55話 そうしてまた一人、心が凍りついていく。
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登大路の件も落ち着き、季節はすっかり秋を通り越して冬を迎えていた。窓越しに雪が街にちらついているのがわかる。
冬となり、寒さがきつくなったのも関係ないと言わんばかりに本格的にいちのせCafeは営業を再開した。一時より少ないといえど、常にそこそこの客が来るようにはなっていた。
店内にいた客が帰り、いなくなった僅かの時間にいつも会話をする。ちょうど最後だった女子生徒が会計を済ませて店を出ると、やはり高畑が口を開いた。
「そういえば綾乃っち、家でどう?」
「おかげさまで会話が増えたわ。それに綾華とも仲良くできているのよ」
「そっか! 良かったー」
高畑が肩の力を抜いて答えれば、登大路はふふっと笑みをこぼす。初めに比べれば、随分と丸くなったものだ。
「誰が太ったですって?」
「いや、体型じゃなくて中身の話だよ。あと心読むのそろそろやめない?」
少々早口になりながらもなんとか弁解すると、彼女は納得してなさそうに少し口を尖らせてそっぽを向いた。え、これ俺が悪いの?
「あはは……。まあ、京が悪いってことで」
「ギルティよ。ギルティ」
「どうせ足掻いてもバッドエンドなんだろ」
「バッドエンド以外に期待する方が間違ってるのよ」
やはり登大路という女はつくづく恐ろしい。これは令和を代表する独裁者といっても過言ではない。
流石の俺も登大路の発言に納得できなかったが、それを察したのか、高畑が目を泳がせながら話を転換させた。
「あ、明日から冬休みだね! やっと勉強から解放されるよ~」
「何を言っているのかしら? 冬休みだからこそ、やるべきことをしっかりとやるのよ」
「うっ……」
「いや、俺は高畑を支持する。登大路もそうだが、日本人は休みの何たるかをわかっちゃいない」
「ふふっ。面白いわね。詳しく聞かせてもらおうかしら」
「休むために休みがあるのに、わざわざ勉強という課題が課されるのは話が違う。勤勉なことは良い事だが、それに見合う休息も齎されるべきだ」
「そーだそーだ」
「せっかく良い話が聞けると思ったのに、ただの屁理屈だったわ。さすが屁理屈の申し子ね」
俺と高畑の共同声明はいとも容易く一蹴された。やはり独裁者、自分とは異なる考えを認めず秒で跳ね除ける。もはや清々しささえ感じられるその姿勢に、思わずブーイングを行いそうになると、靴越しに衝撃と痛みが足を襲った。
「いってぇ! 何すんだこの独裁者ノボーリン!」
「人をヨシフおじさんみたいに言わないでくれるかしら。私に足を踏まれたのは今まであなただけなんだから感謝してほしいわね」
何言っちゃってんだこの女は。この前まで超絶しおらしかったのに、ちょっと助けてやったら扱いを変えてきやがる。恐ろしいやつだ。
「綾乃っちだめだよ! もっときつくやらなきゃ! 京も人のこと変な言い方しない!」
いや待って。おかしい。全てがおかしい。
登大路にそんな助言したらガチでやりかねん。てかなんで俺だけ怒られてんだよ。
「なんか俺の扱い酷くね?」
「気のせいよ」
「ちょっと人の話聞いてる?」
「いやもう、ごめんなさい」
なぜか俺が謝る羽目になっており納得がいかないが、もはやこの状況に抗うことはできないと悟り渋々謝る。足だって痛いのに。
そこで会話は一度途絶え、ひゅーと音を立てて吹く風に窓がカタカタと揺れる。窓の揺れ具合から、少し立て付けが悪くなっているんじゃないかと心配になるが、特に問題はなさそうなので無視して、外をぼんやりと眺める。
「雪が降るなんて珍しいわね」
「ほんとだよな」
登大路が先程よりも静かに口を開く。ちょうど俺が考えていたことと同じだったため、同調するのにさほど時間はかからない。
奈良盆地で雪を見かけることはあまりない。だからこそ、この幻想的にすら見える景色に少しばかり惹かれてしまう。きっと二人もそう感じているはずだ。
「雪……か」
「高畑さん、どうかしたかしら?」
「あー、いや! ちょっと昔のこと思い出しただけ!」
「昔のこと?」
「うん。まあ人様に話すことじゃないから気にしないで!」
「そう」
何やら昔のことを思い出したという高畑だが、その表情は思い出に浸るような、でも切なそうな、なんとも言葉に言い表すことができないものだった。あまり詮索するのもよくないと思い、短く息を吐いて何も無かったことにする。
他人のことを探るのは褒められたものではないし、そもそも知ったことで得るものもない。流石にコミュニケーションが不得意な俺でもそれぐらいの理解はできる。
「あ、そうだ」
高畑は何か思いついたような表情を俺たちに向けると、次にニコッと笑顔を作って言葉を続けた。
「冬休みさ、どっか遊びに行こうよ!」
「遊ぶ時間なんてないわ。それに紀寺くんがいると変な気を起こされそうだし」
「いや、流石にそんなに危ないやつじゃねえから。てか俺だってゲームのクリスマスイベ走んなきゃだし、アニメの特番観なきゃだしで大忙しだから却下」
「むぅー。とにかく行くったら行く!」
俺と登大路に即座に拒否されたのが余程気に入らないのか、不服そうな顔で我儘を発動する。とある部分を除くとそこら辺の小学生と遜色ないぐらいである。
「はぁ。拒否してもだめだということは薄々感じていたけれど」
「じゃあ決定だね! どこに行きたいか考えといて!」
「ちょっと待って。俺は許可してないよ? さっきも言ったけど——」
「でも来てくれるんでしょ?」
行かなかったらあなたうるさいでしょ、とは言えないので『さあな』と濁しておく。しかし、その返事に満足したのか、高畑はへへっと笑みをこぼした。相変わらず変なやつだ。
「ちなみにあたしが行きたい場所はいくつかあって——」
高畑が張り切った様子を見せたと同時に来客を告げるベルが鳴った。客が来たかと思って目を向けた時、俺は金縛りにあったかのように体が固まってしまう。その客は俺と目が合うと、くすっと微笑んで体をこちらに向けた。
「京くんに会いたくて来ちゃった」
開いたままのドアからは外の冷気が容赦なく侵入してくるが、それとは比べ物にならないほどの寒さがその言葉から齎された。
心做しか、雪と風の勢いが強くなっていくように感じた。
間違えて削除したので再投稿です!
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