50話 そうして紀寺京は再起を図る。
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俺は今、コツコツと長い廊下を静かに歩いていた。だが今日は一人ではない。
「作戦成功するかな?」
高畑が一緒だ。彼女は馬鹿だが今日ばかりは心強い存在である。
「ま、成功させるしかねえよ」
不安そうな眼差しで俺を見る高畑を落ち着かせるように、強気な口調で答える。
が、正直俺も不安で不安で仕方がなかった。昨日の下校中に俺が話した作戦の内容は、博打的なところがあって、なんなら勝率は低めである。
にも関わらず、彼女は一切否定することなく、むしろ『可能性があるならやってみようよ』と柄にもなくかっこいいことを言って協力してくれた。
「作戦の内容、もっかい復習しといていい?」
「ああ」
んんっ、と咳払いを一回して鼻から大きく息を吸う。そして吐ききってから、今度は小さく息を吸ってから口を開く。
「まずは古市先生に登大路について話を聞く。んで、その話を持って図書室に行って妹に事実確認をする。そして事実であれば——」
「綾乃っちから直接話を聞く——」
「ん」
高畑は『よし』と息巻いているが、俺は呼吸すらぎこちなくなっていた。
作戦なんて言うが、そんな大層なもんでもない。なんなら一つの方法、手段に他ならない。
それにさっきも言ったがこれは博打だ。先生から話が聞ける確証もないし、妹が嘘をつかない確証もない。そして最後の登大路。彼女がきっちり話してくれるとは思い難い。
それでもやるしかないのは変わりない。
あんな顔はもう二度と見たくないのだ。
「失礼します」
扉を三回ノックして静かに開けてから声を出す。教師どもの目がこちらに向いたと同時に、高畑が俺の代わりに口を開いた。
「古市先生どこ~?」
おいこら。さすがに敬語使え。お前の教養のなさがバレてこっちが恥ずかしくなるんだよ。
「呼んだかね?」
高畑への疑問形の返事は室内からではなかった。声のする方へ体を回転させると、そこには独神がいた。
見つけて安堵していたその時、唐突に俺の頭に強い衝撃がやってくる。その数秒後に俺は初めて、何をされたかを理解した。
「いってぇぇ……。何すんですか」
「敬語を使え。それと人を勝手に神にするな」
そう言うと先生は俺らの間から職員室に入り、高畑に手招きした。高畑はてってってと小走りで先生について行く。
いや待って? 勝手に神にしたのは確かに悪いけど、敬語使ってなかったのは高畑だよね?
「それは高畑でしょ」
ムスッとして指摘するが、二人からは何も返ってくることはなかった。絶対聞こえてるはずなのに。
「なーにをぼさっとしとるんだ」
「京おいで」
むしろ話を逸らそうとしてるのかと疑いたくなるレベルで二人は揃って声をかけてくる。これはあれだ。世にいう確信犯だ。
てか子供扱いすな。
「子供扱いすんなよ……」
と、せめてもの反抗をしつつ大人しく従い、二人の元へ急ぐ。
どうせ反抗しても末路はあれだもんな……。
「で、なんの用かね?」
先生は二人分ほどのスペースのある革のイスに腰を下ろしながら言った。
高畑が先に腰かけ俺もそれに続く。腰かけて話そうと思ったが、やはり中身が中身だから緊張がピークに達し、変な汗が額に浮かび上がってくるのを感じた。
しかし話さねば平行線のままだ。
決意した俺は軽く息を吐いてから先生の質問に応じる。
「……登大路のことについて聞きたいことが」
「なるほどな。で、高畑はなんだ?」
「あ、あたしも京と一緒です……」
「俺が頼んだんですよ。力になってくれそうだったんで」
そう答えると先生はふっと軽く笑みをこぼした。
「なんすか」
「いいや。深い意味はないさ。ただ君が誰かを頼ったことが嬉しくてな」
先生は組んでいた足をほどき、さらに言葉を続けた。
「君は頼るのが下手くそだからな」
先生がそう俺に言った言葉は前にも聞いた気がした。いつ、どこでかは忘れてしまい、曖昧な記憶ではあるが先生に言われたことは妙に覚えている。
「君の成長に免じて、特別に教えてやろう」
んんっと咳払いをして、長い息を吐いた先生は俺と高畑を強い眼差しで捉えた。
直後、俺はその眼差しに息を飲んだ。何故かは分からないが、その瞳はあまりにも先生には似合わないほど弱々しいように思えてしまったのだ。
「先に結論を言うと養子に出されるらしい。それに伴って転校するそうだ」
少し暗い声色で告げられた事実に、俺と高畑は一切言葉が出なかった。それは想像の範疇を遥かに凌駕していたのだ。
遅れて自らの作戦が通用しないことを察した。通用したとしても最終的には失敗する。そう直感的に感じた。
「彼女は憔悴していてね。電話でのやり取りだったが、声はとてもか細いものだったよ」
「そ、そうですか」
相槌を打つような返事しかすることができない。もう少し正確に言うと、確かに感じていることは多くあるのに、何故か言葉にして話すことができない。
それはまるで喉が鎖で縛られているようで、特定の動作が行えないという点と類似していた。
「正直なところ、君たちには言いたくないことを今から言うが……」
少し間を空けて目線を泳がせた後、先生はぽつりと言った。
「もう手遅れだ」
「……もう少し詳しく」
動揺を隠し、あくまで平静を装いながら深く掘り下げる。
あまり踏み込んでいい領域とは思えないが、高畑と共に登大路を助けると意気込んだ手前、こちらも易々と引き下がってはやれない。
「登大路玄造……。彼女の父親並びに登大路ホテルの代表取締役社長だ」
「厄介ですね」
「え? どゆこと? 話についていけない……」
「会社が学校に圧力かけてんだよ。余計なことすんなって」
遅れて事態を理解した高畑は、一気に落ち着きをなくして指を弄ったりし始める。
「さて大まかな話はここまでだが……」
「ありがとうございました」
立ち上がって丁寧に礼を述べて立ち去ろうとした時、再び先生から声がかかった。
「何となく考えは読めたぞ。まあ信じてるがな」
そう言うと先生はウインクしながら右の親指を立てた。
さっきの弱々しい瞳はどこへやら、気づけば俺の知っている瞳に早変わりしていた。
その瞳にこくりと頷いて合図を送る。そして今度こそ立ち去るべく少し歩幅を広めにして歩く。
「京……」
「ああ。分かってる」
彼女の声色からなんとなく心情を察した。多分、高畑と俺は同じ気持ちに違いない。不安とかそういうものじゃない。
これは言葉では到底言い表すことは難しい。そんな感情である。だが、あえて言葉にするなら、強いて言うなら——怒りだ。
そう自覚した俺の脳裏に彼女の顔が思い浮かび、強く拳を握った。
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