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39話 つまりそれは彼らを乗せて着実に進む。

 読んでいただきありがとうございます!

 早朝の高速道路。辺りには車体が高速で風を切る音と、エンジンの音が鳴り響いていた。高速道路ゆえの騒音である。それに対して車内は別の騒音が支配していた。


「あっち行ったらなにする~?」

「腹減ってないか?」

「会話が噛み合ってないのだけれど……」


 三人が繰り広げている会話は正に地獄絵図といった様子で、噛み合うことを知らず各々の疑問や意見を適当に投擲しあっているだけだった。


「やっぱ馬鹿しかいねえじゃんか」

「「失礼な! 馬鹿じゃない!」」


 小声で発した独り言に対して二人は不要な反応を寄越した。なんでそこは反応するんだよ。おかしいだろ。三人の時は噛み合わねえのに、俺への抗議は噛み合うって嫌がらせにも程があるってもんだ。

 二人への当てつけのように深くため息を吐いてから目を瞑る。この二人に関わっていたら苛立ちや苛立ちや苛立ちで噴火してしまいそうだ。


「紀寺くん。よかったらどうぞ」


 右隣から聞こえて来た言葉に顔を向けると、登大路がクッキーの入った小袋を差し出していた。え、なに? 以前までは嫌悪感丸出し冷徹女だったのにお菓子作ってくるとか逆に恐怖なんですけど。


「青酸カリ」

「あるわけないでしょ」


 その返事は疑い深いものだったが、真剣な表情に免じて信用することにした。差し出された小袋を受け取って、クッキーを一つ取り出して口に放り込む。

 味わうようによく噛んで、ごくりと唾とともに喉へ流し込んで窓の外へ目を向ける。もちろん、遮音壁が延々と続いているだけだった。


「……俺の舌とは相性がいいみたいだな」

「それはよかったわ。高畑さんもどうぞ」

「いいの!? 綾乃っち大好き~!」


 その言葉のあとに袋の擦れる音とむしゃむしゃとクッキーを頬張る音が耳に届く。どうせ感想なんて美味しいの一言で終わるんだろ。だったら黙って食っとけ。


「これ凄いよ!」

「もう少し具体的に教えてもらえると助かるわ……」


 そりゃそうだ。俺もあえてフラグを建設して高畑の株をあげようとしたのに、綺麗に折られてしまった。というか美味しいの下位互換が出てきちゃってるし、この子は色々と凄い。

 ……ほら、奴のせいで俺まで語彙力なくなってきた。


「なんかね、噛んだ時はサクサクな軽い感じで、チョコチップが濃厚で大人の風味だね!」


 これあれだ。人から語彙力奪って吸収するモンスターだ。RPGでいうところの数ターンおきにプレイヤーの能力を吸収して低下させる害悪なやつ。


「私の分はないのか?」

「ないです」


 少し期待と寂しさが入り交じった声で尋ねる先生を、登大路は容赦なく秒で一刀両断する。

 うわぁ。さすがに可哀想だわ。あとで先生に一つだけでもあげよう。

 とまあ、それよりも一つはっきりせねばならないことがある。


「で、これどこ向かってんすか」


 そう疑問を投擲すれば、先生はふふんと鼻を鳴らしながら窓を少し開けた。


「忘れたとは言わさんぞ。みんな大好き関ヶ原だ」


 あー……。そういえば関ヶ原行くとか言ってたな……。ほんとに行くつもりだったのかよ。

 ため息を軽く吐いて返事をして、登大路がくれたクッキーを口へ運ぶ。これ美味しいなマジで。


「紀寺くん。知ってるかしら?」

「なにが」

「関ヶ原はね、町名になると真ん中の字が大きくなるのよ」

「まじかよ」


 はえー。そんなことも知ってんのかよ。やっぱ登大路ってすげえのな。つまり関ケ原町ってことか。なるほどな。

 と感心していると、高畑が横槍を入れてくる。


「関ヶ原って何があるの?」


 なんつーこと言うんだよ。怒られるぞ。色々あるだろうが。仕方ない、俺が教授してやろう。


「いや関ヶ原の戦いってあるだろ? あれの古戦場なんだよ。石田三成を始め、数多の武将が陣をおいた場所とかがあってだな。歴史好きには堪らないスポットなんだ」

「とても詳しいのね」

「好きなんだよ。悪ぃか」

「スゴイネ」


 聞いてきた本人は話が理解できませんといった様子でカタコトの返事を寄越してくる。これはあれだ。歴史が苦手で何を言っているのか意味不明という顔だ。まったく、馬鹿は困るわ。


