23話 だから女は面倒なのである。
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残暑がまだ日本を包む八月後半、外で鳴り響く蝉の声を耳に入れながら俺達はカフェでの業務に勤しんでいた。
というのも先日のあの件以降、客足が少しずつだが増え始めたのだ。……一日に三、四人程度だが。恐らく菟田野と榛原が学校で広めたのだろう。ちっ、余計なことを……。仕事が増えるだけなんだよ。めんどくさい。
「ありがとうございましたー!」
高畑が威勢のいい声で女子二人に礼を述べて直角に等しい角度で頭を下げる。業務を苦とせずテキパキと動く姿は一見、完璧に見えるだろう。だがしかし、こいつは問題ばっか引き起こしている。ある時はコーヒーを客にぶっかけ、ある時はカップを落として割る……等々キリがない。
別に失敗は構わないのだが同じミスを繰り返すことが最近多くなっているのだ。どこか気の緩みが生じているように見える。もちろん、それを登大路が見逃すわけがなくその度に高畑を叱っている。現につい先程も店のトイレの電気をつけっぱなしにしていて怒られていた。
まあ高畑が怒られようが関係ない。客もいないし少し寝ようかな………。
「すいませーん」
奥の方のテーブル席から女子の声が聞こえてくる。寝ようと思ったらこれって。勘弁してくれよ。てか女子の接客とか俺無理なんですけど。
助けを求めて登大路をちらっと見ると俺を睨んでいたので、そそくさと立ち上がり注文を受けに行く。王女様って無慈悲な生き物だわ。……まあいい。見るがいい、これが俺の接客術だ。
そう意気込んで客の元へ足早に向かう。
「ご注文をどうぞ」
「アイスコーヒー2つ……って君イケメンだね! 名前なんて言うの?」
ほら出た。これだから女は嫌いなんだ。容姿しか見てないのに仲良くなろうとしてくる。下心丸出しなのバレバレだっつの。全く気持ちが悪い。そして業務に関係ないことは控えて欲しい。
「アイスコーヒーですね。少々お待ちください」
そう無愛想に冷たく確認をとり返事を待たずに登大路の元へ向かう。後ろからは小さい声で文句が聞こえてくるが気にしない。先程とは真逆のその態度、人間性に呆れつつ俺は注文を復唱した。
「アイスコーヒー2つ」
「承ったわ」
そして登大路は手際よく作業を進めた。その作業を眺めつつ俺はカウンター席に座りため息をつく。やはり人間とはエゴイスティックな生き物であると改めて気付かされた。どこぞの独身顧問みたいだ。
「高畑さん」
「りょ!」
高畑は最近のギャル言葉みたいな返事をしてコーヒーを席に運んでいく。またコーヒーをひっくり返さないか心配で見張るが、特に問題を起こさず戻ってきた。杞憂でよかった。
なぜ笑顔なのか気にしていると、扉が開いたと同時に少し強めの風が店内に吹き込んだ。思わず振り向くと忌まわしき諸悪の根源が髪をなびかせてそこに立っていた。
「頑張ってるじゃないか! 青春って感じだな」
俺達を順番に見てそう言って俺の横に腰を落ち着かせた。わざわざ隣に来る必要はないと思うのだが……。
「紀寺ちゃんと働いてるか?」
先生はいかにも俺が働いていないかのような言い方で問いかけてくる。どうも俺のことは信用していないようだな。まあ信用してほしいわけじゃないが。
俺は不機嫌な声色で先生の顔も見ずに短く返事をする。
「ぼちぼち」
「なに! もっと働かねばいかんぞ! 若造」
ガハハハとおっさんみたいな笑いを店内に響かせ俺の背中をバシバシ叩く。この暴力的で品のない教師、やはり苦手だ。初めて声をかけられた時からずっと。
仕返しに俺は先生の弱点をついてやる。
「そっちこそ独身貴族貫いてる場合じゃないでしょ」
先程より小さく冷たく返すと沈黙がその場を包み込んだ。先生から何も返事がないのが珍しく何事かと目をやると、机に突っ伏して肩を震わせ静かに嗚咽を漏らしていた。やっべ倍返ししすぎた。半沢〇樹も驚愕レベルの。
「私だって……私だって……」
そんなに泣かれてしまうと流石に罪悪感が生じてしまう。どうにかしようとオロオロとしていると、先生が顔をガバッと上げて俺の方を勢いよく向いて鼻声で叫んだ。
