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42話 つまり秋は悪戯に悪戯を重ね、彼らを少しずつ蝕んでいく。

 読んでいただきありがとうございます!

「癒される~!」

「いい湯加減だな」

「そう言ってもらえて何よりだわ」


 三人の至って健全な会話が俺の耳に届いてくる。それを聞きながら俺は今にも血涙を流す勢いで真ん中の仕切りを見つめていた。

 というのも俺は今、一人寂しく男湯で癒しを受けていた。もっとも、これしきの癒しでは到底癒えないほどの傷を負っているのだが。

 やはり薄々分かってはいたが、混浴ではなく男女別の風呂だったため俺の野望は叶わなかったのだ。登大路ホテルは絶対許さねえ。人から夢と希望を奪うなどゴミのすることだぞ!

 とまあそんなこと言ったってどうにもならないし、結局は意味のないことなのだ。したがって黙って想像を膨らませることに徹するべきである。え? なにがとは言わないよ?


「紀寺くん。聞こえるかしら」


 せっせと想像に勤しんでいた時、仕切りの向こう側から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。その声はこのクソみたいな設計をした登大路ホテルのご令嬢だ。


「こちら紀寺京。どうぞ」

「湯加減はどうかしら?」

「抜群です。どうぞ」

「どうぞどうぞ喧しいわね」


 明らかに不機嫌な声で忠告してくるノリの悪い登大路。いや俺も人のこと言えんけどさ。きっと眉をぴくぴくさせながら怒ってんだろうな。やっべ想像したら愉快愉快ダイ〇モンド・ユカイ。


「よく分かったわね。ちょうどぴくぴくさせてるわよ?」


 さっきより一層声を低くして俺の考えを肯定してくる。

 登大路さんこそよく分かりましたね。さっすがエスパーの申し子だわ。


「沸点低っ。風呂だけに」

「貴方そろそろ海に沈めるわよ」

「すいません」


 まーた余計なこと言っちまったよ。というか海に沈めるという発言を内陸県でするあたり天然だな。登大路さんおもしろーい。

 と余計なことを考えているうちに逆上せてきたことに気づき、俺は体を起こし風呂から上がる。その音を聞きつけたのか忌まわしき独身貴族が仕切り越しに話しかけてきた。


「もう出るのか」

「それがなにか」

「可愛くない返事だな。普通に返事すればいいものを」


 もはや言葉を返すことすら煩わしくなり、何も言わずにそのまま俺は脱衣所まで一直線に向かう。いちいち無駄な会話などしている暇はない。さっさと上がってゲームしよっと。

 そう決めて俺は歩幅を広げて着替えを置いている棚へ向かう。浴場から漂ってくる湯けむりが妙に俺の気を引いていた気がした。






「はぁ~。気持ちよかったね~!」


 高畑が頭をタオルでポンポンと叩きながら部屋へ戻ってくる。もちろん登大路と先生も一緒に。高畑は俺の横に腰を落ち着かせたと同時に口を開いた。てか、なんで俺の横に来るんだよ。登大路の方行けよ。


「先生に食べさせてもらえてよかったね!」


 頬を少し膨らませて、ふんと言って俺とは反対の方へ顔を向ける高畑。まだ根に持ってんのかこの女。


「いやよくはねえだろ」


 そう否定的に返答するが彼女は相変わらず、こちらには向かない。無視すんならわざわざ横まで来んじゃねえよ。何しに来たんだよ本当に。


「あっはっは。高畑も可愛いやつだなー」


 突然大きく笑いながら俺の目の前に座る先生の瞳は不覚にも温かく感じられた。

 こんな根に持つような女が可愛いのかよ。先生の価値観はとことん分からないな。

 相変わらず俺の方を見ない高畑は、彼女の対面に腰を下ろした登大路に対して口を開いた。


「綾乃っち、ほんと男子ってむっつりだよね!」

「そうね。孤独で生意気で煩悩の塊だわ」

「それな!」


 そう返事した高畑と一瞬だけ目が合う。その後、目を逸らした彼女はまたしても俺と反対の方へ顔を向けた。

 登大路と高畑の妙に心に刺さる言葉選びに、僅かな蟠りを感じつつも先生に明日について尋ねることにした。こうでもしないと紛らわせない気がするしな。


「明日は何時起きですか?」

「そうだな。7時くらいでいいだろう」


 頬杖をついてスマホを片手で操作する先生は、こっちの目も見ずに適当に返事する。この独身独裁者が……。話す時は人の目を見て話せよ。常識だろうが。


「そんなに私と目を見て話し合いたいのか? いつでも大歓迎だぞ。もちろん論点は君の授業態度と生活態度に加え思考、想像力と感受性についてだな」


 不気味な笑みを浮かべながら俺の心を読んでくる先生の一言に、かなりの恐怖を感じながらも反論しようと目を見て口を開こうとするが、威圧感とオーラに圧倒されて萎縮してしまう。まじで怖い。


