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40話 つまり曇天はさらに曇天を呼ぶ。

 読んでいただきありがとうございます!

 秋を感じさせる涼し気な風が一帯を吹き抜ける中、俺たちは駐車場に停めた車の前に立ち、目前の小高い山を見つめていた。


「ここは……?」


 登大路がキョトンとした様子で疑問を露わにする。博識の登大路の貴重な瞬間であり、答えを知っている俺は少し勝ち誇ってしまう。あ、高畑に関してはスルーします。


「ここ——」

「笹尾山だ。石田三成が本陣をおいたと伝わる場所でな、頂上からは関ヶ原の街並みを一望できるぞ。せっかくだし登ってみようではないか」


 俺の渾身の解説を横取りした先生は満足気に語ったあと、歩みをゆっくりと進めその山へ近づいていった。堂々と歩くその後ろ姿に少々イラついてしまうがきっと気のせいだ。

 そして登大路と高畑が先生に続いたのを受けて、俺も深くため息をついて三人のあとを追う。

 なんとなくだが、頂上に着いた時の様子が予想できてしまう。的中しませんように……。






「とうちゃーく!」


 高畑の軽快な声とともに俺たちの視界には、多くの山々や関ヶ原の街並みが映っている。

 およそ5分と比較的短い時間で頂上まで登れるため、俺と高畑は展望デッキから街を見下ろすが……。


「はぁ、はぁ……。酸素が薄いわね。いったい標高はいくらかしら?」


 あ、196メートルです。全然酸素は薄くないです。それはただの運動不足だと思います。

 自らの非に気づかず、笹尾山に遠因を求める登大路はベンチに腰掛けて息を荒らげている。これで運動神経抜群って、なんか矛盾というか違和感しかなくね?


「いやはや、久しく登っていなかったからしんどいな……」

「そりゃ歳のせいでしょうよ」

「突き落とすぞクソガキ」

「えぇ……」


 正論を叩きつけてやると、先生はなぜか口調を荒らげて怨恨を抱いたように俺を睨みつけてくる。まじ怖ぇわ。


「たーまやー!」

「それ花火だね」


 ところ構わず馬鹿を晒す高畑に軽くツッコミをかましつつ、関ヶ原を見下ろす。まだ朝が早いのもあってか薄暗い街は騒音という騒音が一切なく、さらに山々には薄く雲がかかっている。その景色は酷く幻想的で妙に心が揺さぶられる。


「ここまで綺麗な景色、久しぶりに見たわ」


 いつの間にか展望デッキに来ていた登大路が、ぽつりと静かに呟いた。その言葉に高畑と先生が相槌を打って応じる。


「関ヶ原……昔から交通の要衝として発展してきた街だな」

「そうですね。中山道が町を東西に貫き、北国街道と伊勢街道が分岐してたんですし」

「ナカセンドー? ホッコクカイドー? イセカイドー? なにそれ美味しいの?」


 高畑が言葉を理解できず頭がパンク寸前になっているのを無視しながら、俺はポケットからスマホを取り出して画面越しに関ヶ原の風景を映す。


「写真かしら?」

「ああ。来た時は必ずここで一枚撮るようにしてるんだ」


 登大路の質問に返答してからボタンをタップする。カシャという軽快な音とともにアルバムへ写真が保存されたのを確認して、今撮ったばかりの写真を眺める。


「やっぱ暗いな」

「この時間帯だもの。仕方ないわ」


 登大路の言う通り、現実で薄暗ければやはり写真も暗くなるわけで。その写真はどこか幻想的で、どこか寂寥に感じられる。妙に嫌な気がして削除しようか迷ったが、結局なにもせずにスマホの画面を消した。


「てゆうか、まだ朝の5時半ですよ。なんでこんな時間に来たんですか」


 そう先生に非難の目を向けると、先生は目をぐるりと一周させながら言葉に詰まる。

 なるほど。これはあれだ。ノープランで思い立ったら行動しちゃうってやつだ。


「ま、まあ適当に談笑して時間でも潰そうじゃないか」


 先生は取り繕ったようにそう答えるが、妙な違和感を感じてしまった。

 わざわざ関ヶ原まで来て時間を潰すという表現は果たしてどういう意味なのだろうか。やることは他にあるだろう。

 そういった疑問は先生の顔を見ているうちに露と消えていった。哀愁漂うその横顔に、俺はかける言葉が見つからず、一切の沈黙を貫くことしか叶わなかった。






「もう最悪だよー!」


 高畑が濡れた髪をタオルで一生懸命拭き取っているのを横目に、俺は窓の外から見える関ヶ原の街に目をやる。外はすっかり大雨で警報まで出されてしまっている。さっきの薄暗さはより一層暗さを増し、明かりがなければ殆ど見えたものではない。


