37話 ゆえに祭りは終幕を迎え、華やかに舞う。
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既に日は落ち、辺りは闇と静寂に包まれていた。
といっても、敷地内に設置された明かりがあるためさほど暗くはないのだが、あの騒音や人混みはどこへやらといった感じで、もはや周りにいるのは後片付けに明け暮れる生徒たちだけだった。
もちろん、俺らも例外ではなく、三人でせっせと作業を進めていく。
「ピンクルどこ行ったんだ?」
「ピンクル……? あ、唯香ちゃんのこと? 唯香ちゃんなら、もう行っちゃったよ」
さも当たり前のように答える高畑は、知らなかったの? と言いたげな様子で俺を見ている。
というかピンクルの野郎、働くんなら最後まで働いてけよな。これが千と〇尋の神隠しの世界なら、今頃〇爺に怒られてるぞ。
「談笑してる暇があるなら手を動かしなさい」
登大路は俺たちの手が止まったのを察したのか、こちらを振り返り、強く鋭い瞳を向けてくる。
その視線に俺は背筋がゾワッとしてすぐに作業を再開する。高畑もそれを感じとったのか、そそくさと作業に戻った。
機材をまとめ、出店を解体していく。始まった時は早く終われなどと考えていたが、いざ終わって解体してみると少し名残惜しいと感じる。なぜか分からないがそう感じてしまう。
「これどうすんだ?」
「まとめておけば、先生が処理すると言っていたわ。話を聞いてなかったのね。異質同体京くん」
「へいへい」
ふと脳裏に浮かんだ疑問を登大路に投げかけると、それを一瞬で払拭してくれる。こういう時に素早く答えをくれるのは嬉しいが、最後の方が不要である。異質同体京くんとはなんだ。売れない芸能人の芸名みたいではないか。
文句が喉からこみあがってくるが、すんでのところで抑え込む。恐らくだが、ここで文句を言えば間違いなくボコられる。登大路はそういう女だ。
「別にボコったりしないから、言いたいことを言っていいのよ?」
先程とは比にならないくらいの冷徹な瞳を向けた登大路に、小さく悲鳴がこぼれてしまう。
その目は言っちゃダメなやつですよね。てか心読まないでくださいよ。プライバシーの侵害でしょうが。
「侵害されるほど大層なものはないでしょ?」
「まあそれはある……って、やかましいわ」
あぶねえ。こいつの誘導尋問に引っかかるところだった。本当にこの女、油断できねえな。気を抜いた瞬間に攻撃を食らっちまう。
そんな俺たちのやり取りを、高畑は苦笑しながら指摘する。
「あはは……。とりあえず早く終わらせよっか……」
「そうね」
「だな」
高畑がまともな提案をしたことに驚きつつも、素直に従って登大路と休戦条約を結んでおく。
登大路って本当に嫌な奴だわ。これが部長で大丈夫なのだろうか。まあ、んなことは関係ねえな。はよ帰りたいし、さっさと終わらすか。
そんな憂慮を纏った怨恨を抱えつつ、俺は出店の屋根に手をかけたのだった。
「これで終わりね」
「お疲れ様〜!」
登大路が解体した出店のシートやらを全て纏めたタイミングで、高畑がそう声をかける。その一言に作業が終わりを告げたことを改めて認識した。そのせいか、精神的、肉体的な疲労が一気に己に襲いかかる。
「じゃ、帰るか」
そう言って体を回れ右させると、ふと左腕が何者かによって掴まれた。いや、もう予想はできている。だって柔らかいし。
その感触で誰かは察していたが、あえて確認するように振り返れば、やはり高畑ががっしりとホールドしている。なんかデジャブだな……。
「いやダメだし! 花火忘れてるでしょ!」
「あー、忘れてた」
白々しくそう返せば、高畑はご機嫌ななめといった様子で俺を見つめる。いや、白々しく言っちゃったけど本当に忘れたんです。勘弁してください。
「もう疲れたし、俺は花火好きじゃねえから帰りたい」
「ダメ」
「頼む」
「約束でしょ!」
こいつも諦めが悪いやつだな。しかもその約束は不本意なんですけど。まあ先生に何されるか分からんし、譲るとするか。不本意だがな!
