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58話 そうしてひとつの風は冷たさの中に暖かみを得る。

 読んでいただきありがとうございます!

 冬休み——。それは日本の学生たちに一年に二度与えられる長期休暇のうちの一つである。

 ある者は趣味に没頭し、ある者は勉学に励み、ある者は部活動に力を入れ、ある者は恋人とかいう悪魔に魂を売って共に過ごす……。

 どう過ごすかはバラバラではあるが、俺たち学生の共通点はただ一つ。——冬休み最高。

 誰からも干渉を受けないぼっちは、長期休暇を思うがままに過ごすことが出来る。つまりぼっちは、長期休暇を日本で最も有意義に、効率的に、楽しく過ごせるのだ。

 無論、こんな絶好の機会を満喫せずして何をするのか、という話である。

 さてさて、冬休み初日、一体何をしてくれようか。


「——くん!」


 おや? なんか呼ばれてる気がするぞ? ……いや気のせいだな。これは疲労による幻聴に違いない。


「——くん!」


 まだ呼ばれてる気がしなくもない。が、気のせいだろう。だって俺、ぼっちだもん。

 というかなんか聞いたことあるような声だな……。なんか高圧的で独裁者みたいな——。


「紀寺くん!」

「はい! って、え、あれ、家じゃない?」

「何を言ってるのかしら。冬休みは部活動を行う絶好の機会じゃない」


 目の前の独裁者ノボーリン……あ、間違えた。登大路の鋭い視線と静かな怒りさえ感じさせる落ち着いた声に、はっと意識を戻すと確かにそこはいちのせCafeだった。

 そうだ、思い出した。

 昨日いろいろ問題が終わったあと帰り道に、冬休みに部活動するかしないか戦争に発展した。登大路と高畑による同盟国側と、俺と佐紀さんによる連合国側に分かれたが、俺たちは見事に蹂躙されて開始5分で降伏した。意図せず世界一短い戦争の記録を大幅に塗り替えてしまったというわけだ。つまり、実質俺はギネス記録保持者。


「何をぼんやりしてるのかしら?」

「ちょっと京、食器洗い手伝ってよー」

「京くん終わったら佐紀さんとデートしない?」


 いやもう、各々が自由に発言してくるから頭がごちゃごちゃになるんですけど。俺は聖徳太子か、厩戸皇子うまやどのおうじか。

 パンク寸前の頭をどうにか抑えつつ、自分は歴史上の人物の生まれ変わりなんじゃないかと錯覚していると違和感に気づいた。

 一人多いよね?

 まさかと思いつつ、顔を引き攣らせたままカウンター席を向いた時、思わず『ひっ』と声が出た。


「やっほ。京くん」


 ……なんでこの人がいるんだ。

 優雅にコーヒーを飲みながら手をひらひらと動かしているのは、確かに佐紀さんだ。見間違いかと思いたかったが、やはり佐紀さんに変わりはない。


「何してんすか」

「んー? 京くんに会いに来たんだよ?」


 佐紀さんは当たり前のように話すと、持っていたコーヒーを受け皿にそっと置き、ぐぐっと伸びを行った。豊満なあれが強調されており、俺みたいな純粋な男子高校生には刺激が強い。


「いや、その、別に来るのは構わないんですけど、目的がなんというか……」

「でもカフェの売上に貢献してるし、佐紀さんは京くんに会えるしでwin-winじゃない?」

「いや、そうかもですけど……」

「ふふっ。さっきから胸見てるでしょ? 女の子はそういうのわかるんだよ? ま、京くんなら大歓迎だけど」


 悪戯っぽく笑いながら指摘され、思わず顔が赤く染まった。結局俺はこの人に手のひらで転がされる。

 しかも大歓迎って言われると却って佐紀さんの方が見れない。

 どうしたものかと考えていると、むすっとした高畑が佐紀さんに食らいつく。


「ちょっと! あんまり京をいじめないでください!」

「いじめてないよ。ただ京くんの内に秘めし欲望を沈静化しようとしただけ」


 うーん。その言い方はなんか俺が欲望に満ち溢れてるかのようだからやめてほしい。


「でも京が困ってます!」

「困らせてるの。赤くなった京くん可愛いから」

「なるほど……」


 いや待って? そこはがんばれよ。なんでそこで言いくるめられるんだよ。馬鹿なの? ねぇ、馬鹿なの?

 佐紀さんは勝ち誇った笑みを高畑に向けた後、こちらに向き直り、優しそうに笑った。


「じゃ、終わったらデートしてね?」

「……はい」


 笑顔を向けられた時から薄々こうなることは予想していた。本音を言えば、高畑にもっとがんばってほしかったが、もはや後の祭りだ。


「デート!?」


 デートという単語に反応し、勢いを取り戻した高畑がまたしても食らいつく。

 嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。


「そ、それはだめ!」

「なんで?」

「えっと……。と、とにかくだめ! 京は人が多いとこ苦手なんだから!」


 いや反論が雑すぎる。確かに人多いとこは苦手というか嫌いだけど。それにしてもあまりにも雑だ。

 そんな俺の杞憂とは裏腹に、痛い所を衝いたとでも言いたげに控えめなドヤ顔を浮かべている。そういうとこだぞ……。


「ふふっ。ショッピングモールとか海とか……。人が多いとこだけがデートスポットじゃないんだよ? それをわかってないなんて、高畑ちゃんはお子様だね~」

「なっ……! べ、別にそういうわけじゃないし! ただ念の為忠告しといただけ!」

「忠告ありがとね。でも佐紀さんは高畑ちゃんより京くんのこと知ってるから」

「ぐぬぬ……」


 嫌な予感的中。

 やはり高畑に期待するのは間違っていたようだ。むすっとした顔で佐紀さんを上目で睨む姿に、ため息がこぼれる。

 あまり乗り気ではないが、自分でどうにかできるわけでもないため、大人しく従っておこう。別に悪いようにはされないだろう。……多分。


「佐紀さん、お話のところ失礼ですが、用が済んだなら一度お引き取り願います」


 散々繰り広げられた会話に堪忍できなくなったのか、登大路は半ば呆れたような様子で佐紀さんに促した。

 が、そんなんで大人しく引き下がるような人ではない。余裕丸出しで登大路の方へ向く。


「別に迷惑かけてないからいいじゃん」

「そういうことではなくて……」

「大丈夫! 何時間でも待てるから! あっ、コーヒーおかわりください」


 いまいち話が通じない佐紀さんに完全に呆れた様子でコーヒーを注ぎ始める。その表情からは、どことなく苛立ちが感じられる。怖い。


「あれ? 怒ってる? ごめんね、みんなの京くんを借りちゃって」

「別に紀寺くんは物ではないので」

「そうだよ! 誰の物でもないんだから!」

「じゃあ尚更佐紀さんがもらっちゃお♪」


 そう言って俺に対してウインクする佐紀さん。こればかりは流石に照れてしまうが、なんとか抑えて苦笑いしておく。


「そんなに人を煽って楽しいですか?」

「なんかめっちゃ腹立つし!」

「煽ってないよー。ね? 京くん」


 いえ貴女こそ煽りの天才です。なんて言えるわけねえじゃん。てかもうやめて。みんな怖いんだけど。女子怖い。平和にいこうよ。まじでガンジー呼んじゃうよ?

 バチバチと火花を飛ばしあっている女性陣に恐れを抱きながら、俺はただ静かに時間が経つことのみを祈ることにした。

 この状況は到底抑えられるものじゃない。ただ間に入ったら真っ先に精神がズタボロにされるということを第六感がうるさいぐらいに伝えてきていた。

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