41話 つまり言いようもないそれは心にしこりを残す。
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——夢を見ていた。
周りは黒に包まれていて、俺の周りと遠くに光が当たっていた。そこには確かに誰かがいて、でも誰か分からなくて。その青い髪には確かに見覚えがあって、俺を呼ぶ声には聞き覚えがあって。そして妙に温かみがあって、その人の所へ行きたくて俺は走った。しかし、いくら走ったとて距離は縮まらなくて。でも走ることをやめなかった。否、やめることができなかった。謎の使命感のようなものに駆られた気がしたのだ。
ふと振り返ったその人の顔を見た時、俺は足の力が抜けてその場に崩れ落ちた。なんとか首だけを動かし前を見たが、そこにはもう誰もいなかった。しかし耳元でその声は囁いた。
「貴方は追いかけてたんじゃない。逃げたのよ」
その一言を境に俺は意識を失った。
「……きろ!」
誰かが俺を呼んでいる。その強い話し方と声に夢とはまた別の温かさを得た。だが妙なこの無気力感に近いそれを取り除くことはできず、反応を示すことはできない。
「起きろって言ってるだろ!」
先程とは明らかに違うその声に空気がピリつくのを感じ取る。それと同時に体の脱力感が引いていき、すかさず体を起こそうとした時、後頭部に重い衝撃が伝わった。その瞬間、ガツンという音と第二の衝撃が俺を襲った。
……デジャブじゃね? 最初の方にもこんなことあったよね?
「あ、すまん」
「だからなんですぐに手を出すんですか?」
寝起きに加えて今の一連の流れの影響でものすごく不機嫌な俺は、それを隠すことなく前面に押し出していくと先生は淡々と語った。
「いや私は悪くないぞ。何度も声をかけて起きなかったお前が悪い」
あたかも自分に非はないといった様子で話す先生に多少の憤りを感じつつ、のそのそと立ち上がる。
「で、何の用ですか」
「ん? ああ。飯を食いに行くぞ」
そう言って先生は襖を開けてスキップで先に行ってしまった。なんか分かりやすい人だな。
というかそれは置いといて、登大路が見当たらないぞ。どこに行ったのだろう。
「登大路どこ行ったの」
「綾乃っちは先に行って準備手伝ってる。ほら行くよ」
そう言って俺の左腕を掴んで引っ張っていく高畑。これもデジャブな気がする。まあいいや。
自慢じゃないが高身長の俺を片手で引っ張るとはものすごい怪力であると思う。なんなら前より力強くなったまであるし。
「お腹すいてない」
「寝ててお昼食べてないから食べれるよ」
優しく諭すように話す高畑に少し不満を抱いてしまう。まるで子供扱いしているようだ。いや子供扱いしてるな。
高畑がズカズカと大股で進んでいた足を止めて、空いている左手で右側の襖をゆっくりと開けた。
「やっと来たな」
「用意はできているわ」
「わーい!」
高畑は両手を上にあげてはしゃぎながら、部屋の中へ走っていく。一方俺はというと、高畑が子供みたいに騒ぐもんだから床に叩きつけられてしまって、顔面を思いっきりぶつけた。流石にメンタルがやばいんだが。
「あ、ごめん」
「お前マジで堺の町を引きずり回すぞ」
「無駄口叩いてないで早く来なさい」
登大路に叱られた俺は反論せずに立ち上がり、先生がパンパンと叩く座布団まで歩いていく。もちろん、俺の前には登大路と高畑がいて俺が来るのを大人しく待っている。
そしてそこへ座ると同時に登大路が口を開いた。
「では、お口に合うかは分かりませんがどうぞ召し上がってください」
「「いただきまーす!」」
登大路の一言のあと、間をおかずに二人は元気に挨拶して箸を進めた。そんな二人はおいといて俺も箸を持って料理の数々に目をやる。豪華すぎて正直手がつけられん。米や味噌汁はまだ分かる。肉料理や刺身はマジで高そうに見える。
「これ食べていいの?」
「いいけれど……。なんだか口調が柔らかくないかしら?」
「あぁ、気にするな。紀寺は寝起きはいつもこうだ。私以外にはな! あっはっは」
食事中に行儀悪くないですかね。品がないというか。まあ他人のことはほっといていただくとしよう。腹減ってないとは言ったものの、やはりこのような料理を前に出されると不思議と腹が減ってきたからな。
