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59話 そうして彼らは本当の闇を見て、悲しき呪縛にそっと寄り添う。

 読んでいただきありがとうございます!

 すっかりと暗くなった辺りを黙々と見回す。街ゆく人々は、それこそカップルや夫婦、友達ばかりで、一人で歩いているのは仕事終わりのサラリーマン達だ。もっとも、彼らの片手にはスイーツと思しき箱がしっかりと握られているのだが。

 もはやサラリーマンですら俺たちの敵だというようだ。

 しかしまあ、まだクリスマスには早いと言えど、シーズンなのは変わりないため、違和感というものは感じられない。

 ここまで来るとうんざりだ。いや怒りまで覚える。

 やれやれと夜空を見上げて、はあーとそれら一切の感情を押し殺すことなく、ため息として思い切り出す。

 白い水蒸気が皮肉にも夜空に映えていた。


「むう、京くん。二人の時にため息つかれると流石の佐紀さんも……」

「え、あ、すいません。そういう意味じゃなかったんすけど」


 少し消沈とした表情でその行動を指摘され、まずかったと素直に反省し、弁明する。

 すると俺の焦り具合を見て、一転、にやりとした顔で俺の頬を人差し指でつんつんと二度刺した。


「ふふっ、焦ったでしょ? 冗談に決まってるじゃん」

「心臓に悪いっす。寿命が縮みましたよ」


 この人は本気と冗談の区別が世界で一番分かりづらい。俺的には表情や言動なんかじゃ到底理解することは叶わない。


「どのくらい?」


 なんだその返しは。どこを掘り下げてきてるんだこの人は。なんかちょっと高畑と同じ匂いがするんだけど。

 えー、いやー、と悩んではいけないだろうと思ったことと、関西人として面白いことを言いたいという謎のプライドに駆られたことで咄嗟に返す。


「15分」


 ……はいお疲れ様でした。もう空気凍っちゃってんじゃん。氷点下一桁どころじゃなかったですね。もしかしてここは南極ですか? 昭和基地ですか? それともシベリアですか?

 ……というか関西人にとって面白いこと言ってというのが一番きつい。

 そもそも会話の流れがあって初めてノリで面白いことが言えるのだ。それが基本なのだ。どう考えても今の流れじゃ面白いことは言えない。どこぞのスペイン風の村の急流すべりぐらい流れが急だった。


「佐紀さん、京くんががんばって空回りしちゃうとこ大好きだから安心してね」


 いやフォローになってないです。むしろ恥ずかしいし、バカにされてる気がします。なんなら思い切りいじってます。


「てゆうか京くん、デートってこと忘れてない?」

「忘れてないっすよ」


 嘘です忘れてましたごめんなさい。

 佐紀さんに言われてハッとする。デートとはあまり言いたくないが、部活が終わってから高校の制服に着替えたあと、こうして佐紀さんに連れられて二人で街を歩いているのは違わない事実だ。

 とはいえ、いくら苦手な人と言っても、二人で、というのを意識するとなんだか恥ずかしくなる。女性免疫がない俺にとってはなかなかに厳しい。


「これ結局どこ向かってんすか」


 急に湧き出た恥ずかしさに戸惑いつつも、素朴な疑問を投擲してみれば、佐紀さんは少し渋るような様子ではぐらかした。


「うーん、まあ、そのうちわかるよ」


 どういうことか気になったが、佐紀さんの言うことはもっともであったために深く追求するのは躊躇われた。

 その後は特に話すこともなく佐紀さんについて行く。新大宮から奈良線で大和西大寺まで行き、橿原線に乗り換えて到着したのは俺の最寄り駅である西ノ京駅だった。そして普段より人が多い改札を出て歩を進める。

 この辺りは道が狭い。普段の交通量は昼間は多いが、夜間はめっきりと減る。もちろん人の多さも同様だ。——もっとも今日はシーズンのせいか夜間でも昼間に負けず劣らずではあるが。

 人と交通量の多さに驚きつつも、ただ静かに道に沿って足を動かしていく。進めば進むほど、つまり駅から遠ざかるほど徐々に車や人が少なくなっていく。ある程度遠ざかったところでついに見なくなり、この時期には不相応ないつもの閑静な街になっていた。


