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43話 つまり感覚は常に混濁を嫌っている。

 読んでいただきありがとうございます!

「諸君、忘れ物はないな?」


 古市先生の言葉に俺たちは頷く。それを合図に先生は車にエンジンをかける。エンジンの重い音を耳にしながら昨夜の一件を静かに思い起こしていた。


『——一人の女の子として、だよ』


 その言葉と彼女の瞳が今も心にまとわりついていて気持ちが悪い。俺が女をよく思っていないことは、三人の中で彼女が一番知っているはずだ。だというのにその疑問を俺に投擲してくるとは、まるで意味が分からない。

 結局俺はその言葉に答えという答えはやらずに、「寒いから帰る」とだけ返して一人足早にホテルまで戻った。多分、この選択は正解だし間違いだと思う。でも、明確にどこが正解で間違いかなんてことは一切分からない。でも妙に引っかかるが故に気分的に清々しくないのは確かだ。


「はあ……」


 いくら考えても繋がらない問題と答えに悶々しながらため息をつくと、先生が少し時間を遅らせて口を開いた。


「どうした少年。ため息ばかり吐いていると禿げるぞ」


 いや禿げねえよ。何言ってんだこの人。心配してくれてるのかと思ったら、人の髪のことしか心配してねえじゃんか。


「まず自分の将来を心配するべきだと思いますよ?」

「あれ? 急に紀寺の声が聞こえなくなったな」


 このババア本当に腹立つな。都合の悪いことはシャットダウンしやがって。自己中心的すぎるだろ。


「とまあ、冗談は置いといて。何かあったんだろ」


 急に真面目になって再度尋ねてくる先生の横顔を確認すると、真剣な表情を浮かべていたことから本当に冗談ではないことを察する。

 しかし、これは誰かに話すことでもないし、何より当人が同じ空間にいる時点で口に出すことは避ける必要がある。


「否定はしませんけど、人に話すことじゃないですよ」


 そう返すと先生は運転しながら軽く頷いて左手で俺の肩に手を置いた。そして続けて鼻から息を吐いて言葉を発した。


「あまり追求はしないが抱え込みすぎるなよ。君は頼るのが下手くそだからな」

「余計なお世話です」


 その言葉とともに肩に置かれた先生の左腕を払い除けると、先生は軽く笑いながら左腕をハンドルにもっていった。


「ほんっと、嫌な性格だな」

「自己紹介しないでください」


 そう返すと先生は再度笑いながら、静かに運転に意識を向け直した。それを確認して外の景色へ目を向ける。今は高速道路ではないため、遮音壁が延々と……というわけでもなく田や家が視界に入ってくる。その景色は俺の心を落ち着かせるには十分で、今なら何時間でも見ていられるような気がした。


「紀寺くん」


 後頭部座席から登大路が俺の名を呼んだため、後ろを振り返ると何やら瞳をキラキラさせていた。


「どうしたんだよ」

「鳥がたくさん飛んでいるわ」


 あー鳥好きだもんね。なんかトリの気持ちとか読んでたしな。鳥なんかどこでもいるだろ。


「そういえば先生。お金全然使えませんでしたね」


 登大路との会話を早々に切り上げて、少し嫌味たらしく先生の痛いところを衝くと、さっきより少し暗い声色でそれに応じた。


「言わないお約束だろ」

「いやそんな約束してないですよ」


 そう無愛想に返すが先生はすっかり気分が落ちてしまったようで、ぶつぶつ言いながらハンドルを握る力を強めた。


「関ヶ原いいところだったね~!」

「そうね。観光は出来なかったけれど景色はよかったわ」


 二人が繰り広げる会話を耳にしながら横を並走する電車をただ見つめる。なぜか電車が俺の心を揺さぶっているからだ。だとすると、見つめるというよりかは目が離せないという表現の方が正しいかもしれない。

 電車は俺たちを余裕で追い越していくが、最後の車両の後ろ姿が妙に切なく感じて思わず目を逸らした。

 さっさと帰ってしまいたい。それが本音ではある。でも、やけにこの時間が名残惜しくも感じてしまう。このジレンマの中、俺は何をするでなく静かに時が過ぎることを待つのみだ。


