2話 これが登大路綾乃との出会いだ。
その景色を見て脊髄反射レベルで感じた。
思ってたのと違うと——。
どうせ物が散乱し壁や床には傷だらけ。そんな部屋だろうと思っていた。
だが違った。物は綺麗に整えられ、壁や床には傷一つなく、そこらの教室より手入れが行き届いている。
なにより、その部屋の中央の机に向かって座る美女。その美女は茅色、いや亜麻色のような色をした長い髪に整った眉、長いまつ毛、外国の人も顔負けの美しく澄んだ黄緑の大きな瞳、しっかり筋の通った鼻、少しぷくっとしている柔らかそうな赤い唇に、モデルのようなスラッとした体型を兼ね備えている。
その光景に俺は目を奪われた。どのくらいかと言うと、十津川の玉置山から見る初日の出くらい。分からなかったら検索してほしい。
その光景にしばらく目を奪われていると、俺達の存在に気づいた美女と目が合う。その瞳がキッと細くなり俺を睨んだ。
「……何見てるのよ。変態」
おい待て。その言葉はやめろ。普通に傷つくから。
というか、初対面の男への第一声が罵倒とはかなり傲慢な女子と見受けられる。
この一瞬で分かったのは、ぼっち生活16年で培ったスキル「観察眼」が役に立ったからだ。やべ、変なこと言ったら自分で鳥肌たってきた。
「おいおい。初対面の男を変態呼ばわりするとはこれはこれは凄い女性だな」
「あら、凄いだなんて。お褒めの言葉光栄だわ。変態さん」
くっ、不覚だ。軽く煽ってやるつもりだったが、逆に煽られる結果となった。
どうにかギャフンと言わせたいが深刻なまでの素材不足だ。RPGだと初期装備すら造ることが出来ないほどに。どうするべきか。
と素材を探していると、ふと奴の顔が脳裏に引っかかる。この容姿、傲慢な態度、毒舌……どこかで見たような気が。
次の瞬間、俺は勝利を確信した。心の中で魔王の如く笑う。
初期装備すら造ることが出来なかったのに、探索1回で強武器素材を発見出来たのだ。戦果としては十分すぎる。
「煽りをお褒めと捉えるとは流石、天才美人の登大路さんだな。常人には理解し難い矜恃をお持ちで」
思わず嘲笑が漏れてしまう。脳裏の違和感はこれだ。思い出した。
こいつは勉学、運動、容姿、その他諸々において天才と謳われている「登大路綾乃」だ。入学してから今まで常に高校で成績トップを誇っている。
要はこいつのようにトップに立つ者ほど有象無象の学生に比べてプライドが高く脆い傾向にある。
つまり「天才」という強みは奴にしてみればある種の弱点だと推測できる。
余裕の笑みを浮かべて俺は奴を見下ろしてやると奴は顔を顰めて、俺を一瞬睨んだ後、手元の本に目を向けた。
なんで無視すんだよ。ちょっと傷つくんだけど。無視って暴力よりも暴力的なんだよ? てか読んでる本が独特すぎる。「トリの気持ち」て。
俺達に険悪な雰囲気が漂っているのを察したのか、古市先生がため息を短くついて口を開き大股で奴に近寄る。
「まあ落ち着け登大路。初対面なのに失礼だろ。紀寺もいちいち噛み付くな」
噛み付くのが普通では? という疑問を隠せない。急に変態呼ばわりされたのだから。ここで折れたら男の名折れだ。言い返せなかったら負ける。
「……はい」
そんな反論出来るはずもなく、渋々小さく返事をする。秒で負けました。所謂、秒殺である。
はいはい、どうせ俺は小心者ですよ。しかし、1つ言わせてほしい。馬鹿にするのはお門違いなのだ。
というのもぼっち生活を極めた人は小心者が大前提。しかも俺ほどのぼっちは多くない。むしろ少ないと思う。つまり俺クラスのぼっち、小心者は希少価値が高いのである。
まあ本音を言うとするなら——もう少し優しくして。
俺があれやこれや考えていると奴は俺の顔をちらっと見て軽く睨み先生に反論した。
「初対面とはいえ、低俗な輩の下衆な視線を受ければ誰だって軽蔑します」
こいつマジで容赦ねえな。まあ低俗は認めて構わない。青春を謳歌するリア充や陽キャに対して不幸を願っているのだから。
でも、下衆な視線に関しては認めるわけにはいかない。自分の姿を鏡で見てから言っていただきたい。向けられるほど立派なものないでしょって話だ。天保山二つじゃねえか。
小心者なりの抵抗として奴を鋭い目付きで睨んだが、俺の事は眼中に無いといった様子で、先生を見つめている。
ここはもう先生に助けてもらおう——そう決めた俺は、奴に対抗するように期待を込めた眼差しを先生に向ける。
「……」
ちょっと。なぜ黙るんですか。そこは否定するとこでしょ……。少しは擁護してくれてもいいのではないだろうか。やはり学校というフィールドは冷たい人間ばっかだ。
先生は俺の方を一瞬見たが、目が合うと気まずそうに素早く目線を逸らした。
はい確信犯。何気に確信犯が1番タチが悪いと俺は考えている。全くこれだから学校は嫌なんだよ。
すっかり俺は不貞腐れ、口論するのも疲れるので帰ろうと回れ右をすると古市先生が声をかけてきやがった。
「待て。用事は済んでいない。そこにかけろ」
……なんでもっと早く切り出さなかったんだよ。そう思いつつも断るのは怖いので渋々俺は教室に入って席にかけた。これはもはやパワハラですよ。訴えてやろうか。
天気はいつの間にか曇りとなっていて、夕日の赤もこの教室に届いていなかった。