30話 だから花弁は再び舞うのである。
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閉店時間を迎え客もギャル二人もいなくなり、先程でのガヤガヤとした雰囲気は何処へやら、雨の降る音のみが店内に響いていた。
「登大路ちょっといいか」
「ええ」
登大路がそう返事したのを受けて、俺はカウンター席へかける。登大路も器具を拭いていた手を止めて俺の目を見つめた。
……今から話すことは万人受けしないだろう。特に登大路には。彼女は芯があり実直な性格だ。卑怯な手や都合のいい方法は嫌うタイプである。
だがそんなのは関係ない。表面に出さなければいいだけだ。ふう、と軽く短い息をついて口を開く。
「今後の方針について話したい」
彼女は何も言わず頷く。もう一度、先程よりも長く息をつき唾を飲み込む。彼女の動じない瞳が俺の恐怖感を煽ってくる。だがしかし、そこまで口に出した以上もう後戻りは出来ない。なんとかして勝たねばこのカフェの未来は絶たれてしまう。
「先ず……純粋な来店者数だが、あいつらのおかげで50人以上は容易いだろう。今日で20人近く来てたんだ。SNSで拡散するよう二人も頼んでくれたわけだし。そうなると問題点が浮上してくるわけだが——」
「人手かしら?」
「そ」
やはり登大路。察しがよくて助かる。期待を込めた眼差しで見つめ返すが、登大路は首を縦には振らなかった。むしろ、止めていた手を動かし始めてしまう。
「あの子が向いているとは思えないわ」
「確かに一理あるがチャンスは与えてやってもいいと思うぞ」
「何が言いたいのかしら?」
登大路は鋭い視線を俺に向け、真意を問いかけてくる。ごうごうと風が音を立てて吹き、バンバンと窓の音が鳴り響く店内で、その視線はより一層の恐怖と焦燥を呼び起こす。
とはいえ言わねば始まるまい。軽く息を吸ってから俺も登大路を鋭い目付きで見返す。
「契約付きでもっかい仮入部させてやってほしい」
「……説明を」
よし食いついた。こっからは俺のプレゼン能力で高畑の魅力、このカフェに齎されるメリットを伝えるしかない。
「人手問題の解消には一人加われば十分。だがコミュニケーションを上手くとれなければ、円滑に業務をこなすことは困難だ」
「……そこで両者を満たす高畑さんね」
「その通り。で契約っていうのは、高畑がこのカフェで働く俺らより貢献すること。そして登大路が再テストを最終日に実施することだ」
登大路は顎に指を添えて思案し始める。
やはりこれじゃ即決とはいかないようだ。案ずるな、紀寺京。まだスパイスは残してある。そのスパイスを上手く加えることが出来れば、勝機は自ずとやってくるはずだ。
「それは少し卑怯では?」
目線だけを動かして放たれたその言葉は、痛いところを突いていたため少し黙ってしまう。彼女は何も間違っちゃいない。確かにこれは卑怯なやり方に変わりないのだ。働くだけ働かして、高畑の望む対価を払う保証は一切しないのだから。
「……需要に供給が追いついていないからな」
なんとか言葉を捻り出す。とにかく反論しなければ全て終わりを迎えてしまう。なんとしてもそれは避けたい。
登大路はまだ不満といった様子で顎から指を離さず、目線も上げず思案に浸る。
「卑怯かもしれんが齎されるメリットはある」
そう話を切り出すと彼女は頭を上げて、顎から指を離して強い眼差しでこちらの様子を伺う。
これは彼女なりの合図……と受け取って問題ないな。よし、ここで一気に畳みかけて高畑とカフェを救ってやる。
「さっきも言ったが円滑に業務をこなすことが可能だ。それは俺らと菟田野、榛原の中継点となってくれるからこそだ。加えて高畑の交友関係の広さ、SNSを活用すれば売上の増加を見込める」
「なるほど……。多少、卑怯ではあるけれど受けるわ」
登大路はそう言って強い眼差しを俺に再び向けた。そして手を動かし始めるが、その瞳は何故か弱々しいような、でも強く光が宿っているような不思議なものだった。
その瞳に込められた真意を読み取ることは、俺には到底出来ないような気がして静かに外の景色を眺めることに徹した。
大荒れだった天気はいつ間にか穏やかになっており、雲の隙間からはうっすらと三日月が覗いていた。