「わーったよ。どこで見んの?」
イライラしながら少し強く言ったが、高畑にはやはり効果なしのようで、むしろ目を輝かせながら校舎の屋上を指さした。
「やっぱ屋上だよ! 夢だったんだ~!」
「いや屋上行けねえだろ」
「大丈夫だよ! 古市先生が開けといてくれてるから!」
「なにやってんのあの人」
つくづく古市先生の性格と行動には呆れさせられる。高畑の不真面目な提案に加担しているのは、きっと好奇心からでしかない。
「それは倫理的に……」
登大路が少し遠慮気味にそう指摘する。いいぞ登大路。もっと言ってやれ。こういう奴らは言わねば分からない。……まあ言っても分からんだろうけどな。
「まあ今日ぐらいは……ね?」
ほらね。そうやって言い訳するんですよ。気分が高揚している時こそ、倫理に基づく冷静な判断が出来なくなるというのが分かりやすく実証されている。
「それはあまりに身勝手では——」
「ほら行こー!」
高畑はせっかくの登大路の諫言を遮って、俺らの腕を強引に引っ張って走り出す。
……結局こうなるんだよ。まあ彼女と先生だけを犯人にするのは気が引けるし、先生に逆らったらお察しの通りだ。みんなで罪を被れば、ひとりが受ける罰も軽くなるし。
いやまあ、バレなければ大したことはないんだが。意識の問題だな。
そう己に言い聞かせ、高畑の横暴に静かに身を委ねることにした。散々言っといてあれだが、やはりことを穏便に済ませたいなら周りに合わせる。それが人の通説だ。
とはいえ、面倒なことには変わりない。はよ帰りてえよ……。
幻想的に空に光り輝く星々を覆うかのように、大きな音を立てて色とりどりに咲いては散る火花を静かに見つめていた。
その奇妙な雰囲気を徐に崩したのは、やはり高畑であった。
「綺麗だね~」
「そうね。日本の伝統を感じるわ」
二人が会話をしているのを気にせず、俺はただ夜空に咲く花を見つめ続ける。その花は赤やら青やら、炎色反応を利用して幻想的な色を作っていて、それが妙に俺の心を揺さぶってくる。
「楽しかったね。正直、終わらないで欲しい気もするな……」
「いや終わらなかったら過労死しちゃうんですが」
「もう京って屁理屈ばっか! 嫌われるよ?」
屁理屈はデフォルトだから仕方ねえだろ。俺のアイデンティティなんだよ。てかこれに至っては正論ではなかろうか。
「あら? キメラくんは社会に必要とされていない汚物なのだから、過労死したところでこの社会への影響は出ないのよ? 安心なさい」
「急に会話に入ってきた挙句、塩と毒塗り込むってどんな気持ち?」
相変わらず登大路は登大路だな。それにしても、いつにも増して冴えた口調のような気がするぞ。さては俺が社畜として働かせたことを恨んでいるのか?
「花火ってどう思う?」
藪から棒になんだよ。どう思うって聞かれても、正直答えようがないと思う。花火は花火だしな。……まあ、答えないわけにもいかないか。とりあえず答えるとして先に登大路に言わせよう。そして少し拝借しよっと。
自らのズル賢さに、にやりと軽く口角を上げて登大路の答えを待つ。すると案の定、登大路はこほんと軽く咳払いして口を開いた。
「花火は咲いては散り、咲いては散りを繰り返すものよ。たとえ散っても夜空にまた返り咲く。その姿には見習うべきものがあるように思えるわね」
「かっこいいね! なんか正に綾乃っちって感じするよ! で、京はどうなん?」
あまりにも雑な振り方に思わず咳き込んでしまう。高畑にしても、さすがに振りが雑すぎる。非難の意味を込めてジト目で凝視してやると、高畑は俺の視線に気づき軽く微笑んだ。そんな顔されたら調子狂うだろうが。
「まぁ強いて言うなら、普通に咲いて散って終わりだから人みたいなもんだろ。何かしらで栄光を手にしても、いつかは過去の栄光になるんだから。そういう意味では同じじゃねえの」
そう言い切ってやったが、何も返事はなかった。怪訝に感じて高畑の方へ顔を向けると、少し引きつった顔で俺を見ていた。しかも登大路もセットでな。
「めっちゃひねくれてるじゃん……」
「いや意見求めたのお前だし」
「伝統と人間を同時に馬鹿にするなんて、大したものね」
「それ褒めてんの? 貶してんの? いや貶してるよね?」
で、高畑に視線をくれてやれば、先程の引きつった顔はなく今度は笑みが宿っていた。相変わらず表情がコロコロと変わるやつだ。感情豊かで結構なことで。
「でも京らしいね」
「そりゃどうも」
その言葉に軽く返事して俺はまた花火に目をやった。だんだんとフィナーレに近づいてきたのだろう。先程に比べて短時間に多くの花火が打ち上げられている。金色に近いような色で夜空を飾り、その光が俺たちを照らす。するとそのタイミングで高畑は静かに口を開いた。
「カフェの目的果たせるかな」
少し自信なさげに、か細い声でそう話す彼女。恐らく、俺と登大路二人に尋ねているのだろう。
登大路の方をちらっと見ると、彼女は何も言わず花火を見つめていた。否、瞼を閉じた状態で花火へ顔を向けていた。
はいはい。そういうことね。
彼女の気持ちを察して俺は高畑の頭に手を置き、それに応じる。
「そのために三人いるんだろうが。できる、できないはどうでもいいんだよ。やるしかねえんだから」
そう言うと高畑は何も言わずに頬を赤く染めて俯いた。
……え? 何この反応。予想してなかったんですけど。そこは普通に『ありがとう!』とか『そうだよね!』とか言う場面じゃないの? さてはお前、俺のこと好きなんだな?
というのは冗談としておいて、俺は何も言葉を発さずに夜空を見つめることにした。それはもちろん、二人もそうだった。
あんなこと言ったが、正直自信なんて欠けらも無い。なぜ先生が俺を引き入れたか分かったものではないのだから。
「貴方の言う通りよ。キメラくん」
その一言が静かに発せられた時、これまでとは比べ物にならない壮大で絢爛な花火が打ち上げられた。そしてその花火を瞳に焼き付けた時、俺は静かに決意した。
壮大な花火とは思えないほどの微かな残り火が、星々の輝く夜空に幻想的に煌めいて消えていくという一連の流れが終わっても、俺たちは空を見続けていた。
その空には花火の余韻を残しながら、月と星が静かに地上を照らしていて、何か晴れやかな気分になったような気がしたため俯きながら長く息を吐く。
——やっぱ花火って好きじゃねえわ。
そう心の中で静かに呟いて思いを馳せることにした。
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次回は登大路視点となります! お楽しみに!