「京くん、勉強はどう?」

「え、ああ、そこそこっすよ。赤点は免れてます」

「そっか。一之瀬高校は進学校だもんね」

「そうっすね。そのせいで勉強ばっかですし」

「ふふっ、佐紀さんの時と一緒だ」


 佐紀さんの問いかけから他愛ない話が始まる。生産性など一切ない話だが、不思議と不快感や面倒だという感覚はなかった。

 この俺が世間話を苦としていないあたり、佐紀さんのコミュニケーション力というもののに驚かされる。


「京くんは普通科だったよね?」

「そうっすね」

「じゃあ問題! 佐紀さんはどこだったでしょう?」

「いや普通科でしょ……。普通科しかないじゃないですか」

「正解。ふふっ、京くんは面白いな」

「どこにそんな要素あったんすか……」


 佐紀さんの謎の笑いのツボに困惑しつつ、しばらく他愛ない話を続けていると、佐紀さんがふと歩みを止めた。

 何かと顔を上げると、佐紀さんはこちらを向きながら静かに立っていた。軽く吹いた風に青い髪が靡いたその姿はあまりに美しく見惚れてしまう。

 佐紀さんが軽く首を左に倒し、困ったような笑顔を浮かべたことでハッとして咄嗟に左側に目を逸らす。すると、そこには大きな池と向こうにライトアップした薬師寺が見えていた。

 忘れるはずのない昔から馴染みのある場所。そして——佐紀さんと俺が出会った場所である。


「問題です。なぜここに来たでしょう」


 さっきの問題とはまるで違う、普段の佐紀さんのからかうような様子ではなく、真面目な様子で問いかけられた。

 しかしその問いかけに対する答えは持ち合わせておらず言葉に詰まる。なんとか誤魔化せないかと時間を稼ごうかとも考えたが、佐紀さんの真剣な眼差しを受けて失礼だと思い、それらしい答えを探す。

 なぜ今ここに来たのか、自らの過去や、いちのせプロジェクトに参加してからのことを頭の中で巡らす。

 わけがわからず深く悩んでいると、ふと過去の佐紀さんが頭の中に現れた。記憶の中の彼女は両手で俺の心を力強く掴んでおり、執念すら感じる彼女に恐怖を覚えた。

 だがすぐにハッとした。目の前の……記憶の中の佐紀さんは確かに涙を流していたのだ。苦しそうな表情で俺の心を壊れそうなぐらい掴んでいたのだ。まるで、俺を縛っていた彼女自身が何かに縛られるように。

 それを見てすぐに答えは出た。


「佐紀さん自身の呪縛を解くため……ですか」

「——うん。大正解」


 そう言った彼女は両の手でつくった拳をぐぐっと握りしめた。


「佐紀さんね、謝って終わったと思ってた……。でも違った。これは一生終わらない、終わらせることが許されない。私は京くんに謝罪することでその事実から目を背けて楽になろうとしてるだけだって。昨日夢で自分にそう言われたの」


 佐紀さんは青ざめた顔で唇を微かに震わせながら細々とそう言った。

 昨日のことで俺は傷が少し楽になった。もちろん完全に癒えたわけではないし、完全に癒えることなんて一生ないだろう。

 けれど佐紀さんにしてみれば、昨日のことが俺の傷を理解する機会となったことで、負い目とか罪悪感みたいなものが重くのしかかる原因になり、却って佐紀さん自身を責めてしまっているようだ。

 俺にしてみれば、確かにこれは一生終わらせるつもりはないし、終わらせようとするならば恨むに違いない。けれど、そこに負い目とか罪悪感を感じる必要性は全くない。ただ彼女が理解してくれた、それだけで十分である。

 だからそれを今、しっかりと佐紀さんに伝える必要がある。


「佐紀さん、確かにこれは一生終わらないと思うし、終わらせようとは思いません。けれど、俺は佐紀さんが俺の傷を理解してくれたってだけで十分です。だからそんな自分自身を責めて、縛られる必要はどこにもないんですよ」


 心の底からそう伝えると、佐紀さんは涙を流しながら昨日のように謝罪をした。何度も何度も「ごめんね」と言い続けていた。

 自分のことも含めてしまうのは傲慢だが、俺も彼女も被害者だ。うまく言えないが、なにか弱い部分につけ込まれてしまったのだ。

 とはいえ、この瞬間に、俺と佐紀さんの終わることのない「これ」は確かに俺たちから鎖を解ききったに違いないと、そう確信して夜空の月を見上げた。

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