38話 ゆえに彼らは壁を壊し、繋がりを得る。(登大路視点)
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不意に着信音が部屋に鳴り響いた。私はそれに不快感を示しつつ、発信元を確認する。その名前を目にした時、自然とため息がこぼれたけれど何とかベッドから起き上がってそれに応じた。
「おはようございます。古市先生」
『うむ。今日は空いてるか?』
「空いてますが……」
『では1時に部室に来てくれ』
返事をする間もなく、古市先生は電話を強制終了させた。古市先生は困ったやつだ、とかなんとか異質同体くんが言っていたけど、今ならその意味が何となく分かる。
はぁと再びため息をこぼして、部屋の時計に目をやる。短針は7を指し、長針は12をすぎたところでまだ朝が早いことに気がつく。指定の時間までまだ6時間もあるけれど、無性に家を出たくなった私は急いで用意を済ませて玄関へと向かう。
靴を履いて、俯き加減に扉を引いて光が屋敷内に届いたと同時に、視界の上部に人影が見えた。嫌な予感を感じつつも目を向けると、それは登大路ホテルの代表取締役社長を務め日本有数の権力を持つ男、登大路玄造だった。
「こんな時間に珍しいね。綾乃」
「どいてください。今から用があります」
そう強気に話すも目の前の男は不敵な笑みを浮かべながら、胸ポケットをごそごそと漁り始めた。そしてすぐに、そこから一枚の写真を出してひらひらと見せびらかせながら口を開いた。
「父親に向かってその強気な態度は感心しないね」
「……私には母親しかいないわ」
「そうかい。では行ってくるといい」
私を愛おしく思っているような表情を見せた後、すぐに屋敷内へ戻っていき強く扉を閉めた。
邪魔がなくなったのは分かっているのに、体は一切動くことをしない。蛇に睨まれた蛙、という言葉が今の私には違和感なく当てはまるだろう。
でもその表情を目の当たりにすれば、至極当然のことなのだ。あの慈愛に満ちた表情の裏側に見え隠れする、冷徹で残酷で憤怒な気配はあの男の特徴なのだ。
恐らく、彼は反抗する私を気に入っていない。だから隙を見て一気に私の心を捻り潰してくるに違いない。そして後継問題できっと——
いえ余計なことは考える必要はない。とにかく適当に時間を潰さなくては。こんな空気の悪いところ、絶対に私の体には有害だもの。
ふぅと少し長めに息を吐いて、小走りで門に向かって一直線に進む。
「母さん……」
ふと心に、脳裏に現れた人物の名を呼んだ。すると、不思議と体が軽くなって気持ちが徐々に正常に戻ってくるのを感じる。
そして門を出たと同時に強い風が辺りに吹き渡り、思わず体が押し戻されそうになるけれど、なんとか持ちこたえて歩みを進める。その風が妙に嫌な気持ちを運んできていることを感じながら——
「1時だョ! 全員集合ってなわけで揃ったな!」
「あんた何言ってんすか」
妙な掛け声を唱える古市先生、それに逐一反応するキメラくん、全然話を聞かずにスマホを触る高畑さん、そして無言でそれを見つめる私、という少々カオスな空間が展開されている。なぜ高畑さんとキメラくんもいるのかしら……。
それよりもそんな茶番は放っておいて、早く本題を聞きたい私は語気を強めて先生に詰め寄る。
「変なこと言ってないで、早く本題をお聞かせ願います」
「むぅ、このネタが分からんとは時代を感じるな……。まあよかろう。本題は文化祭の反省会だ」
その一言に異質同体京くんは不満げに非難する。
「それって急用じゃないですよね」
「これを急用とせずになんとする?」
「不要不急」
余計なことを言ってこめかみをグリグリされているキメラくんを他所に高畑さんが私に話しかけてくる。
「なんで呼ばれたんだろうね?」
「文化祭の反省会と言っていたじゃない……」
「あれ? そうだっけ?」
誰一人として真面目な人がおらず、今までよくやってこれたなという感心と、この先やっていけるのかという不安に苛まれる。
「さてと、では改めて文化祭の反省会といこうか。疑問意見反省点、なんでもいいから一人ずつ発言していこう。よし、紀寺」
「なんで俺がトップバッターなんですか……。唯香ちゃんっていう奴が最後まで働いていかなかったのが不満ですかね」
その意見に古市先生は首を傾げてため息をついた。
「図々しいにも程があるな」
先生の言葉は当然だった。そもそも無償で、しかも初体験の仕事を急にやらせたのだから、片付けに参加してくれなくてもいい。不満を言うより感謝する方が先なのではないかしら。
「いや〇爺だったら怒ってますよ」
「ふむ。一理あるな」
私には何の話か全く分からないけれど、先生が納得しているのだから多分大したことはないと思う……。いえ、キメラくんのあのゲスい顔を見る限り絶対に騙されている。
