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29話 だからその街は雨の香りが漂い始めるのである。

 読んでいただきありがとうございます!

「ちーっす。よろしくー」

「よろしくっす」


 いかにも陽キャのような軽い挨拶をこちらに寄越す菟田野と榛原。登大路が挨拶を返した後に、俺も軽く会釈をしてそれに応じた。


「高畑はー?」

「それ思ったっす」


 菟田野が当然ともいえる疑問を俺達に投げかける。その答えを俺達は確かに分かっているのに、俺と登大路は言葉に詰まってしまう。だがそれを察されると後々めんどくさい。とはいえ欺くことも間違いだ。どうしたものか……。


「退部したわ」


 もはや諦めた様子で登大路が答えた。二人は状況を飲み込めないといった様子で、ぱちぱちと二、三度瞬きをした。

 まあ正直に言うのが吉か……。隠していても仕方がない。高畑という中継点が存在しない今、この二人が働く理由はないため、どうにか二人でノルマを達成せねばならないが……。

 次の策に思考を巡らせていると二人は徐に口を開き答えを寄越した。その答えは俺達には予想外かつ驚愕のものだった。


「そっかー。じゃあ四人で頑張るしかないね~」

「それしかないっす」

「「へ?」」


 思わず登大路とシンクロしてしまう。あまりにも彼女らの答えが善人すぎて間抜けな声が漏れてしまったが、今はそんなこと気にする場合じゃない。


「あなた達に依頼した本人がいないのよ? あなた達が働く理由もメリットも一切ないと思うのだけれど——」

「でもさー、受けたのはあたしらの意思だし」

「仕方ないっす」


 登大路の至極当然な疑問を退け淡々と話す。いやはや驚いたな。どうやら彼女らにも責任能力はあったらしい。


「では……よろしくお願いするわ」


 登大路が頭を下げたのを見て、つい俺も軽く頭を下げる。二人はやる気満々な様子で早速指示を仰ぐ。登大路が指示を出したのを確認して、俺も自分の作業をするべく店を後にする。


「待ってろ」


 ぼそりと呟き一度深呼吸してから走り出す。つくづく俺って損な役割ばっかだ。……でも俺にしか出来ないならやるしかねえよな。






 ガラガラと扉を勢いよく開けて教室へ入る。中央ら辺の席には、見覚えのある少女が机に突っ伏した状態で座っていた。俺は黙ってその席に近付き、肩を軽くトントンと叩くと少女はゆっくりと顔を上げた。


「部活はどうしたの……?」

「俺の担当はポスターを掲示することだ」


 それを聞いた彼女は軽く笑って立ち上がり、俺の両手を握った。


「頑張ってね」


 そう俺を激励して俺の横を通って教室を出ようとする。またしても何も言えず何も出来ずで情けない。でも今ここで引き止めなかったら俺は……。

 そう思った直後、高畑は振り返って俺の瞳を見つめた。どうしたのか不思議に思って、ふと俺の伸びた左腕に目をやると、俺の左腕が高畑の右腕を確かに掴んでいた。


「京……?」

「えっと、その、量が多いから手伝ってくれ……!」


 嘘だ。本当は二枚しかない。咄嗟に出たその嘘に、高畑は何も言わずただ静かに頷く。俺はひとまず左腕を離して、カバンからポスターを二枚取り出して片方を高畑に渡した。

 互いに何も言わず、気まずい空気を感じたまま教室を後にして掲示板へと向かう。

 俺は気の利いた台詞なんて何一つ言えない。だから今は高畑に話しかけるべきではないと思う。とにかく機会を伺って話を切り出すべきなのだ。


「凪っちと夏渚っち……来た?」


 静かにかつ徐にぽつりと呟かれた質問に、俺はあくまでも平静を装って普段と変わらない口調で答える。


「来たけど怖い。金髪と銀髪だし」

「でもいい子たちだよ」

「みたいだな」


 遠くに見える掲示板に目を向けながら、高畑から投げられる言葉に返す。それ以降、互いに無言を貫いて歩みを進める。

 あーほんとに気まずい。雰囲気が重すぎて息が苦しくなってきた気がする。気の所為だと脳が理解していてるのに、酸素がうまく体内を回らない。そんな錯覚に陥りながら、コツコツと廊下に響く二つの足音に耳を澄ませていた。


