27話 だからその花は香り続けるのである。
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ジューとなにかが焼ける音と甘い匂いがこの店内を支配していた。座った状態で体をのばしてパソコンから目を離し、ふと奥のキッチンへ目を向けると登大路がパンケーキを焼いていた。
ちょうど焼きあがったようでパンケーキを皿に盛りつけ始める。手際よく二枚のパンケーキを並べ、バターを乗せ、メイプルシロップをたらりとかけ、クリームといちごを縁に添えた。
そしてそれを両手に持ちキッチンから出てくる。一瞬、目が合った時に睨まれたのは気の所為です。そらを俺の前に静かに置き、登大路はまたキッチンへ戻っていった。多分だけど食えってことだよな。だってフォークとナイフがあるもんね。
俺はナイフとフォークを手に取り、パンケーキを口に運ぶ。普通にうめえ。これ店で出せるレベルだぞ。あ、店で出すんだった。
「合格」
「その言い方は腹立たしいけれど、お礼はしておくわ。どうもありがとう」
登大路は肝心なお礼の部分を目を逸らした状態で口にした。どんだけ俺のこと嫌いなんだよ。てか対人においては最低限のマナーだろ。……接したこと少ないから分からんけど。
「てか臨時休業する必要あったか? たいして客来ねえのに」
「馬鹿ね。お客さんが来たら気が散るでしょ? 高畑さんも今日は来ていないのだし」
確かに高畑がいないのは痛いので休みにして正解だな。登大路に正論を投げつけられたのは屈辱だが。
というか高畑は何処に行ったのだろうか。普段なら登大路に怒られてばかりなのに。
「高畑は?」
「友達に情報を広めてくれているわ。それと例の二人に改めて確認を」
「なるへそ」
意外とまともに仕事してたんだな……。すまん高畑。勝手にお前には仕事向いていないと思って。これからはバンバン仕事押し付けるから許してくれ。
登大路がまた調理し始めたのを確認し、俺も自分の作業に専念することにした。といっても俺の作業はポスターを制作することだから二人に比べたらマシだ。
登大路が用意したパンケーキをまた口に運び、俺はパソコンに向き直りキーボードとマウスに手をやった。
「たっだいまー!」
陽気で威勢のいい声とともに扉が開く。犯人は誰か分かっているので相手にせず作業を進める。すると返事がなかったのが不満だったのか、俺の背中を思い切り叩く。そして耳元に気配を感じた次の瞬間——
「たっだいまー!」
「うるせえよ! 分かってるわ!」
爆音が俺の左耳を襲ったのだ。痛すぎて思わず高畑を睨みつける。高畑は、ふふんと鼻を鳴らしてドヤ顔を浮かべ腕を組んで俺を見下ろした。
「無視するからじゃん! ざまあみろだし!」
「報復のレベルがおかしいんだよ!」
「あーあー、聞こえない聞こえない」
耳を両手で塞ぎ天井を見上げる高畑。あ、ダメだ。イライラしすぎてドリフの音楽と一緒に爆発しそう。
「知ってるか? 会話中に都合よく話を捻じ曲げたり、意図的に相手を怒らせると逮捕されるんだぞ」
「え!? 本当に!?」
「んなわけあるか。ばーか」
逆にドヤ顔で見上げてやると、高畑は悔しそうに下唇を噛む。そして、ぷいっと顔を背けて奥のキッチンへ消えていった。はい俺の圧勝。やっぱ陰キャの機転の良さを舐めちゃダメだよなー。
二人の会話が聞こえてきたところで俺はまた作業を再開する。全く、高畑のせいで無駄な時間と労力とカロリーを消費した。特にカロリー。これはもう明日ガリガリに痩せてるわ。これぞホントのガリ〇リ君ってね。……すいません。
作業に集中するためにカバンからスマホとイヤホンを取り出して耳に装着する。そして事前に作成していたリストをタップし、流れ始めた音楽を小さく口ずさみながら俺は作業を再開した。
「何聴いてんの?」
と思ったらこれだよ。すぐ邪魔しに来るんだからこの子は。まじで害悪だわ。格闘ゲーのネット対戦で切断してくる奴と同じくらいに。
またイライラしてきた俺は、高畑の方を見ずに無愛想に小さく返す。
「アニソンだよ」
「聞かせて!」
そう言うと高畑は隣の席に座り、俺の返事を待たずに右耳のイヤホンを外し自分に装着した。ちらっと横目で見ると、高畑はパソコンの画面を眺めながら頭を小さく左右に揺らしていた。
ったく。邪魔だっつの。
そう思ったが口には出さず作業を再開する。まじで調子狂うわ。ってか集中出来ねえ。右腕に柔いものが当たってる気がするけど気の所為だよね。そうだよね!
