31話 だからこの光は闇を打ち砕くのである。
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「失礼します……」
扉が開いたと同時に弱々しい声が耳に届く。見なくとも声の主は分かるが、歓迎の意味を込めて振り返る。
「来たな」
「うん……」
またしても弱々しい声で返事した高畑は店内をきょろきょろと見渡す。そして怪訝な様子で俺の顔を見上げる。
「みんなは?」
「まだ来てない」
彼女はその答えに納得したのか首を何度か縦に振って更衣室へ向かう。その足取りは力強いものだったように感じた。
彼女が更衣室へ消えたタイミングで店の扉が開き、登大路が店内へやって来た。彼女は珍しく、きょろきょろと落ち着きのない様子で店内を見渡す。やっぱこの二人は相性バッチリだな。行動が一緒じゃん。
「高畑は裏、二人はまだ」
「そ、そう」
高畑って名前出した瞬間、体がビクッとなっていたのを俺は見逃さないぞ。なんだかんだ高畑のことを一番気にかけてるのは貴方じゃないですか。
「素直じゃねえな」
「心当たりがないわ。それにブーメラン刺さってるわよ」
「そんな言葉を登大路が使う日が来るとは……」
登大路からブーメランって言葉が出たことに驚愕しつつ、更衣室へ向かう登大路の後ろ姿を見つめる。彼女の足取りは高畑のものとは対照的に、少し弱々しいように見えて一抹の不安を感じてしまう。
彼女が更衣室に消えたタイミングで今度は菟田野と榛原が扉を開けて店内へ来た。なんで一定のタイミングで来るんですかね? もしかして協力プレイしてるの? ソロプレイヤーじゃねえかよ。
「やほぽ~」
「やほぽ~っす」
だからその挨拶はなんなんですか。流行りについていけません。最近の奴らは本当に変な挨拶とか口癖とか言い回しが多い。日本人が紡いできた言葉を尊重するべきではないだろうか。この若者どもが。
「うっす」
そんな意見を陽キャでギャル、いわば陽ギャル二人組に具申出来るはずもなく小さく挨拶を返すことしか出来ない。
二人はきょろきょろと首を動かして店内を見渡す。あれだろ? 二人を探してるんだろ? 分かるっつーの。てか正直この流れどうでもいいんだよ!
「二人なら更衣室だ」
「り」
「かしこマルクス」
ちょっと待って。次から次に新しいワードが出てきてリアクションとれねえよ。頭が痛いわ。なんだよ『り』とか『かしこマルクス』って。マルクスは科学的社会主義の創始者だろ。絶対分からないで使ってるんだろうな。謝れマルクスさんに。
情報処理に徹する俺を後目に二人も更衣室へ消えていく。なにやら話し声が聞こえてくるが、そんなものは気にせずに俺はオーバーヒート寸前の頭を冷却しようとカップに水を注ぎ一気に飲み干す。うめえ。
なんとかミッションコンプリートしてカウンター席へ座ったと同時に、更衣室の扉が開き登大路が一人で出てきた。
「一人かよ」
「ええ。わざわざ無駄な時間を消費するわけにいかないわ」
こういう場面ではきついこと言うんだな。いや事実だけどね。それ、本人たちに言っちゃダメだよ。
「ところでキメラくん」
「ん?」
「やほぽ~……とは何かしら?」
その発言に思わず咳き込んでしまう。あいつら登大路にも言ったのかよ。こんな友情とかに疎い奴なんか分かるわけねえだろ。
てか登大路の口から『やほぽ~』って出るとは。おもろいな。
「……何を笑ってるのかしら」
「悪い。その挨拶は俺も理解出来ねえんだよ」
「仲間がいて安心したわ。まあ異質同体が仲間というのは多少ばかり癪だけれど」
そう言ってカウンターへ行き用意を進める登大路。
さっすが天下の登大路さんだ。上げて落としてきたかと思えば煽ることも忘れない。用意周到すぎるだろ。あと多少じゃなくて、かなりなんでしょ? もう分かるよ。
「おまたせ」
「おまたせっす」
菟田野と榛原が更衣室から出てきて俺らに声をかける。この陽ギャルどもめ。お前らのせいで心に傷を負ったんだぞ。ビッチめ。
「待ちくたびれ——」
「構わないわ」
登大路が俺を遮り陽ギャルの言葉を否定する。すると二人は笑顔を浮かべ持ち場へ向かっていた。
なるほど。どうやら俺はそもそも会話にすら入らせてもらえていないようだ。……泣くぞ、ほんとに。みんな陰キャに優しくしてくれよ。
てか高畑遅すぎじゃね? 一番に来たはずでしょ? なにしてるんだろうか。
「なあ高畑は?」
「あー、なんかお祈りしてたよ」
お祈り……? なんでや。怪しい宗教にでも引き込まれたのか!? 今すぐ説得しなければ!
俺は高畑の危機を察知し更衣室へまっすぐ走り出す。更衣室はすぐそこなので10秒もしないうちに、部屋の前に到着する。ここで高畑が怪しいことをしてたらダメだ。高畑一家が破綻してしまう! 待ってろ、今助けてやるぞ!