「関ヶ原に行くのは初めてだわ」

「俺は年に2、3回は行く」

「誰も貴方のことは聞いてないわ」

「おま、それは——」


 そこまで言いかけた時、ふと車内にプルルルと着信音が響き渡った。その着信音がする方を横目で見れば、登大路がスマホを握りしめたまま俯いて顔を上げなかった。

 妙に思い疑問を投擲すると共に応答を肯定してやろうと声をかけるが、彼女は一向に首を縦に振らず何も答えずで、ただスマホの画面を見つめているだけだった。


「綾乃っち……。出ないの?」

「え、えぇ。問題ないわ」


 彼女は高畑の一言に自我を取り戻したかと思えばかりやすく狼狽する。

 彼女に心配をかけたくない。という魂胆が丸見えで登大路にしては妙に隙が大きいように見受けられる。


「問題なさそうに見えねぇが?」

「大丈夫よ。無駄な勘繰りはよしてちょうだい」

「へいへい」


 相変わらずのあたりの強さは少しばかり癪だが、普段通りの様子に戻った証拠であるため、今ばかりは安心を得た。

 その後、特に車内にイベントが起こったわけでもなく静かに風景を眺めていた。……ま、遮音壁しか見えないんですけどね。

 軽くため息をついて遮音壁を眺め続けていると、急にその時間は終わりを告げた。視界が開けて建物が見え始めたのだ。ふと目線を前方にやると料金所が目前に迫っていた。どうやら高速道路から降りたらしい。ということは……。


「おいでませ! 関ヶ原! ってことで関ケ原町に到着だ」

「関ヶ原デビューだよ!」


 先程の静かな車内とは対照的に、今は先生と高畑の嬉々とした声が車内を支配している。その声を煩わしく思いつつ、クッキーを口に運ぶ。


「そんなに気に入ってくれたのかしら?」

「いや残すのが申し訳ないだけだ」

「それはどうも。代わりにご飯は奢ってもらおうかしら」

「対価が重いんだが」


 登大路と普段通りの軽い言い合いをしながら、周りの景色に目を移す。いやはや、関ヶ原に来たのは久しぶり、なんなら車では初めてだから正直テンションが高まってしまう。


「やっぱ関ヶ原といえばあそこですよね? 先生」

「ふっふっふ。わかっているぞ。紀寺京よ」


 俺と先生は少し不気味な笑いを呼応させると、登大路と高畑が小声で『うわぁ』と引いたような台詞を発する。失礼な奴らめ。

 しかしまあ、車内からこの関ヶ原の街並みを見て思うのだが本当に景観がいいな。豊かな自然に囲まれ、洋風建築と和風建築が見事にマッチしている住宅地、至る所に歴史的価値の高い史跡があったり……。本当に素晴らしいな、ここは。


「過去に天下分け目の戦いがあった場所とは思えんな」

「本当ね」

「桶狭間の戦いがあった場所が街になってるのすごいね!」


 高畑のその一言を境に車内が一気に凍りついたのを感じ取った。無論、先生と登大路も同様に感じ取っているはずだ。今この場で空気を読まず、のほほんとしている桃色天然ギャル以外は。お前はマジで関ケ原町にお住まいの皆さんと歴史好きの皆さんに謝罪しろ。


「あれ? なんか急に静かになった? どったの?」


 いや貴方のせいです。完全に貴方のせいです。さすがにそこは察してください。お願いします。今俺が指摘すると君の将来が不安すぎて泣いてしまうと思うので。


「それを言うなら関ヶ原の戦いよ。さすがに馬鹿すぎて心配になるわ」

「ひど!」


 登大路のどぎつい指摘に高畑はシンプルに傷ついた様子で俯いてしまう。登大路マジで怖いな。俺でさえ言葉にしなかったのに、抑揚もつけず淡々と喋っちゃうのおそロシアだよ。


「登大路おそロシア」

「ふざけていると怒るわよ」

「すいません。出来心です」


 登大路の圧倒的な怒りのオーラを感じ取り、瞬時に低姿勢で謝罪をかます。やっぱ余計なこと言わなきゃよかったよ。

 まだ秋なのに冬真っ只中ともいえそうな極寒に包まれた車内で、1秒でも早く目的地に着くことを祈りながら己の靴の先を眺めることにしたのだった。

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 いよいよ関ヶ原に向かう4人。しかしそう上手くことが運ぶはずもなく……!?

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