「いただきます」
手を合わせてそう挨拶すると登大路が「召し上がれ」と言ってきたため、頷いて味噌汁を手に取り口に入れる。
「美味しい」
「よかったわ」
「紀寺よ。この肉美味いぞ。ほれ、あーんしろ」
「あーん」
先生が口に運んでくれた肉をよく噛んで味わう。ふむふむ、これは美味いな。もう一度味噌汁を味わおうと器を口に近づけたとき、ふと高畑と目が合った。なんか頬を少し膨らませてぷるぷるしながら睨んでくるんですけど。え、怖い怖い。
「……なんだよ」
「別に! 美味しくてよかったね!」
不機嫌そうに味噌汁を手に取った高畑は俺の方を一切見ずに食べ進めていく。本当に女というのは分からん生き物だ。怖い怖い。
「これ美味いな」
「先生俺の魚とったでしょ」
「京の馬鹿……」
みんなでガヤガヤしながら飯を食べているうちに、眠気も覚めていきすっかり機嫌も良くなって口数を増やしていると、登大路が瞼を閉じて呆れたように口を開く。
「あなた達、静かに食事できないのかしら……」
その指摘に俺は反乱の余地もなく静かに食べるが、先生と高畑は耳に届いておらず、むしろ余計にギャースカ言いながら食べ進める。
登大路が呆れたようため息を吐いて俺を見てくるが、俺は箸を持ったまま口から息を吐き出し首を左右に振る。
「登大路、この二人に静寂を求めるのが間違いだ」
「そうね。勉強になったわ」
二人に呆れつつ俺たちは二人静かに食事をとることにした。てゆうか、ちょいちょい二人が俺を罵倒してんだけど。もう無視でいいよね? 逆にこれ突っかかったら返り討ちにあうもんね?
「いやー、食った食った」
「お腹いっぱいだね~!」
二人はお腹を擦りながら余韻に浸っているが、生憎そんな余韻に浸ることも二人のおかげで叶わない俺は、少しだけ呪いながら登大路に話しかける。
「ホテルっていうか旅館ぽくね?」
「登大路ホテルは地域の特色に合わせてるのよ。例えば歴史ある地域なら和風に、東京や大阪などの大都市なら高層ホテルだったり」
「そこが強みってことか」
「そうよ」
相変わらず浮かない表情を見せる登大路に若干の遠慮しつつ、一つ尋ねることにした。
「なんかあんのか?」
俺の質問の意味を汲み取ったかどうか分からないが、彼女は何も答えずに俯いた。二人の話す声が聞こえてくるが、そんなものが気にならないくらいの何かが俺らの間に漂っていた。
——地雷踏んだか。
そう察して話を変えようとすると、一足先に登大路は口を開いた。その表情は切ないもので儚いもので可憐なものだった。
「気にしなくていいわ」
その顔に何も声をかけることは出来なかった。きっと何もかけるべきじゃないと、直感的にそう感じて開きかけた口を固く閉じた。
その返答に少しの違和感を感じながら。
「おいおい。二人して辛気臭い顔するんじゃない。行くぞ」
そう言って先生と高畑は襖を開けにいく。主語がなく意味を読み取れなかった俺は、先生にどういうことかと声をかける。
「主語がないので分かりません」
「ホテルといったら風呂だろうが」
そう言い残して足早に部屋を出ていく先生。高畑は一度振り返って眩しいくらいの笑顔を見せる。
「ほら行こ! みんなで入ろう!」
「え、えぇ」
強引に連れ出された登大路を見ながら立ち上がって襖の外へ出る。
高畑の発言が妙に引っかかっる。「みんなで」ってことは……。そういうことだよな……。それ大丈夫なのか? その倫理的に。ええい、男を見せろ紀寺京! せっかくのお誘いだ! 断っちゃダメだ! さっさと行くぞ!
そう自分に言い聞かせて歩く速さを上げる。風呂がこんなに楽しみになのは何年ぶりだろうか。いや始めてまであるぞこれ。
テンションが過去最高に上がっているのを隠し、冷静を装って二人について行く。悪いな。全国の男子たちよ。これが俺の運命なんだ。許せ。
不特定に謝罪をしつつ俺はホテル内を照らす天井の明かりを眺めながら目的の場所へと向かうことにした。
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