25話 だから招かれざる客は誘われたのである。 2
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彼のその言葉に俺達は言葉を失ってしまった。その一言は到底予想出来るものじゃなかったのだ。だが答えはハッキリしている。彼に今従ってしまえばそれで俺達は……この店は終わってしまうということ。
正直、登大路と高畑は嫌いだし信用していない。だからといって居場所を奪わせるわけにはいかないし、なにより先生の野望を叶える必要がある。だから……。
——この店を守る。
そう強く心に決めて和尚に反抗することを誓った。そして誓ったからこそ和尚に聞き返してやる。
「もう一度言え」
「それが人にものを頼む態度なのかい? まあいいけどね。まあ土地を譲って欲しいのさ。ここのね。もちろん相当の金額は払わせてもらうつもりさ」
抗ってみせよ、と言わんばかりの傲慢な態度に少し既視感を覚えつつ和尚を睨みつける。彼はこの態度が想定外だったのか瞳をぱちくりさせ、驚いた表情を見せた。
ふっ、こいつは賢いがアホだ。
こいつは俺達が有志で参加しているが故に本気じゃないと読んでいる。ならばと金を積みここから退去させようと目論んでいるのだ。そうすれば彼は土地が、俺達は金と辞める理由が手に入る。己が損をしない程度に相手に有利な条件を持ちかけて、ビジネスの成功確率を高めたようだ。
だが先程も言ったがこいつは馬鹿だ。そもそもの読みを間違えてやがる。故にこの話は受けてやらない。でも一つ気になる。金額っていくらなんだろうか。
「で、いくら積んでくれんの?」
「ちょ、京——」
「聞くだけだ」
和尚は俺の言葉を受けて顎に手を添えると静かに考え始めた。そして指をパチンと鳴らし少し口角を上げて俺達を見る。
「少なくとも300万は出そう」
「いらない!」
俺が反論しようと考えていると高畑がそれより早く和尚を睨んだ。瞳を潤ませるその表情はいつかのあの出来事を彷彿とさせた。俺は高畑に任せようと登大路の横に移動し一応声をかけておく。小声で安否を尋ねたが特に問題はなさそうだったので、固唾を呑んで和尚と高畑を見守る。
「どうしてだい? 300万なんて普通は高校生じゃ手に入らない。これは幸運だと思うんだけど——」
「300万なんかで……あたし達は絶対に出ていかない!」
「じゃあ望みのままに——」
「金額の問題じゃないの! 1000万、1億積まれたって出ていかない! 大金なんかで失くなるほど軽くないの!」
二人が何も言わなくなり、しばしの間沈黙がこの空間を支配するが和尚がため息をつき、窓の向こうの街灯へ目線を移した。
「この土地は非常に素晴らしい。交通の利便性も文句ない。だからここにホテル兼オフィスの役目を担うビルを建て、奈良の発展を行う必要があるんだ。思い出を壊すのは僕だって心苦しいさ。でもこれは——」
「ビルがそんなに偉いっていうの!? カフェだって発展の手助け出来るじゃん!」
高畑が珍しくヒートアップしていて流石の登大路も少し驚いている。そりゃそうか。あの温厚な高畑があんなに激怒しているんだからな。
だが彼女の言い分に違いはなかった。確かに最近の傾向からして都市の発展にビルは必須といえる。しかしカフェは市民の憩いの場として、方法によっては観光スポットとして活用出来る。そこに人が流入してこれば奈良の発展も可能ではある。
高畑の意見を聞き、和尚は深くため息をついた。そして俺と登大路の方を向き、一つ問いかけをしてくる。
「君達はどうかな? 特に綾乃」
そう優しく微笑んで……いるつもりだろうか。目が笑っていないんだが。まあ質問にはちゃんと答えてやらねばならない。
「俺は登大路の意向に従う」
そう返事して登大路を横目で見る。その視線に気付いたのか彼女も俺をちらっと見た。
「私は……反対するわ」
登大路が静かに、でも店内に響き渡る声で拒絶の意を示した。和尚は不機嫌そうな表情を浮かべて彼女へ話を切り出した。