部活を終えて帰宅した俺は今、着替えずにベッドの上に転がっている。あの作戦を高畑に伝えようとしているのだが、なかなか勇気が出ずあと一歩が踏み出せない。きっと俺も自分で分かっていないのだろう。これが正解か間違いか。正解ならそのままで、間違いなら訂正を行えるが、その間はどっちも不可能なのだ。いや、どっちか分からないから行動を起こせないのか。
拙い脳みそをフル回転して答えを出そうとしても、結局そんな綺麗なもんは出てこない。もしかしたら本当は答えなんてなくて、登大路に受け入れてもらうことで正解にしようとしたのかもしれない。本当に俺は傲慢で無神経で残酷だ。
……でも、それでも方法があるならやってみるしかない。
——たとえ間違えても何回でも救い出す。
高畑はそう誓ってくれたんだ。だったら俺は間違えても助けてやる。たとえそれが褒められたものでなくても。
「よし」
深呼吸をしてLINKアプリを開き、高畑にメッセージを入力し送信する。一分もしないうちに返事が来てそれを確認する。
『声聞かせて』
ため息とはまた違う長い息を吐き、発信と記されている赤いボタンをタップする。
プルルルと鳴ってすぐに彼女は電話に応じた。
「もしも——」
『やほぽ~!』
相変わらずの声の大きさに思わずスマホを耳から遠ざけてしまう。まじで鼓膜破れたかと思ったわ。夜だっつーの。近所迷惑とかそういう概念ないんですかね? てか挨拶がグレードアップしてるし。
「うるせえよ」
『ごめ~ん。で、どったの?』
普段と何ら変わりない声色で用件を尋ねてくるが、正直耳がジンジンと痛んでそれどころじゃない。だが俺から連絡した手前、待たせることは出来ないため意を決して口を開く。
「部活の件なんだけどよ……」
『……うん』
先程とは一転、暗めの冴えない声色で返事する彼女に若干、気が引けつつ先の作戦についての説明と同意を求める。
「来客者数は安心なんだが、人手が足りなくてな。高畑に手伝って欲しいんだ。俺たち四人と交流があって学校でもそれなりの地位を確立してるお前なら、かなり助けになってくれると思うんだが……」
『でも綾乃っちに怒られたし、あたしもいいかなーって』
「……それは本心なのか?」
そう尋ねると高畑は何も返してこない。部屋には俺が唾を飲み込む音のみが響いていて、その音がより不安を煽っている。
彼女から何も返ってこないが、静かに待つことに徹する。彼女もいろいろあるに違いない。
「な、何言ってんの! 本心だよ! なんなら将来を考えてるっていうか……」
「……本心じゃないんだな」
「本心だって……言ってるじゃん」
「本心なら泣かねえだろ」
ぐすっと、スマホの向こうから彼女のすすり泣く声が聞こえてくる。そしてその声に俺は安心する。彼女にはまだ気持ちがあることを知れたのだから。気持ちがない奴は泣くことなんてしないのだ。
「ここからが本題だ」
『……』
「条件付きで一時的に仮入部しないか?」
『……え?』
彼女にとって予想外だったのか、いつもより間抜けな声を出して返事を寄越した。まあ予想外だよな、普通は。
「正式入部に関しては保証出来ないが、頑張り次第では再検討するらしいが……」
『……る』
「あ?」
『やる! このまま後悔したくないし!』
意外とすんなり決まってしまったことに驚愕しつつ、彼女の気持ちを再確認出来たことに素直に喜びを覚える。
「明日から来てくれるか?」
『分かった! じゃ寝るね! おやすみ!』
それを合図にぷつっと電話が切れる。全く単純な奴だ。まあだからこそほっとけねえんだけどな。
さて高畑の件は片付いたとして、次は俺が暗躍する番だ。これを邪魔されるわけにはいかねえ。だから先に潰す。
「表面に出す気はない。でも出た時は俺だけが悪者で済むように、かつ確実に部活を存続させるために——」
そう呟いて俺は一之瀬高校の裏サイトにログインし、とあることを書き込んでスマホの画面を消し瞼を閉じる。
明日からは起死回生だ。文化祭前日までおよそ二週間、チェックメイト。俺たちの勝ちだ。
俺は心の中でそう呟いて軽く笑みを浮かべて意識を闇の中へ落としていくのだった。
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