34話 ゆえに始まりの音が今、奏でられる。
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文化祭が始まる30分前、俺たちは部室に召集をかけられていた。俺、登大路、高畑という順で並んでいて、目の前では古市先生が腕を組み仁王立ちしている。相変わらず偉そうだ。
「今日は決戦の時だな」
いつもとはまるで違う、暖かい眼差しを向けて先生はそう言った。その声色は、まるでなにかを確信しているようなもので、少し緊張にも似たそれが俺の全身を支配する。
「登大路、せっかくだ。部長として一言頼む」
先生にそう促され、最初こそ首を縦には振らなかったが先生の期待にも似た暖かな眼差しに根負けしたのか、軽く咳払いをして一歩前に出た。
「最善を尽くしましょう。きっと上手くいくわ。だって今までがそうだったのだから」
放たれた言葉はとても力強く自信に満ち溢れた激励だった。その言葉に、より一層の緊張が掻き立てられる。
登大路が前に出たため、一人分スペースの空いた隣から高畑の深い呼吸音が聞こえてくる。規則正しく行われる呼吸は、おそらく深呼吸だろう。
「4000人がんばって売るぞー!」
「……400人よ。高畑さん」
「あ……」
こんな時にも関わらず、普段通りの馬鹿を発揮する高畑。本当に馬鹿だな……。といつもなら言っているところだが、今日ばかりは少し心強く感じる。なぜか屈辱的なのはきっと気の所為です。
「では諸君、健闘を祈るぞ。私も行けたら行くからな」
そう言って先生は部室をあとにした。取り残された俺たちは誰ひとりとして言葉を発さない。あの高畑ですら。
まあ用事がないのに話されても困るし、結果的にいえばこの沈黙は正解に等しいのではなかろうか。
「お腹すいたね~」
まあそれを容赦なくぶっ壊してくるのが高畑怜奈なんですけどね。てかまだ朝なんですけど。9時にすらなってないよ。食いしん坊か。
「朝食ってきたのか?」
「いやあ……それが食べてきたんだ~」
何そのフェイント。意味不明なんですけど。食ってきてないのかと思ったじゃん。この馬鹿。
と言いつつ、お腹をすかせた状態で労働させるのも気が引けるのは事実である。仕方ない、俺の好物を分け与えてしんぜよう。
「これやる」
胸ポケットから箱を取りだし、その中身を高畑に差し出す。彼女は驚いた様子で、それと俺を交互に見た。
「カロリーマイト! いいの?」
「いいから差し出してんだよ。はよ受け取れ」
そう急かすと彼女は笑顔をつくり、それを受け取ってポケットにしまった。
……いや食えよ。せっかく貴重な栄養食を恵んでやったのに。
「さて。そろそろ戻りましょうか」
彼女がそう言って扉まで移動して両手で開けた。丁寧に開けるのね。
高畑がそれを見て小走りで廊下へ出たため、俺も大股で部室を出る。俺たちが出たのを確認して登大路は扉を閉めて鍵をかけた。
「頑張ろー! アウトロー!」
いやアウトローはダメだろ。法律無視しちゃってんじゃん。地味に語呂がよくて言いたくなるからやめれ。
「ええ」
なんで君は何も言わないの? そこはズバッと言ってくれよ。普段の俺への接し方みたいに。
不本意ながらツッコミをかましていると、二人が俺を置いて歩き始めたので、三歩分くらい空けてついていく。
——この不遇な対応だけはどうにかしてもらいたい。
そう思いながら何も言わず、ただ静かに歩みを進める。
窓からは相変わらず光が射し込んでいて全てを照らしていてる。そして、それは鬱陶しいほど眩しくて有難いほど眩しかった。
太陽が目を背けてしまうほどに煌めく中、辺りはガヤガヤとした雑音に支配されていた。周りの出店で働く人はみな、せっせと動き回りこちらも急かされているように感じてしまう。
と言いたいところだが、生憎そんなわけにもいかない。
「セット一つくださーい」
「こっち2つ」
「俺らも一つずつ!」
もはや順番なんてクソ喰らえと言わんばかりに、次々と注文を投げてくる生徒や大人ども。登大路と高畑も迅速に対応しているようだが、ギリギリと言ったところか。
「高畑さん。もう少し速く」
「了解……!」
文化祭開始からおよそ一時間が経った今、長蛇の列が出来上がっている。俺らの作戦勝ちだが、これじゃ二人のキャパシティをはるかに凌いでしまう。勝機に首を絞められるなど、あってはならない。なんとかしてこの状況を打開したいところだが……。
「キメラくん。売上総数は?」
息があがって肩で息をする登大路は、己の手から目を離さずに俺に尋ねた。
「え、ああ。もう70は越えたぞ」
その鬼気迫る雰囲気に少し怖気づきながらも、なるべく素早く、作業の邪魔にならないよう努めて答えた。