「この歌知ってる!」
「タイトルは?」
「知らない!」
「なんやそれ」
そうツッコミをいれると、高畑は何故かツボにハマって大爆笑する。やはりこの子は不思議ちゃんだ。まあいい。俺はもう少し柔らかな感触を楽しませてもらうからな。
気の所為じゃないことを悟り、開き直って楽しんでいると登大路が高畑の目の前に皿を差し出した。なにかと思って横目で見ると、それはサンドイッチだった。
「美味しそ~! 写真撮っていい?」
「構わないわ。左から順に、たまごサンド、フルーツサンド、ベーコンレタスサンドよ」
「よく出来てんな」
高畑がスマホで写真を撮り終えたのを確認して俺はたまごサンドに手を伸ばす。そして一口かじると高畑が横でギャーギャー喚き始めた。
「それあたしが食べたかったんだけど!」
「食ったもん勝ちだろ」
そう言って口を動かし続ける俺を高畑はポカポカと叩いてくる。地味に痛いんですよねえ、これ。
「キメラくん、ポスターはどうかしら?」
「一応終わったぞ。確認を頼もうとしていたところだ」
パソコンの画面を登大路の方へ向けると、彼女は顎に手を添えて何かを考え始めた。そして何か閃いたかのように軽く頷き、画面を指でさした。
「キャッチコピーをもう少し短くして欲しいわ。それと写真を一枚増やして。後は少しずつ調整していきましょう」
「ん」
的確な指示を出す登大路に感謝しつつ調整に入る。なんだかんだ頼りになるんだよなぁ。流石、天下の登大路さんだ。
「京ってパソコン使えるんだね!」
「まあな。自作ゲームも作ってたし」
「「え……」」
二人は驚いたような顔で俺を見つめる。そんな見られたら流石に照れるんですけど。ゲーム作れるってたいしたことない気がするが……。
「てか俺は集中したいからまじで少し静かにしといてくれないか」
「ええ。ごめんなさい」
「見てていい?」
俺は無言を貫いて調整を続ける。だって拒否権ないもん。拒否したところで結局見てるつもりだろうし、喋らない方がマシってわけ。
やっと静かになったため、イヤホンから流れる音楽を口ずさんでマウスを操作していると隣から前髪へ手が伸びてくる。何事かと思い顔を向けると高畑が、へへへとはにかんでいた。
「ゴミついてたよ」
「お、おう」
ゴミを取ってくれたことはありがたいが、何故か顔が熱を帯びる。風邪? この時期に風邪? ちょっと早くないですか? 勘弁してください。
高畑が『続けて』と言うため俺は黙ってパソコンに向き直って手を動かす。登大路の指摘を意識しつつ少しアレンジを加える。キャッチコピーを短く、写真は……。どうしようか……。
画像フォルダをスクロールして探していると、一枚の画像が目に留まった。その画像を俺は躊躇うことなくポスターに張り付ける。そして全体のバランス調整をしていると、隣からすぅすぅと寝息が聞こえてくる。直後、肩に重みを感じた。正直、鬱陶しかったが面倒なため黙って作業を進める。
別に寝かせてやろうとかそんなんじゃない。ただ面倒なだけ。勘違いすんじゃねえぞ。
「あやのっち……。みやこぉ……」
寝言で俺と登大路の名前呼ぶとか、夢の中でも仲良くしたいのかよ。やれやれ陽キャはこれだから面倒で鬱陶しいんだ。余計なお節介かきやがって。
……でもまあ。一言だけなら労ってやってもいいか。今日は頑張ってくれたみたいだし。
「お疲れさん」
静かにそう呟くとそれに返事するかのように高畑が小さく唸り声をあげる。うなされてないか少し心配になったのは気の所為。
静かに店内にやってきた風とともに花の香りが俺の鼻をくすぐった。そしてその香りは永遠に嗅いでいたいような、でも少し儚いようなそんな匂いだった。
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