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47話 つまり夕暮れに彼女は嗤い、彼は秋を拒む。

 読んでいただきありがとうございます!

「登大路が来ない理由?」


 職員室の椅子に足を組んで座り、わざわざ俺の疑問を復唱する目の前の人物は、眉を顰めながら採点していたであろう赤ペンの動きを止めた。


「はい。先生なら何かご存知なんじゃ……と思いまして」

「ふむ……。まあ知っているぞ」


 先生の答えに俺は少し安堵する。ここで知らないと答えられていたら、あの妹に接触する羽目になっていたからな。最初に思いついた方法とはいえ、避けておきたいのだ。


「教えていただきたいんですが——」

「悪いがそれはできん」


 そう告げられて先程の安堵はどこへやら、俺は一気に言葉を失った。何も返さない俺を見つめながら、先生は足を組み直して言葉を続けた。


「本当は言うべきなのは分かっている。だが彼女に口止めされているんでな。どうしても黙っていてほしいようだ」

「このまま部活が廃部になるのを黙って見ていることになりますが」

「確かにそうかもしれないが、彼女の意思を尊重したい」


 現実を突きつけようと揺らがない先生に、俺は為す術がないように感じ黙って踵を返した。そんな俺に対し先生は後ろから声をかける。


「多分、君が思っているほど安易なことじゃない。なぜ彼女がその選択をしたか、考えてやってくれないか」

「……別の方法を探します」


 先生の訴えを聞き流し意思表示をする。少し歩いてから先生が立ち上がる音が聞こえたが、廊下に出て職員室を気にせずに扉を勢いよく閉める。

 ……作戦変更だ。この際どんな方法でもいい。まずは妹に接触して多くの情報を抜き取る。これしかない。

 進行方向へ体を向けたと同時に、廊下の半開きの窓から吹いた風が俺の頬をくすぐった。その風は弱々しくとても冷たいもので嫌悪感にも似たものがより強くなっていった。






「いざとなると流石にこええな」


 図書室の扉の前で何度目か分からない深呼吸をしてからそう口にした。小綺麗な見た目のくせに、電気もつかず、物音もせずといった、まるで空き部屋のように廃れた雰囲気を醸し出すものだから、ノックするのも扉を開くのも躊躇われる。避けたかった方法を試すしかないとは無念だ。

 噂では妹は図書委員会に所属しているらしい。毎日下校時間ギリギリまで図書室で一人本を読んでいるという。だが、こんな雰囲気ではそれを疑わざるを得ない。いや、噂は元から信用しないタイプだけどね。

 とはいえ、信用したくもない噂が頼りになる唯一の灯火というのが皮肉な話だ。だがしかし、行動を起こさねば何も変わらない。それだけが確かなのに何を躊躇う必要があるのか。

 そう自問自答して無理やり己を鼓舞する。念の為に立てた作戦もバッチリだ。いける。


「何か用ですか? 紀寺先輩」


 覚悟を決め扉をノックしようとしたその時、ふと左の方から声がかかった。思わず顔を向けると、そこには妹が確かに立っていた。


「……君と少し話したいことがある」


 そう告げると妹は一歩こちらに近づき笑みを浮かべた。その笑顔は華やかで、見た者全てを魅了するような美に満ちたものだったが、何も読み取ることのできない謎の恐ろしさが醸し出されており、とてつもなく気持ちの悪いものでもあった。


「どうぞ中へ」


 その言葉とともに扉は開かれ妹は室内へ手を向けた。それに素直に従って俺は室内へ足を踏み入れる。その直前に見た妹の瞳はまるで全てを見透かしたようで、その表情は何かを確信したようで、冷や汗がじんわりと額に浮き上がるのを感じた。


「適当におかけください」


 妹から促された俺は中央付近の椅子を引いて腰を落ち着かせる。まもなく扉を閉めた妹も俺に対面する形で座った。

 目的が目的なので切り出しずらく、また親しいわけでもないし初対面に等しいため、図書室という空間そのものに息が詰まりそうな雰囲気が漂っていた。そんな状況を破ったのは案の定、目の前の人物だった。


「それで話とは?」


 妹の気持ちの悪い瞳に目を逸らしつつ、俺は図書室内を見渡す。言いたいことは決まっているのに、如何せん緊張と不安がスクランブル交差点超えてタイムズ・スクエアだから言葉が出てこない。

 だがこの絶好の機会を逃す訳にもいかん。よし。いけ——。


「なんで俺のこと知ってんの?」


 あ、やべ。やらかした。全然関係ないこと口走ってしまった。


「えっと……。一年の間で話題になってましたからね。孤独でイケメンで一匹狼な先輩がいるって」


 なんか意味被ってませんか? ぼっちの長所サンドができてますけど大丈夫ですかね? ぼっちだから胃に優しいよ! なんつって。やかましいわ。


「そ、そうか……。で、本題なんだが——」

「学年でも人気ですけど、私の友達も先輩のことかっこいいって言ってます。今度話してみたいらしいです」

「なるほどな……。それで話ってのが——」

「そういえば、唯香ちゃんが文化祭で一緒だったらしくて、いろんな女子から紀寺先輩のこと聞かれてますよ」


 俺の言葉は一切届いておらず、むしろ延々と話を広げ続ける妹。その様子は一見、普通の女子に違いないが妙な違和感があるように思えた。

 まるで何かをはぐらかすような——。


「あの!」


 図書室に響くくらい一際大きい声を上げて妹に俺の意思を示す。

 すると妹は、やはり何かを悟ったような表情で俺を見つめる。俺の嫌いな気色悪いそれに少し過去を思い出した。


 ——あの人のこの表情が唯一嫌いだった。


 いや今はそんなことを思い出す必要はない。

 とにかく登大路についての情報をできるだけ多く抜き出し、そして退却。これこそが最善だ。


「登大路綾乃について聞きたい」


 俺がそう口にした瞬間、一気に鳥肌が立った。

 目の前の人物、妹の表情と雰囲気が一変した。その冷酷で残酷で容赦ない表情と雰囲気は、図書室内を取り巻く空気を僅か1秒くらいで、いとも簡単にねじ曲げてしまった。

 その雰囲気に負けじと妹を軽く睨むと、それを保ったまま微かに口角を上げて言った。


「何も変わりませんよ?」


 その言葉の意味を嫌でも理解してしまった俺は、一度目線を机に落とすが、すぐに妹に方へ向ける。先程よりも強く。

 下校時刻を告げるチャイムの音が図書室に響いた同時に、自らの鼓動が少し速くなったのを感じ取る。

 そして秋の夕暮れに強く吹く風が、窓をバンバンと打ち付ける様子がさらに俺の不安を煽っていた。

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 果たして、京は登大路と部活を助けられるのか。

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