35話 ゆえに空は曇りと晴れを繰り返す。
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あれから数十分。俺たちは色々な出店を視察と称して巡っている。しかし、依然として戦果という戦果は一向にあげられていない。
というのも、出店は全て人員の確保と作業の分担を行っている。それはつまり、俺たちが真似ることが出来ないポイントである。他の出店は、およそ5~6人で回しているところを、俺たちは3人……いや俺は何も出来ていないから実質2人で回しているのだ。
つまるところ、この状態で仕事を再開してしまえば彼女たちの心身への莫大な負担は避けられない。ただでさえ、100捌くだけで二人の疲労はピークに達するのだ。なんとかしなければ、ノルマどころではなくなってしまう。
「やっぱどこも人が多いね~」
綿菓子を頬張りながら呑気にそう話す高畑。相変わらず危機感というものに疎い彼女の様子に、焦燥感がより一層煽られてしまう。
「そうね……」
そう答える登大路は、俺と考えていることは同じかどうかは不明だが、焦りを覚えているようだ。その歯切れの悪さがそれを物語っている。
「……何も得れそうにないな。はよ戻るか」
そう登大路に言うと、彼女は静かに頷いた。そして早足で戻ろうとした時、高畑が大きい声を上げて手を叩いた。
……綿菓子落ちるぞ。
「そうだ! 唯香ちゃんなら!」
そう言うとスマホを取り出して、その唯香とかいう人に電話をかけ始めた。すると三秒も経たないうちに会話が行われる。
最近の子って電話出るの速くね? そういうもんなんか?
「あ、唯香ちゃん? 頼みたいことあるんだけど……。そうだよ! よく分かったね! ありがとね!」
そう告げて高畑は電話を切った。そして口角を少しあげて、俺たちの方へ向き直り胸を張ってドヤ顔を浮かべた。
……あの、目のやり場に困るからやめて欲しいです。
「あたしに感謝してよね!」
高畑はいつもより強気な口調でそう話して小走りで先に戻っていった。俺たちも遅れをとるわけにはいかず、小走りで彼女の後を追う。
彼女が何を考えているかは、正直分かったもんじゃないが、今ばかりは縋るしかないようだ。
9月に入ったというのに、太陽はなおも眩しく地上に光を送っている。実のところ、鬱陶しいことこの上ないが、今は妙に頼もしく思えた。
営業を再開してからおよそ15分。二人の疲労が徐々に作業をする姿に現れ始めており、このままでは本当に倒れてしまいそうだった。
……これは俺の責任だ。俺がカフェを紹介するようツブヤイターで頼まなければよかったのかもしれない。もう少し別のやり方でやれば、二人にこんな思いさせずに済んだのかもしれない。
そんな責任と後悔が少しずつ俺の心を蝕んでいった。今考えるべきでないことも分かっている。だが、人間の心とは不安なことや嫌悪に感じることをつい考えてしまう。本当に難儀な生物に生まれてしまった。
「失礼します!」
聞き慣れない声が後方から聞こえ、なにかと振り返ると、そこには見慣れない少女の姿があった。
すると高畑はサンドイッチを包丁で切りながら、その少女に対して口を開いた。
「唯香ちゃん! サンドイッチ切って!」
この子が唯香ちゃんという人物か。俺の苦手なタイプだね。薄ピンクのショートヘアでスタイルもよく、童顔ときた。それにスカートの丈が短い。見たところ、後輩っぽいな……。
と、ぼーっと考えていると唯香ちゃんは威勢よく返事をして、すぐに高畑の指示に従って包丁を手に取り作業を始めた。
とても初めてとは思えないその手際の良さに俺は少し見惚れていた。するとその視線に気づいたのか、唯香ちゃんは俺の方を振り返った。が、すぐに作業を再開した……かと思えばこちらを二度見して驚愕したような表情を浮かべた。
「え! なんで紀寺先輩が!?」
「いや……。俺ここの部員だから」
「まじですか!?」
いやまじですよ。嘘なんかつきません。だって俺は慈悲に満ちているんですから。イヤ、ホントホント。
というかそれより一つ引っかかる。なんで俺のこと知ってんだよ。俺ってプライバシーとかないの? まじで転校考えちゃうよ。
「なんで俺のこと知ってんの?」
「え、いや、紀寺先輩けっこう人気なんですもん!」
作業を続けながら、唯香ちゃんはそう話す。人気って嫌だなぁ。俺は日陰で静かに生きていきたいんだよ。ま、この性格を知ったら一気に人気なんか消えるだろうけどな。