「まぁいい。じゃあ高畑」
「うーん。あたし的には……。入部テストに落ちてさぼっちゃった時の汚名挽回できたし最高だったよ!」
「なんつーもん挽回してんだよ」
相変わらずの馬鹿っぷりを見せびらかしつつ、意外とまともなことを言っていることに驚きを隠せなかった。
正直なところ、普段の彼女は言っていることがめちゃくちゃだったりするため、綺麗に意見をまとめてみせたことに成長を感じた。
「名誉挽回のことね」
「そう! 余命挽回!」
「アーユージャパニーズ?」
カタコトの英語で煽るキメラくんに対し、高畑さんはそもそも言葉を理解できておらずキョトンとしている。
先程も思ったけれど、本当にまともな人がいない。さすがに危険な香りがするわ……。それに加えて、先生も意見を求めるだけ求めておきながら、まともにコメントを一切行っていない。議論にすらなっておらず意味はないように感じられ、この空気感こそが由々しき事態に等しいと確信した。
でもよく考えてみれば、いつもこんな感じだったわね。各々の感じたこととかを共有して課題を見つける……といったところかしら。
「よし登大路、聞かせてもらおう」
ついに回ってきた自らの番に、こほんと軽く咳払いして素朴な疑問を投げかける。
「ノルマは達成できないだろうと思っていたのですが、あっという間に達成してしまいました。なぜ大量にお客様がやってきたのか、それが私の疑問です」
「やはり君なら気づくと思っていたよ。その不自然な点に」
先生は近くの椅子に腰を落ち着かせて腕を組み話を続けた。
「あの膨大な客を呼び寄せるのは、今の我々ではまず無理だ。ただでさえ店舗への客数の伸び率も最近悪くなってきていたのだ。でも、ネットを利用すればそれも可能になる」
先生の意見は確かに正解だった。ネットなら不特定多数の人に一気に宣伝することが出来るのだから。
だとすると、一つおかしな点が浮上してくる。
「それは理に適っていますが、それをする暇など私たちには——」
「それがいるんだよ。思い出してみろ。機械に強く、これまでも部活の窮地を計略で救ってくれた者を」
その言葉にまさかと思い、心当たりのある人物に目を向けると不機嫌そうな顔で先生を睨んでいた。
「余計なこと言わないでくださいよ」
「睡眠時間を削いでまで貢献してくれたんだ。この無駄にイケメンひねくれ生意気男は」
「おいこら。教師が生徒にそんな事言うなよ」
先生にそう言い返したと思うと、徐に席を立ち上がって私と高畑さんの前に歩んできた。その瞳は彼にしては珍しく揺れていて、体もソワソワしている。
「まぁ俺だけ仕事しないのも嫌だったし。それだけだ」
「京……。ありがとうね」
高畑さんが優しく礼を述べると、彼はより一層瞳を泳がせて俯いた。
普段の彼は、屁理屈ばかりで人を煽って嫌なことばかり言うけれど、本当は他人を思いやることができて謙虚で照れ屋さんだということを思い知った。ならば相応の礼を述べる必要があるわね。だって尊敬に値するもの。
「また貴方に助けられたわね。礼を述べるわ。ありがとう紀寺くん」
そう告げて深く頭を下げると、彼はあたふたした声で頭を上げるように促してくる。その言葉を受けてゆっくりと頭を上げて彼の顔を見て微笑む。
「別にお前らのためじゃねえんだって。やめろよ余計なことすんの。てかキメラくんじゃねえのな」
なぜか顔を赤らめながら目を逸らす彼。これまでなら彼に対して嫌悪しか感じていなかったのかもしれない。でも今は違う。
「人ということがたった今、実証されたもの」
「そりゃありがてえ」
そう言って二人でくすりと笑い合う。それを目の当たりにした先生は私たちの頭に手を置き撫でる。
「やっと壁が崩れたな」
「これでみんな友達だね!」
「だから友達ではないっつーの」
「ただの部員……かしら?」
4人で顔を見合わせて少し笑ったあと、先生が手の甲を差し出した。それに高畑さん、紀寺くん、私という順に重ねる。そして先生は史上最高の笑顔をつくり口を開いた。
「きっとこれから困難が訪れることもあるだろう。だが、今日の気持ちを忘れなければ乗り越えられるはずだ。がんばるぞー!」
「「「おー!」」」
その掛け声とともに手のひらを天井へかざす。天へ伸びた4つの手は更なる高みへ登れそうで、窓から入ってくる光に照らされ神々しく見える。
きっとここからが本当の始まりに違いないわ。
私は己にそう言い聞かせて伸びた手を見つめ続けていた。
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40ptを突破したので古市先生のキャラ設定もそのうち投稿します!
50ptを越えたら京と高畑の去年のエピソードを書く予定です! お楽しみに!