「それは賢い判断とは言えないと思うよ。だってこれ玄造さん……綾乃のお父上からの依頼だよ? 拒否したらどうなるか分かるよね?」
そう言ってまたしても登大路に目をやると、彼女は瞳孔を開ききった状態で顔を俯かせる。よく分からないが俺には登大路が少し怯えているように見えた。
高畑もそれを感じたのか和尚に怒声を浴びせる。
「脅迫なんて汚いよ!」
「脅迫じゃない……これは事実なんだ」
いや説明になってないだろ。事実を突きつけて首を縦に振らせようとするとか立派な脅迫だろ。頭のネジがぶっ飛んでんじゃねえか。
「和尚……説明になってないぞ」
「五條だ。寺の住職になった覚えはない」
和尚はそう言って睨んでくる。不覚にも少し笑ってしまいそうになる。意外とノリが良いみたいだ。
と今はそんなこと言っている暇はない。なにか策を出さねば……奴も納得するお互いに損のない策を——
「提案!」
高畑が勢いよく挙手しながら俺達に提案を持ちかける。全員黙って待っていると高畑は腕を組んで話始めた。
「文化祭前日までに一度だけでも、一日のお客さんが50人以上にならなかったら土地を渡す……でどうかな?」
「いや待てそれは——」
「いいよ。受けて立とう」
和尚はそれをすんなりと受け入れて俺達を交互に見つめる。そして和尚が登大路に確認をとると彼女は微かに頷いた。登大路が承諾してしまった故に俺も受け入れることになる。
——これはまずい。
高畑と登大路、互いに冷静さを失っている。この提案は完全に俺達が不利だ。そもそも文化祭前日まで一ヶ月もないし客の増加ペースも一日二人程度で到底間に合わない。なにより和尚——奴はどんな手を使って潰しに来てもおかしくない。なんとかそれだけは避けなければ。
「待ってくれ。それじゃこちらが不利すぎる。とりあえず明日に持ち越して全員で意見を交流するべき——」
「綾乃が承諾したんだから覆せないよ」
奴は先程の好印象な様子ではなく、龍のような鋭く威圧的な瞳で俺を睨む。正直、それを言われるともはや打つ手がない。万事休すか……。
「じゃあもう夜だし。僕はこの辺で失礼するよ」
最後に勝ち誇ったような笑みを浮かべて和尚はカフェを後にした。
バタンと扉が閉まる音のみが店内に響き渡った。俺達は互いに何も言わず地を見つめる。否、何も言えないからこそ地を見つめた。各々の抱える思いは到底計り知れないが、なにかが心を蝕んでいたのだと思う。
「今日は帰ろっか」
高畑がぎこちない笑みを浮かべつつ俺達に提案してきた。今ここでなにかアクションを起こしたとして、何も変化が訪れないことは分かりきっている。それにもう辺りは暗くなっていて流石に家に帰る必要がある。
俺達はさっさと更衣室で着替えて店内の電気を消して外へ出る。登大路が鍵を閉めたのを確認して俺達は歩き出した。
「高畑大丈夫なのか?」
「なにが?」
俺の質問の意味を汲み取れなかったらしく高畑は聞き返してくる。なぜか俺はぎこちなく噛み砕いてもう一度尋ねる。
「いや、その手伝い期間だよ。あの、お前が提示した期間内に手伝い期間が終わるだろ」
「大丈夫! ビシバシ働いて綾乃っちに認めてもらうんだから!」
そう意気込んで高畑は空を見上げた。それとは対照的に登大路は地を見つめたままで考え事をしているようだった。
「下ばっか見てたら危ないぞ」
登大路に注意すると軽く微笑み礼を述べた。彼女の微笑もやはり少しぎこちなくて俺は何故か目を合わすことが出来なかった。
俺達は何かを抱えたまま駅まで歩いていく。その足はとても重くて、でも普段より早く進んでいってるような気がした。
夏の夜空に「これで本当に良かったのか?」と心中で尋ねてもただ無言で俺達を空から照らしているだけだった。そしてその輝きは心許なくて街灯やビルの明かりを頼りにすることしか出来なかった。
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この辺りから少しずつ三人の関係に変化が生じていきます……。