「よしやるか」


 掲示板の前に立ってポスターを壁に押し当てる。そして持ホームセンターで500円で購入した画鋲をケースから取り出して掲示する。そして画鋲を高畑に渡してその場に座り込む。一枚とはいえ面倒だったことに変わりはないな。

 文句を垂れ流している俺とは裏腹に、黙々とポスターを画鋲で固定する高畑。その横顔は確かに仮入部期間に見せていた表情だった。


「綾乃っち、怒ってたね」


 ぼそりと吐かれたその台詞に少し時間を置いて返事する。怒ってた……かどうかは正直なところ微妙である。あの女は普段は、傲慢で冷酷で絶対王政に違いないが、あの時はそんなものじゃなかった。


「そうは見えんがな」

「あたしが教えてもらったことを吸収できてなかったからかなあ」

「さあな」


 高畑の呟きに等しい問いかけに、俺はあえて答えない。答えは自分で探し出すものだ。人に求めて納得してしまうのは欺瞞である。


「はあ……どうしよっかなあ」

「というと?」

「将来の夢……諦めた方がいいのかなって」


 彼女が若干笑いながら放ったその言葉に、俺は深く息をついて立ち上がる。そして窓の外を眺めながらそれを肯定してやった。


「その方が身のためだな」

「やっぱ才能ないもんね」

「……」


 そういうことじゃねえ。気付いてくれ、俺の言いたいことに。これは俺と登大路の伝えたいことなんだよ。でも、俺が直接口にしても安っぽく聞こてしまうだけだろう。だから……気付いてくれ。


「神様って悪趣味だね」

「神は人間の敵でも味方でもねえし当然だろ」

「綾乃っちは持つべくして持ったんだろうなあ」


 自然かつ妬ましそうな言い方に俺は少し苛立ちを覚えた。これじゃ彼女は何をやっても上手くいかない。俺は彼女にとって痛いであろう部分を少しつついてやった。


「お前何しても途中で諦めるタイプだろ」


 彼女は驚いたような表情で俺を見上げて頷く。すかさず俺は少しキツい言葉で続けた。


「途中で失敗したり挫折して、仕方ないで済ませて投げ出してちゃ変わらねえぞ」


 そこまで言って俺は礼を述べて踵を翻してその場を後にする。コツコツと廊下に響く一つの足音が何故か切なくて俺は複雑な気持ちに苛まれた。






「お疲れ……ってなんだこれ!」


 三人への労いをかけた時、返事がなかったことに違和感を感じ店内全体に目を向けると俺は思わず唖然としてしまう。

 というのも常に静寂に包まれていた店内はガヤガヤとした騒々しい声で満ちていた。カウンターの前でコーヒーを淹れる登大路の元へ行き、状況説明を請う。


「どゆこと」

「二人が友達に紹介してくれたの。それでこんなにも多くのお客さんが……」

「ほう」


 登大路の説明に納得し改めて店内を見渡す。いくらなんでも増えすぎだ。軽く20人は越えてるぞ……。あの二人さすがに強すぎじゃね?


「注文お願いしまーす!」

「キメラくん——」

「わーってる」


 安定の無愛想で返し、お客さんの方へ向かう。声が女だったから嫌な予感がするが、そんな悠長なことは言ってられない。

 いざ注文を伺うとやはり絡まれた。苛立ちを表情に出し声のトーンを下げて再度伺えば、相手も不機嫌な様子で注文を告げた。それを復唱し確認をとった後、登大路と調理組に注文内容を伝える。

 やはり人手が足りない。注文をとるのが俺だけじゃこのカフェを回すことは出来ない。

 もはや高畑と登大路を和解させるしか打開策はないだろう。だが難易度が高すぎる。二人の間に出来てしまった壁を壊すことは不可能に近い。仲が良かったからこそ一度生じた亀裂はそう簡単に戻らない。

 本当に友情というものは、面倒で汚くて儚くて脆い。

 打開の方法に頭を抱え、深いため息をついて窓越しに空を望むと先程まで空を覆っていた雲は、いつの間にか黒く変わっていて今にも雨が降り出しそうだった。

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 流れを変えようと奮闘する京に、別の敵が襲いかかるかも……!?

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