「眠いのか」


 俺が目を瞑ったのを確認してか、そう尋ねてくる先生に小さく返事する。先生は小さく笑いながら俺の頭を撫でてくる。


「ちゃんと両手で運転してくださいよ」

「うるさいやつだな。黙って撫でられろ」

「……へいへい」

「考え疲れたんだろう。着いたら起こしてやるから眠るといい」


 その言葉を聞いてから俺の意識が遠のいていくのを感じ取った。先生の手の温もりは初めての感覚で、眠りに落ちる間際までそれが頭から離れなかった。






「起きろ」


 その一言に自然と瞼が開いた。同時に視界に訪れる光に疎ましく思いながら、声の主の方へ目を向ける。

 運転席では先生がペットボトルの水を全て飲み干してキャップを閉めていた。


「着いたぞ」


 その声を合図に周りを見渡すと、確かに見覚えのある住宅街だった。俺の左に位置する家の表札を確認すると、確かに紀寺という文字が記されている。

 シートベルトを外してから、体を伸ばしてドアを開けてゆっくりと降りる。

 すると先生が空になったペットボトルを俺に差し出してくる。目を点にしてそれを見つめていると、催促するようにそれを揺らす。怪訝に感じながらそれを受け取ると、先生は鼻で笑って


「捨てといてくれ」


 と言った。生徒を扱き使う姿勢は相変わらず、神経を逆撫でしてくる。が、寝起きで怒る気力もない俺は何も言わずにドアを閉める。もちろん勢いよく。

 先生はドアが閉まったのを確認して、クラクションを軽く一度だけ鳴らしてから早々に去っていった。


「今何時だ」


 先生の車が視界から消えてから、スマホを取り出して時間を確認する。ちょうどお昼を過ぎた頃で腹が音を立てて空腹をアピールしているが、強い眠気のせいか食欲は一切ないため二度寝、いや四度寝を行うことを決して家の中へ戻る。

 さっさと部屋に入った俺は秒でベッドにダイブする。ホテルも最高だったが、やはり住み慣れた環境というものには負けてしまうな。住めば都とはこのことだ。

 そんなことを考えながらウトウトしていると、スマホのバイブレーションが俺の手に伝わってくる。何かと思い瞼をこじ開けて画面を見ると、LINKに一件のメッセージが届いていた。LINKアプリを立ち上げてメッセージを確認してみると高畑からグループ宛に送られたものだった。


『みんなお疲れ~! 部活、明日からがんばろ~』


 俺が既読をつけた直後にもう一件メッセージを受信した。今度は登大路がそれに対して送ったものだった。


『そうね。文化祭の影響で忙しくなるかもしれないし、気を引き締めていきましょう』


 部活のことをすっかり忘れていた俺は、そのメッセージによって一気に現実に引き戻された感じがして体が重くなる。

 はあとため息をついてから、そのメッセージに嫌味たらしく返事をする。


『へいへい。うちは絶対王政ですしね』

『アハハ……』

『なぜ否定しないのかしら。詳しく話を聞きたいのだけれど』


 矛先が高畑に向いたのを好機と捉えた俺は、すぐさま通知をオフに設定してアプリを落として目を瞑る。そして明日の部活を憂鬱に感じながら、意識を落とそうと努力する。

 登大路の言う通り、明日は客が増えているはずだ。そうなると今の部活体制では少々厳しくなってくるのは目に見えている。ここは一つ、部活内で改革する必要性があるな。だがまあ……今考えることではない。人間の3大欲求の一つ、睡眠が俺を誘惑しているのだ。逆らってまで対策を練るメリットも必要性もない。

 そう考えた俺は自分の好きな曲を脳内再生しながら眠ることに意識を向ける。音楽とは偉大だ。脳内再生するだけでも欲求を満たす手助けをしてくれる。

 音楽について持論を展開していくうちに意識が奥深くに沈んでいくのを感じ取った俺は、そこから全てをシャットダウンして身を委ねていく。

 意識が遠のく寸前、どこか遠いところでクラクションが鳴り響いたような気がした。

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 きっと京が抱えていたものは古市先生にはバレてますね。

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