「いやー、まさか大雨が降るとは思わなかったなぁ」

「本当ですね! でも綾乃っちのおかげで助かったね~」

「えぇ……」


 全員の感謝の方向は確かに登大路に向いている。だというのに、彼女の表情は一向に晴れない。訪れたのは誰も責めようのない重苦しい雰囲気だった。それは大雨によって余計に助長されているように感じる。


「の、登大路ホテルって関ヶ原にもあったんだな」

「えぇ……。観光地や大都市を主に展開してるわ」


 やはり雰囲気の転換は無理か。

 というのも俺たちは今、登大路ホテル関ヶ原駅前に来ていた。突然の大雨で雨宿りする場所を探していた時、登大路が誰かに電話をして急遽入れてもらえることになったのだ。


「しかしまあ、今日は帰れそうにないな……。天気予報によれば、このまま天気は荒れた状態が続いて落ち着くのは明日の朝だそうだ」

「えー! どうしよう! 泊まれる場所ないよ!?」


 先生の言葉に高畑は狼狽えながらスマホで何かを検索しているようだった。仕方なしに俺も対処方法を考えようとした時、登大路が声を上げた。


「心配は無用よ。この登大路ホテルに泊まればいいのだから」

「そ、それは有難いが……」


 先生はなにか言いたそうにソワソワとしながら登大路をちらちらと見る。先生の言いたいことに気づいたのか、登大路はクスリと軽く微笑んで口を開いた。


「お代は頂きません」


 その一言に先生は一気に表情を明るくさせる。なんとも分かりやすい御仁だな。

 とはいえ金を払わないのは、こちらとしては少し気が引ける。俺だけでも払っておくべきだろう。


「それは流石に気が引ける。いくら払えばいい?」

「その気持ちだけで十分よ」


 しかし、と食い下がるが先生が俺の肩に手を置く。なにかと思い目をやると、先生は頭を左右に振りながら左手で指を三本立ててアピールしてくる。それを見た瞬間、俺は全身の血が引いていくのを感じ取った。


「善処する……」


 そう訂正すると彼女は頷いた後、手を何度か叩いて責任者と思われる人の名前を呼んだ。そんな呼び方はアニメでしか見たことねえよ。

 その呼び方はもはや恒例なのか、すぐに奥から人がやってくる。


「お呼びでしょうか。綾乃様」

「大部屋に案内してちょうだい」

「かしこまりました。みなさま、どうぞこちらへ」


 そう言って振り返り歩き出した案内人に全員でついて行く。高畑はその間、ずっとキョロキョロしまくっていた。高価そうな絵画や美しい木の壁など、高級ホテルに足る造りには確かに驚嘆させられる。先生も高級ホテルに宿泊するのは初めてなのか、ずっと小さい声で「おぉ」と声を上げている。


「おぉ……。すごいな」


 ほら今もね。しかも今回は小学生並みの一言つきで。お子様ランチか。

 しかし、先生以外はずっと静かに歩いているため俺もツッコミを入れづらいのは事実である。仕方あるまい。このまま野放しにしておくのが吉だな。


 それからまた少し歩き、ついに目的の大部屋というところにたどり着いた。部屋の入口であろう襖は傷一つなくて手入れの徹底ぶりに息を呑んでしまう。流石、全国のホテルのトップに立つホテルだ。


「ごゆっくりどうぞ」


 その一言と同時に開かれた襖の向こうには、圧倒的な空間が広がっていて俺たち三人は口から息が漏れてしまう。

 そんな俺たちを後目に登大路はさっさと部屋に入り部屋の明かりをつけた。


「どうかしたの? 早く上がってちょうだい」


 その一言に俺たちは会釈しながら部屋へ上がった。いや、こんな高級ホテルに泊まったら緊張するべ。しかも素泊まりであの値段なんだろ? えぐいわ。


「まだ昼だな。どうする諸君?」

「眠いので寝ます」


 そう素早く切り返して机に突っ伏して目を閉じると、外野の批判的な声が聞こえてくる。だがしかし、睡眠とは人間の三大欲求である。即ち欲を満たすことは人間には必要不可欠なのだ。というか欲を満たすのは誰でも望むことだ。よって寝る。


「仕方ない。寝かせてやろう。ひねくれ生意気孤独太郎を」


 うーん。センスが小学生。あと俺の名前は京です。


「京つまんな~い。そのまま干からびろ! だし!」


 言い回しが独特なんだよ。なんか言いたいことよく分かんねえぞ。

 その後も外野はギャースカ言ってるが、そんなことは気にせず意識を闇に落とそうと目を瞑る。起きたら明日の朝になってますように。そう願いながら俺は瞼の裏を見つめ続けていた。

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 最近ギャグ要素薄目なんで増やしていきたいと思います。

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