その答えに彼女は軽く頷くと、先程よりスピードを速めてコーヒーをカップに注ぐ作業を次から次へとこなしていった。
このペースはらノルマ達成も不可能ではないかもしれない。そう思えるほどの速さと二人のコンビネーションの良さを感じた。二人が身を粉にして奮闘しているのに、俺もグズグズしてるわけにもいかないため、二人に一つ提案をした。
「ノルマ達成は余裕だろう。だがこのままじゃ、お前らに反動が来ちまう。だから提案したい」
そう言うと二人は何も言わずに黙々と作業を続けた。しかし、微かに顔が上下に振れたのを見逃さなかった俺は、それを肯定のサインとして受け取り言葉を続けることにした。
「売上総数が100を越えたら一度休憩しよう。あと20程度だ。そして視察して効率化を図るべきだと思うが」
二人はなおも手を動かしながら微かに頷いた。それは先程よりも、はるかに力強いもので俺も頷きで返す。そして俺は出店から出て、売上総数が100になるところに向かい、後続の客に一度分散するよう促す。俺に出来るのはこのぐらいしかないのだ。せめて足でまといにはならないように動かねば。
太陽の容赦ない直射日光と列を作っていた客らの批判的な声を聞きながら、自らの仕事を全うすることにした。
「あー! 疲れたよー!」
疲れた人が出す大きさではないボリュームで、腕をぐーんと上に伸ばしながら、自らの疲労具合をアピールする高畑。腕が震えているため、それは真実であるということを知らされる。
その高畑とは対照的に、冷静沈着な様子で姿勢よく佇む登大路。こいつは無尽蔵かと思ってしまいそうになるが、彼女も腕が震え、息もあがったままであり一番の功労者であることを認識する。
「では視察に……行きましょう……」
そう言いながら一歩を出した登大路の前に立ち塞がる。彼女は当然、なんのつもりかといった様子で俺を見た。そんな彼女に目もくれず、後ろ手に持っていた小さいミルクティーを高畑にぽんと投げる。そして「まあ飲め」と促すと、高畑は礼とともに近くの椅子に腰かけて飲み始めた。
その行動が、言外に「休め」と伝えたのを察したのか、彼女は何も言わずに一歩後ろに退き先程と同じ姿勢に落ち着いた。
「まだ2割5分ね……」
「一時間ちょっとでなら十分だろ」
少し不安そうな反応を示す彼女にそう返すと、少し間を置いて小さく頷いた。
「にわりごぶ……?」
そもそも言葉の意味を理解していない高畑にはもう構わない。今、彼女に関わってしまうと確実に手が出る。いや、手どころか足が出るまである。そうなれば完全に俺が悪者になってしまう。高畑のせいで悪者になるのは屈辱なので勘弁。
「11時から再開するとして、文化祭が終わるのは午後5時。そして俺らの休憩時間が午後2時から3時までの1時間。つまり、あと5時間だ」
「そうね。なら今のペースをもう少し遅くしても構わないわね」
「ああ。二人しか働いてないんだ。そこら辺は察してくれるだろ」
「ええ」
この後について軽く意見を交わす。すると高畑は案の定、ぽけーっとした表情を浮かべながら俺たちを見ていた。
……ほんとに馬鹿だろ。今のはさすがに誰でも分かると思うんですけど。高畑って本当に国宝級馬鹿だな。
「さあ行くわよ」
そんな高畑に構わず呟いて登大路は歩み出した。今度は止めない。止める必要はない。既に目に強い光が宿っているのだから。
「よーし! 食べまくるぞー!」
「いや視察だっつーの……」
高畑は本音を隠すつもりはないと言わんばかりに、堂々とそう宣言して小走りで登大路に続く。その姿勢の使い所を間違っている気がしなくもないが、もはやどうでもいいな。
「早く来なさい」
俺が来ていないのを察したのか、再び戻ってきて、少し苛立ちを見せつつ子を諭すような口調で催促してくるため、軽く謝罪をしてすぐに出店の外へ出る。
「30分でどれだけ視察できるかだな……」
そう言うと登大路は静かに、高畑はいい返事とともに頷きで返してくる。それを合図に俺は登大路に目をやると、彼女はパンフレットをポケットから出して出店の配置図を指し示した。
「ここを起点に、グラウンドを右回りに一周しましょう」
その提案を受け入れて、進行方向へ体を向けて歩みを進める。俺たちにワンテンポ遅れる形で、ついてくる高畑は笑顔を浮かべている。
なんで笑ってんだよ……。
ツッコミをかますのがだるくなり、何も言わずに目の前を向く。耳に届く、人が紡ぐ騒音を鬱陶しく思いながらふと空へ目をやると、青く澄んだ空は雲一つなくてたいようがとても際立っていた。
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