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3話 これが彼の青春の原点だ。

 席にかけて10分……20分は経っただろうか。先生は一向に話し始める様子がしない。ちらっ、と奴に目を向けると先程の本を読みつつ、横目で先生を何度か見ている。恐らく気まずいのだろう。わかる。

 外は相変わらず曇り空で夕日を伺うことは出来ない。

 はあ、とため息を深くついた俺は先生を見据えて重い口を開く。


「話ってなんすか」


 苛立ちを隠せず声も少し低くなった。こうでもしないと話が平行線なのは確実だ。

 しかし、用事があると言っておきながら結局こちらから話を切り出す、というのは違和感を感じざるを得ない。客観的に考えて、用事がない方から話を切り出すのは少ないし、結局話すのは己なのだから、己から切り出す方が賢いといえる。

 そう思いつつ先生に目を向けると、眉を少し下げた不安げな表情で俺の様子を伺っていた。

 えっ、何その顔。36とは思えない可愛さなんですけど。そういう顔を普段からしてたら今頃男の1人や2人居ただろうに……いや2人居たらダメだな。

 余計なことを考えていると先生の方も重たそうに口を開いた。


「ああ、実はだな」


 表情だけじゃなく声まで不安そうだ。いつもの大きく張った声ではなく、手に乗せるとすぐに消えてしまいそうな雪のような声色。季節外れだけど。

 ほんとに話しづらい事でもあるんだな。


「君に頼みたいことがあるんだ」


 驚いた。普段誰にも頼み事をしている様子もなく、全て自分で解決してしまう先生。そんな先生がよりによって俺に頼み事があるとは。

 ふふふ、これは後々使えそうだな。いざ困った時があれば、あの時頼まれてあげたじゃないですか。と言って俺の言うことを1つくらいなら聞いてくれるのではないだろうか。

 ……いや待て。冷静になろう。相手はあの天下の古市先生だ。

 よからぬ事を考えている可能性も否定出来ない。むしろ可能性は高いといえる。ここは1つ出方を伺ってみるべきだ。

 そう考えた俺は先ず、拒否権の有無を確認することにした。


「それって、俺には拒否権あったりしますよね?」

「ありがとう紀寺。君なら引き受けてくれると思ったよ」


 紀寺京は敗北を喫した。拒否権がないだけじゃなく、引き受けたことにされている。最悪のコンボだ。アクションゲームでいうところの即死コンボ。それも大会なら発狂レベルの。

 もはや、よからぬ事を考えていると言外に告げているようなものである。俺は先生に連れてこられた時点で既に負けていたのだな、と静かに悟る。

 呆れていると続けて先生が口を開く。


「——いちのせCafeって聞いたことあるか?」


「いちのせCafe」……?初めて耳にする単語だ。Cafe……というからにはカフェだよな。しかし、カフェということ以外には何も情報を得ることが出来ない。

 可愛い女の子と白兎のいるラ○ットハウスなら知っているが。


「いちのせCafe……初めて聞きましたね。それがどうかしたんすか?」

「うむ。少し話をさせてくれ」


 んんっと軽く咳払いした先生は、先程とは打って変わって真面目に、何か覚悟を決めたような顔で俺を見据え、口を開いた。


「この一之瀬高校から徒歩10分のところに古びた外見のカフェがある。そこは一之瀬高校が代々運営していたんだ。かつては繁盛していてな、この奈良市においては子供から大人まで楽しめる憩いの場だったんだ」


 一之瀬高校が運営……なるほど。つまり「いちのせCafe」の由来は一之瀬の部分を平仮名にもじったということか。

 というか県立高校にそんな権限ない気がするが黙っておこう。


「しかし奈良市も発展してきたわけだ。その中でオシャレな喫茶店や併設カフェが現れて、いちのせCafeの客足は徐々に途絶えた。その結果いちのせCafeは閉店せざるを得なくなった。私は反対したんだがな。客足が減ったとはいえ、それでも来店してくれる人は少なからずいたのが事実だからな」

「なるほど……」


 なるほど、としか言えない。今さっき無知であったのに加え、複雑な過去を突きつけられたため、イマイチ情報処理が追いつかない。

 やっと追いついたと思えば、次は先生が何を言いたいのか、という壁にぶつかってしまう。高校生活において通知表で最高3しか取ったことのない拙い脳みそでは答えを導くことは不可能に思えてくる。

 それに言い方がキツくなるが、閉店したから何? という話だ。閉店してしまったのなら仕方がない。思い出話に花を咲かせる事に励むか、また別の企画を再考するかの2択しかないだろう。

 どちらとも自分とは無縁の選択であり、この選択に対する権利や義務を持ち合わせていないので、俺はそんなに考える必要はないのだが。


「さて、ここからが本題だ。今話した通り、いちのせCafeはとっくに閉店してしまった。だが、私には野心がある。これがどういう事かお前には理解出来るか?」

「……」


 どういう事だろうか。野心とは縁のない人物だと思っていたが……

 珍しく熱心に考えていたが、さっきの言葉が延々と引っかかっている。

 先生は1度決めたことは曲げずにやり通す人だ。閉店を反対していたが、閉店してしまっている。つまり、そこは「一旦」折れた……ってことだよな。まさか……

 ちらっ、と先生に目をやると真剣な眼差しが向けられていた。その眼差しを受け、俺は確信した。


「Cafeの再OPEN、そして奈良市の憩いの場に返り咲かせる……てことですか?」

「その通りだ。ひいては紀寺、君に協力してもらう」


 やはりな。古市先生らしい考え方だ。拙い脳みそでもなんとかなるもんだ。しかしまあ、先生にはどちらの選択肢もなかったらしい。

 だからと言って俺が引き受ける理由は見当たらない。拒否権が無いとしてもだ。


「お断りします」

「お断りをお断りしよう。拒否権は無いと言ったはずだ。それに紀寺、これを見ろ」


そう言った先生の手には1冊のノートがあった。見覚えのあるデザインだな……と他人事のように眺める。

 表紙の部分に文字が書かれており、読んでみると「俺の運命」と書いてある。小指を柱の角でぶつけたくらい痛い題名だ。

 ……すいません。馬鹿にしてましたけど多分俺のです。俺のポエムノートですね、間違いない。なんで先生が持ってるのか、という過去1の疑問に頭が大混乱している。

 1人悩んでいると先生から声がかかる。先程まで暗い印象だったのに、気付けば普段の陽気な、いやそれ以上の笑顔に大変身していた。


「どうだ? 校内にバラしてもいいんだぞ?」


 そしてその笑みは勝ち誇った様子で俺を見下ろしている。これは惨敗だ。降伏するしかない。ったく、さっきの可愛い顔はどこいったんだよ。


「汚ねえ大人だよ……。はあ、やります。やらせてください。でも俺と先生だけじゃ流石に……」

「その心配はない」


 そう言った先生は俺に何か意味ありげな眼差しを向けて、奴の……登大路綾乃の肩に手を置いた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 恐喝罪ですね、、、教師が生徒に犯罪行為を強要する物語はちょっとアレですね
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