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53話 そうして戦いの火蓋が切って落とされる。

 読んでいただきありがとうございます!

 辺りは静寂に包まれていた。普段ならひっきりなしに聞こえる街ならではの雑音は、なぜか今は存在を消しており緊張感がより高まった。

 なんとか平静を保とうと深呼吸してみるも、あまり効果はなく、むしろ却って助長されている気がしてならない。

 そんな俺の様子を感じたのか、隣にいる高畑がきゅっと俺の左手を握った。


「大丈夫だよ」


 たった一言だけだったが、それはとても心強く頼もしい。多分、この状況でどんな言葉をかけられようと、この言葉ほど安心できるものはないのだろうと感じた。


「おう」


 俺の手を握る高畑の手が微かに震えていたことに気づき、安心させてやろうと力強く返事する。次いで、手を解き頭を撫でてから一歩踏み出した。

 どっかの大名かとツッコミたくなるような巨大な屋敷に近づいていく度、なんとも口にしがたい圧のようなものに飲み込まれていくような気がした。

 そこらの家なら数歩から数十歩で玄関にたどり着くのだが、如何せんここはデカすぎるため門からかなり歩いた。

 ちなみにここは歴史的な建物だったり、名前は知らないが偉人らが対談した場所だったりで観光地化しているため、門は常に解放されている。

 とてもじゃないが、一流企業とは思えぬセキュリティの甘さなのは黙っておこう。言ったら怒られそうだしな。

 インターホンを押そうと手をすっと伸ばすと、その手が微かに震え始めた。それはまるで、えも知れぬ何かを恐れるようで、その深淵を覗くことを本能がきらっているようだった。


「やっぱ震えるな」


 少し強がって余裕ですアピールをして口を開く。が、やはり高畑には隠せなかったようで、またしても彼女の手が俺の手を包んだ。

 そして何も言わず、僅かに微笑んで俺を見つめている。それに対し、こくりと一度頷いて意思表示をして、いよいよ指がボタンに触れた。直後、呼出音が二度続けて鳴る。少し間を空けて引き戸がガラガラと音を立てて開く。


「はい」


 そう言って出てきたのは、紛れもなく登大路綾乃だった。

 久しぶりに会ったため互いに目を逸らした時、隣から明るくハキハキとした声が発せられた。


「綾乃っち、久しぶり!」

「え、ええ」


 登大路がその声に答えたあと、高畑が肘で俺の腕を小突いた。地味に痛い攻撃に嫌気がさして、自然と口が開いた。


「久しぶりだな……」

「そ、そうね」

「その、なんつーか、中に入れてもらえると助かるというか……」


 しどろもどろになりながらもなんとか伝えると、登大路は少し困ったような表情を浮かべ、横や足元を見たりと目を泳がせたあと、引き戸に手をかけて答えた。


「申し訳ないけれど、中にみんないるから難しいわ。だから日を改めてくれると——」

「別にいいんじゃないかい?」


 刹那、謎の圧が登大路の後方から漂ってきた。思わずそっちに目を向けると、声の主であろう人物が立っていた。

 その人は誰もが知っている男だった。若くして登大路ホテルの社長となり、多くの改革を行い、多くの事業を成功させ、一時は赤字に転落した登大路ホテルを日本トップまでに成長させた男だ。


「はじめまして。登大路ホテル代表取締役社長でこの子の父親、登大路玄造だ」

「……ご丁寧にどうも。彼女と同じ部活に所属している紀寺京です」

「同じく高畑怜奈です」

「なるほど、君たちか……。さぁ、中に入ってくれ。実は私からも君たちに話があってね」


 そう言って先に奥へ消えていってから、登大路は『どうぞ』と小さく言い、俺たちに入るよう催促する。

 感謝と礼儀的な意味合いでお辞儀をしてから足を踏み入れ、靴を脱ぐ。高畑も同様にしてから登大路は歩き出した。

 そして同時に思った。あの男は予想以上に要注意人物だと。

 あの男は、私から『も』君たちに話があると言った。

 この言い方だと、お互いに用があるという意味に取れる。が、俺は話や用があるなんて一言も言ってない。あの一瞬で見抜いてくるあたり、かなりの強者だと推測される。

 どうやら、この戦いはかなり難しそうだ。

 静かな廊下に等間隔で鳴り響く足音すら恐怖を煽る中、その感覚が悪寒となって全身を覆い尽くしていた。






「——そう言うと、彼女はいつも笑顔を浮かべてね」


 至って穏やかな表情を崩さないまま、男は意味もない登大路綾乃の昔話を続けていた。

 これを聞くこと、時間にして約10分。この妙に張り詰めた空気も相まって、こちらの精神的な体力が持ちそうにない。

 ついに決意した俺は、そっと右腕を低く挙げる。すぐにそれに気づいた男は表情を全く変えずに、あくまでも穏やかな様子でその意味を尋ねてきた。


「どうかしたかい?」

「そろそろ本題を、と思いまして」


 そう答えると、穏やかな様子は一変して冷酷な雰囲気が滲み出る。それはこの場にいる者を凄ませるには十分だった。


「私も話しすぎてしまったよ。悪い癖だ」


 そう口にすると少し間を置いてから俺たちを睨んだ。


「単刀直入に言おう。彼女もとい当家の問題に口を挟むのは辞めたまえ」

「と言いますと?」

「君たちが彼女のことで嗅ぎ回っているのは既に把握している」


 なるほど。やはり薄々そんな気はしていたが、こちらのことは調べあげられている。俺たちが準備をしている時、こちらも準備していたようだな。


「勘違いしているようですが、まだ口は挟んじゃいない」

「——」

「これから挟むんですよ」


 語気を強めて言ってやると、それが意外だったのか少しだけ表情が崩れたのが確認できた。

 辺り一帯に強く吹いた風が建物全体を打ち付けていて、強がったものの一抹の不安を感じていた。

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