「お金と時間が限られてるんだよ! 優雅に暮らしてない!」
そして先生はまた机に突っ伏してしまう。なんか申し訳ないけど、思ってた反応と違う。てっきり独身であることを皮肉られたことに号泣してるかと思ったが、まさかのお金と時間でしたか。なんかしたいけど出来ないんだろうか。仕方なく話を聞いてあげることにしようと考え、先生に話を切り出す。
「少しだけなら聞きますけど」
すると先生は潤んだ瞳で俺の方を向き、少しドキッとしてしまう。36歳とは思えない可愛さだな……というかなんかデジャブだわ。
「私も盛大にお金を使いたいしどこか行きたいんだ……でも行く人がいないんだよ……」
「お友達いないんすか」
「みんな結婚して子持ちだから……ぐすっ」
いや結局そっちでも泣くんかい。この人は本当に難しい性格をしている。登大路に助けを求めるように目をやると目を逸らされてしまうし、高畑は客と談笑しているし。詰みました。こうなったら俺が犠牲になるしかない。
俺は覚悟を決めて深呼吸して一つ提案をする。
「どっか行きます? 本当はダメでしょうけど」
「いいのか?」
「いや俺は構わないですけど」
先生は涙を拭いスマホを片手に何かを検索し始めた。俺はその様子を見ながらボンヤリしていると、テーブル席の方から視線を感じて振り返る。すると高畑と目が合った。なんだか不機嫌そうな顔で俺を見ているが特に気にせず先生の方へ向き直る。
そのまま数分ほど経った時、先生が軽く頷き俺にスマホを見せてくる。近いなと目を細めつつ画面に目を向けると、俺は思わず細めていた目を見開いてしまった。
「本気で言ってんすか!?」
「私は半端なことはしたことない!」
「ええ……」
先生に勢いよく尋ねるとそれ以上の勢いで言葉が返ってくる。うーん、この人は頭がぶっ飛んでるね。間違いない。
流石に無理だろと思い、はあとため息をついて先生のスマホを遠ざけながら指摘する。
「あんた馬鹿でしょ」
「君よりは賢いぞ」
先生は先程の沈んだ様子が嘘のような声色でふざけた回答をしてくる。今はそんなの求めてないんですけど。てか急に調子取り戻さないで欲しい。対応に困る。
「いやなんで関ヶ原なんですか!?」
「いや私も紀寺も歴史好きだから」
あたかも当然のように語っているがなんで二人で行く前提なんだろうか。流石に二人はまずいだろ。せめて奴らも連れてけよ。
「じゃあせめて、いちのせプロジェクトの勉強会って名目にしません?」
「名案だな!」
瞳を輝かせて感心した様子で話す36歳独身教師。なぜこんな時に限って頭が回らないのか。それが不思議で不思議で仕方がない。
先生が登大路と高畑に確認をとると二人は何も疑うことなく了承する。だからなんでこういう時に抗議しないのかな? 俺の発言とかには抗議反抗お手の物なのに。
呆れて瞼を閉じた時、大事なことを思い出した。客がいるのにこの話はまずい——そう思ってふと客の方へ目を向けた……が客はもうおらず高畑もこちらへ戻ってきていた。いつの間に帰ったんだよ。全然気づかなかったんだが。
「いつ帰った?」
「先生が泣き始めた時に雰囲気を察して足早に去っていったわ」
カップを洗いながら淡々と話す登大路に返事をして先程の客に感謝しておく。この会話聞かれてたらたまったもんじゃないし。陽キャに助けられたのは屈辱でしかないが背に腹はかえられん。
「いつ行くんすか」
「とりあえず文化祭終わってからだな」
その一言に俺は一気にテンションが下がる。
——文化祭とはこの世で最も必要ないと言っても過言ではない。本来勉学を行う場である学校で勉学を疎かにし、寄って集って騒ぐなんて非常識的ではないだろうか。ほんとクソ喰らえだわ。
文化祭へ反抗心むき出しの俺を後目に先生は俺達三人に別れを告げて上機嫌で店を後にした。
「めんどいわー……」
そう呟き机に突っ伏すと高畑が苦笑する声が耳に届く。緊張が解けたからか暑さからか分からないが大粒の汗が頬を伝い机の上に落ちていったのを感じ、静かに瞼を閉じて時間を潰すことにした。
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