「あっそ。無駄口叩かずさっさと仕事してくれ」
嫌な奴という認識を植え込みつつ、言外にもっと速く作業しろと急かす。これに気づけば二重で嫌な奴という認識をしてくれるし、作業を速くしてくれるしオイシイね。
しかし、こちらの意図に気づかなかったのか普通に返事を寄越して本当に作業のスピードを上げた。すごい速い。本当に働いてる人みたいだよ。
「キメラくん、どのくらい売り上げたかしら?」
コーヒーをカップに注ぎながら、若干早口でそう尋ねてくる登大路。その問いに俺はすかさず答えを投げる。
「言ってる間に150だな」
その答えを受け取った合図として、登大路は静かに頷いた。無駄な言葉を発さないのは前からではあるが、今日は別の理由があるように見える。まあ疲労だろうけどな。
だが先程とは様子が違う。もちろん、いい意味で。
というのも、唯香ちゃんがサンドイッチの工程を全て一人で担ってくれている。そして手が空いた高畑が登大路の手伝いを行っている。
つまるところ、登大路の負担が軽減され順調に回っているということだ。唯香ちゃんが二人分くらいの働きをしてくれているのが大きいな。
「さて、と」
小さく呟いてスマホを取り出し、ツブヤイターを起動させる。そして、本垢にログインして事前に下書きとして保存していた写真とツブヤキを投稿する。
いやはや、みんな本気で頑張っているのに俺だけ何もしないというのは、少々気が引ける。だから俺は日陰者らしく、誰にも気づかれないように働こう。
「……後で全員になんか奢ろう」
彼女らのおかげで効率は良いが、俺のせいでさらに負担をかけることになる。柄じゃねえけど労いくらいはかけてやらねばならない。
投稿への反応が来ているのを確認して、スマホをポケットに収める。そして椅子に腰を落ち着かせて、客から受け取った代金の確認を行う。別にする必要ないと思うのだが……。まあ部長からの命令なのだ。仕方がない。逆らえば首ちょんぱだ。……首ちょんぱって古いな。全然世代じゃないけどね。まあこいつらの親世代だろうな。
「えっと……。一つ300円だから……」
小さく呟きながら作業を始めると、唯香ちゃん……って呼ぶのめんどいからピンクギャル、略してピンクルでいいや。
そのピンクルが、はあとため息を吐いて先程の優しく幼めな声とは違う、まるでドン引きしてるような低い声で俺に小さく語りかけてきた。
「ちょっと紀寺先輩。うるさいですよ……。さすがに引きます……」
「あ? うるせえな。他人に構ってる暇があるなら働け」
「口悪すぎません?」
「デフォルトなんだよ。ほっとけ」
そう返すと納得いってないような歯切れの悪い返事をして、手を再び動かし始めた。
はあ。本当にこのタイプの人間は面倒極まりない。誰も意見など聞いてないのに、わざわざ自己主張してくるなんて馬鹿だ。しかも親しくない人に対して罵倒の言葉を浴びせるなど論外である。このピンクルは本当に馬鹿だ。高畑とはまた別のな。
なんて、そんなこと言ってる暇などない。仕方なく深い息を吐いて作業を再開する。このまま、何事もなく終わって欲しい。そう思っていた矢先、とある女性の声が俺の耳に届いた。
「セット一つください。……ねえ、紀寺京くんって知ってるかな?」
ふと呼ばれた俺の名と、聞き覚えのある声に思わず振り返ると、様々な感情が俺の肉体を、精神を飲み込んでいった。
——絶望、焦燥、疑問、苦悶、憂慮……。
数え切れないほどのそれは、絶え間なく心を蹂躙し、食い荒らしていく。これほどまでの感情の起伏と体の拒絶反応は初めてで、吐き気すら覚えてしまう。
そして俺の視線に気づいたのか、そいつは俺の方を見たかと思うと、無邪気に微笑んだ。その笑みは俺の瞳に愛情深く、そして狂気深く映った。
「やっと会えたね。京くん」
その一言に、登大路の、高畑の、ピンクルのこの出店の視線全てが俺に集結した。微かに体が震えているのを感じながらも、そいつから瞳をそらすことは叶わなかった。
そんな俺の心を読み取ったかのように、そいつはさらに微笑んで俺を見つめた。その瞳が、その表情が、その姿勢が、その声が、その全てが俺を鎖で呪縛しているのを見透かしているようだった。
快晴と呼べた空はいつしか雲に覆われて、青空なんて存在しなかったような、そんな暗く重い天気に変わってしまっていた。
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