51話 そうして紀寺京は着々と勝機を掴んでいく。
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図書室に強い風が吹き付けた。
それによって、室内に綺麗に貼り並べられていたポスターやプリントがバサバサと音を立てる。
「どこでそれを?」
妹の声色は以前の柔らかなものとは違い、冷徹で圧を感じさせるようなもので、思わず唾を飲み込む。
その雰囲気から、いかに不機嫌なのかがよく分かる。
「……それはどうでもいい。本当なのか教えろ」
「それが頼む態度ですか?」
「人のこと言えんだろうが」
怖気づきながらもそれを上手いこと隠しつつ、正論を突きつけてやると、妹は唇を噛んで言葉を詰めた。
「……分かりました」
妹はそう呟くと静かに窓際まで行って窓を閉めた。そして、その場でくるりと半回転してこちらを向いた。
「その代わり、といってはなんですが一つお願いが」
「なんだ」
「今後、先輩達はお姉ちゃんに近づかないでください」
その言葉はあまりにも残酷だった。
どういうことかを脳が理解する前に、体は理解したようで嫌な汗が吹き出す。
やはり相手は抜け目ない。前回といい、今回も外堀を埋めにかかってきた。いや、そんな優しいものではない。本丸の門を既に破壊しに来ている。
彼女の言葉が何を表すかは高畑でも理解出来ているはずである。だからこそ、何も言葉を発さないのだ。
「安心しろ。馴れ合う気はねえから」
「京!?」
「ふふっ。交渉成立ですね♪」
目の前の悪魔は怪しく勝ち誇ったように笑うと、『では』と前置きして戻ってくる。
「結果から言わせていただくと、事実に違いありません」
「なんでそんな——」
「落ち着け。まだ話してるだろ」
悪びれた様子もなく淡々と語る妹に、高畑は少し怒りを見せるがなんとか平静を保たせる。
気持ちは分からなくないが、まずは話を聞くのが先決である。
「お姉ちゃんと私は登大路ホテルの後継者候補だったんです。最初こそ、お姉ちゃんが有力だとされたのですが、年齢を重ねるごとにお姉ちゃんの性格が周りに露見していきました」
妹は一度区切りをつけると、深呼吸をしてからまた言葉を続けた。
「次第に父とも意見が合わなくなり、さらにお姉ちゃんを擁立していたグループの代表的存在だった母が南部に追放され、私が有力になったんです。そして最近、私が後継者になることが正式に決定しました」
一通り話し終えた様子の妹は、こちらに背を向けて軽く伸びる。
妹から話された一連の流れは、正直納得してしまうこともある。私情があるにせよ、それが会社のためにはなるのだから。
複雑なお家騒動だ。本当に。
「でも養子に出す必要は——」
「邪魔なんだろ。後継者争いに敗れた姉をおいておくと」
「その通りです。父は、お姉ちゃんを会社に残していてもメリットはない。そう考えているようです」
妹がそう繋げると、高畑は眉を顰めて顔を下げた。不満そうに地を見つめる彼女はスカートを両拳で強く握っていた。
その姿はなんとも切なくて、もはや直視しようとは思えなかった。
そんな高畑を気遣う様子など見せない妹は、『さて』と再び前置きした。
「話は以上です。先程の約束、守ってくださいね?」
「ああ。必ずな」
そう答えてから踵を返して図書室を去る。そんな俺にワンテンポ遅れる形で高畑も後に続く。
最後に見た妹の顔は、相変わらず余裕そうな表情だったが苛立ちは募らなかった。
「さっきのどういうこと!?」
校門を出た辺りで高畑が俺にそう言い放った。声色と表情から俺を非難しているのは一目瞭然だった。
「なんのことだよ」
やましいことなんて一切ないのだが、咄嗟のことだったため無意識にとぼけてしまう。
高畑からは誤魔化しとしか見えなかったのか、その行動について激しく非難される。
「約束しちゃったじゃん! あれじゃ助けれないよ!?」
その一言に俺は思わずため息に似た息を口から吐き出す。
「お前も妹も勘違いしてるようだが、俺は一言も近づかないとは言ってない」
「ふえ?」
「俺は馴れ合わないと約束したんだ。仲良くはしないと牽制しただけ」
そう説明してやると間抜けだった顔は、みるみる笑顔へと変化していった。
すると背中をバンバンと叩いてくる。衝撃と痛みが凄すぎてリアクションできない。リアクション芸人ってプロだな。
「そういうことか~! やるじゃん京!」
「急に手のひら返しかよ……」
「ちゃんと説明してくれなかったからじゃん!」
「……確かにそれもそうだな。すまん」
高畑に指摘されぐうの音も出ず素直に謝罪する。
それに満足したのか、高畑は口角を上げて俺の腕をくいっと引っ張った。
「どうするの?」
「屋敷に突撃する」
「いいじゃ——よくないよ!」
華麗にノリツッコミを決める高畑に笑いを堪えつつ、彼女の大きく開いた目を見つめる。
いつもより大きく開かれた目から動揺しているのがわかった。
「なんか変なこと言ったか?」
「いやそんな感じじゃなかったよ!? 完全にアウトだよ!」
「他の方法あんのか?」
そう尋ねると小さく唸って俯いた。その反応から勢いのまま否定したことが見て取れる。
自分がちゃんとした方法や意見を持っていないのに、人のやり方を否定するというのは良いとは言えない。
それを自らの行為の正当化工作とともに教える。やっぱ俺ってすごくね? 教育者の鑑だよ。
「でもモラル的に……」
「それを言うな。それを」
細々とした声で正論をぶちかましてこられ、語彙力が分かりやすく低下した。
なんでこんな時に限って、高畑はまともなことを言うんだよ。
「ま、これしかねえよ。なんにせよ、学校が動けねえんだから俺らから向こうに直談判するしかない」
「ジカダンパン? あーパンね!」
「お前ほんとに高校生か?」
思わず心の声を口に出してしまうと、案の定彼女は頬を膨らませ背中を叩いてくる。これがまた地味に痛いんだわ。
だがしかし、これに関しては俺に一理あると思う。直談判とか今どきの中学生でも分かるはずだ。
それを理解していない。つまり少なく見積っても高校生ではない。
……まあ大人っぽい部分も持ってらっしゃるけど。
「とにかく屋敷に突撃する。まだ決行日は未定だが、なるべく早目に行う」
「決まったら連絡してね」
「おう。さっさと帰るぞ」
そう言って歩くスピードを速めると、ギャーギャー言いながらついてくる。
が、面倒なので無視。
てか、まだ背中叩いてるんですけど。勘弁して。
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ようやく勝機を見つけた京。どうなるか必見です!