「高畑! 馬鹿なことはやめ——」
勢いよくドアを開けながら高畑に制止の声をかけた時、一時的に時が止まった。否、その光景に目が離せなかったのだ。
俺と目が合った高畑は顔を赤らめて、わなわなと体を震わせながら俺の元へ駆け寄ってきた。そして次の瞬間、バチンという威勢のいい音と衝撃が俺を襲いその場に倒れる。
——ビンタされました。痛いです。
「京のエッチ!」
いや、の〇太さんのエッチって感じで言わないでくれ。あと今のは不可抗力だろ。確認せず入った俺も悪いけど鍵かけとけよ。危険だろ。
「いや見てねえから大丈夫。ピンクのブラジャーとパンツなんか見てねえから」
「見てるじゃんか!」
そう非難された直後、腹部に強い衝撃を受けて壁に吹っ飛ぶ。……蹴るな、腹を。見てねえって言ってんのに蹴るんじゃねえよ。
さっさと着替えを済ませた高畑は俺を見下ろして頬を膨らませた。
「もう先行くからね!」
ご機嫌ななめといった様子で高畑が更衣室をあとにする。そしてバンと勢いよくドアを閉めて去っていく足音が聞こえた。
……まじで痛えんだけど。頭がぐわんぐわんと混乱している。目の前にはところどころ星のようなものが見えてチカチカするし、腹は痛えしで最悪ですわ。手加減というものをご存知なのだろうか。
「……はよ行くか」
なんとか両腕を使ってゆっくりと立ち上がった俺は、おぼつかない足取りでなんとか更衣室をあとにして四人の元へ合流する。
登大路は俺が来たことを確認すると、こほんと軽く咳払いをして話を切り出した。
「今日から高畑さんが再度仮入部することになったわ。五人になった分、回しやすくはなったけれど各々気を抜かず頑張りましょう」
その言葉に俺たちは頷いて改めて持ち場へついた。最初こそ客はなかなか来なかったが、時間が経つにつれてどんどん客は増えてくる。
「注文お願いします」
「すみませーん」
「注文よろしいですかー」
至る所から聞こえる声に俺と高畑は忙しなく店内を歩き回る。そして調理組に伝えてまた注文をとりに行くという単純作業ではあったが、二人でも疲労は尋常ではなかった。
とはいえ順調に回せてはいて何も問題はない。なんとか調理を出すのも間に合っているし、この調子なら余裕で50人は越せる気がする。
現時点で30人ちょっと。閉店までは1時間30分。……このペースなら余裕だな。和尚に勝てる。高畑も部活も救えるぞ。
「すいません」
考えごとをしている内に客の呼ぶ声が耳に届いたため、頭を左右にぶんぶんと振ってその声の方へ俺は小走りで向かった。
「お疲れ様でした」
登大路の労いの言葉に俺たちも互いに労いをかけ合う。俺ははぁはぁと息を切らしているのに、高畑はピンピンとしていた。まあ奈良公園行った時もこんなだったけどさ。
「今日の来店者数は……」
続けて、登大路が客数を発表しようと手元の紙を見つめて言葉を発する。
その言葉が聞こえた時、全員で一斉に唾を飲み登大路の発表を待つ。登大路は鋭い目付きで紙を見つめ続ける。
うん、早く言ってくれないかな? この時間が一番きついのよ。この時間1秒につき、寿命が1時間縮みそうなんですよ。このままじゃ死んじゃいます。助けて。
「53人です」
その数を聞いて三人が声を上げ、飛び跳ね喜ぶ。俺も喜びたいのだが、体力が限界であったため静かに拍手をする。登大路も少し微笑んで、俺たちに頭を下げた。その光景に、馬鹿みたいに喜んでいた陽ギャルも俺も唖然として見つめる。
「あなた達の協力がなければ廃部になっていたわ」
なおも頭を下げたまま話す彼女に、陽ギャル達が頭を上げるように指摘するが登大路は依然上げずに、再び口を開いた。
「そして高畑さん、戻ってきてくれてありがとう」
高畑は面食らったような表情を浮かべて登大路を見つめたが、すぐに笑顔に表情を変えて登大路の頭を上げさせた。
「まだ正式じゃないけどね……。でもでも、役に立てて嬉しいよ!」
二人が頷きあったのを確認して、俺は家に帰ろうと扉の方へ向き足を出した瞬間に羽交い締めにされて引きずり戻された。
「もうちょい話そうよ。えっと……キメラ?」
いや違う違う。紀寺です。それは登大路さんが勝手に命名した奴です。本当にやめてくださいね。それ結構傷つきますんで。
「いや紀寺——」
「よーし! キメラ! 話すぞ~」
有無を言わさず俺をキメラ呼ばわりする菟田野。相変わらず羽交い締めは解いてくれない。
ほんとに陽ギャルは嫌いだわ。人の話を聞けよな。この馬鹿ビッチがよ。
不機嫌さを隠しきれずに表情に出たのを察しつつ窓の向こうを眺めると、雲ひとつない夜空に月が鮮やかに煌めいているのが見えて少し口元が緩んでしまった。
——ま、たまにはいいか。
そう決意して俺は諦めモードに入ったのだった。
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