「前言撤回します……」


 周りの3人が敵に見えてしかたがない俺はすっかり勢いをなくし俯いてスマホに目を落とす。スマホの画面に映し出されているのは、俺が愛してやまないゲームのキャラクター。そいつは一見、勝気な笑顔を浮かべ高飛車な印象を受けるのだが、今ばかりはなぜか小馬鹿にしたような表情に見えてしまい、思わずスマホの画面を暗転させる。


「早いけど寝ますわ」


 そう告げて三人の返事が帰ってきたことを確認して布団が敷かれた部屋へ移動する。布団をガバッと開けて寝転がれば、そこはまさに楽園と言える心地良さである。もう最高。布団神だわ。

 その感触に身を委ねながら瞼の裏を見つめ、一日に思いを馳せる。関ヶ原へ来て何をしたかと問われれば、笹尾山に登ったとしか言いようがないがな……。


「まだ9時なのに寝るのか……。まあいい。明日ちゃんと起きろよ」


 先生が文句ともとれる口調と抑揚でそう話すが、俺は何も言わずに一度こくりと頷いて返事とした。まあ最後の一文に至ってはそのまま返せるんですけどね。

 そう軽くボヤきながら次こそは本当に朝になってますようにと祈り、意識が闇に消えていくのを感じていた。






 ふと目線の先に木の板が映った。咄嗟の出来事だが目が覚めたということを察し、枕元のスマホを手にとる。時計はまだ4時過ぎを示していた。


「寝るか」


 小さくそう呟いてもう一度瞼の裏を見つめる。当然のように暗闇が視界を包むが、妙に視界の端が明るいことに気づいてそこへ目を向ける。

 その光は月明かりかと思っていたが、薄い板状のピンクの機械から放たれていた。俗に言うスマホってやつ。


「バレちゃった。へへへ」


 その行動を誤魔化すかのように笑いながらも、その光を向けるのをやめない彼女。しかし、どこか違うそいつに多少なりとも違和感を抱いてしまう。その違和感が気になって思わず問いかけてしまった。


「なに」

「ちょっと歩かない?」


 そう提案してきた彼女の笑顔は何の変哲もない、一人の少女として相応しいものだった。だというのに、その笑顔にすら違和感が宿っているように感じた。それが原因かは不明だが、その提案を拒絶することは躊躇われたために俺は寝転んだまま静かに頷いた。


 彼女が襖を開けて廊下を進み玄関の外へ出るのを静かに見守りながら俺もそれに続く。その間、彼女は何も話すことなく歩いていく。

 いざ外に出てみればこの時期の関ヶ原で当然のことだが肌寒くて、ぶるぶると一瞬身震いしてしまう。


「どこまで行くの」

「あの橋まで歩こっか」


 そう言ってまた歩き出した彼女に何も言えずにただ静かについて行くことしか出来なかった。

 いざ橋につくと、彼女も俺も何も言わずに線路を見下ろしているだけだった。そんな俺たちに訪れるのはひんやりとした秋を告げる風と時々聞こえてくる自動車の音だけだ。肌寒さも今はすっかり忘れ、その時を待ち続ける。


「あたしのこと、どう思う?」


 徐に口を開いた彼女から放たれたその一言。その一言は軽く放たれたように聞こえたが、重く俺の中に響いた。


「ただの部員」


 適当に取り繕ったような返事をするのは違うだろうと思い、正直にそう話すと彼女はクスリと軽く笑いながらその返事を否定した。


「そうじゃなくてさ」


 一瞬、静かになったと同時に冷たい風が俺と彼女に強く吹き付ける。その風によって齎されたピリピリとした痛みが頬を襲う。その痛みを感じているうちに二度目の強い風が俺たちを包んだと同時に、彼女はこちらに向き直り口を開いた。


「——一人の女の子として、だよ」


 先程より強くはっきりと放たれたその言葉は俺を動揺させるには十分すぎるものだった。俺はただ唾を飲み込むだけで言葉にして彼女へ伝えることが出来なかった。

 秋の夜空に浮かび、俺たちを照らしていた月は気づけば雲に隠れてしまい、秋を告げる風はより一層勢いを強めて俺たちに吹き付けていた。

 そして何より、彼女の俺を見つめる瞳が俺の意識をがっしりと掴んでいて、その感覚にとある嫌悪感を思い出させられた。

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 少しずつ異変が生じ始めます……。

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