく働いていたわけで、全員疲労でクタクタなのは目に見えていた。
「あなたたちのおかげで円滑に業務をこなせたわ。ありがとう」
登大路も疲れてるだろうにそれを見せずに全員を労った。無論、誰も返事する余裕などあるはずもなく、ほぼ頷くだけだった。
「今日は疲れたと思うから解散しましょう。お疲れ様でした」
その挨拶を受けて全員で外に出る。いやはや歩いている感覚がない。つくづく冬休みでよかったと思う。これが明日授業があるとなると、絶対に休んでいた。
「月綺麗だね」
ふと高畑が呟いたことで夜空を見上げる。真っ暗な空に控えめに月が煌めいていた。
形こそ満月や三日月といった惹かれるものじゃないが、今この時に見るには十分綺麗で神秘的だった。
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