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20話 きっと百合と雑草は紙一重なのかもしれない。

 読んでいただきありがとうございます!

「これでよし」


 高畑が二つ目のスタンプを押し呟く。これでやっと折り返し地点である。日頃引きこもってる高校生にこの果てしない距離、もはや拷問に過ぎない。


「やっと折り返しだな」

「そうね……少し……疲れたわ」


 登大路がはぁはぁと息を切らしながら途切れ途切れに返事してくる。少しじゃなくてとても疲れてるように見えるのは気の所為だろうか。いや気の所為じゃない。


「綾乃っちスタミナ切れ? 休憩する?」


 登大路の様子に気付いたのか高畑は彼女に駆け寄り、背中を擦りながらそう尋ねた。しかし彼女のプライドがそれを許さないのだろう。登大路は深呼吸して息を整え首を横に振る。


「いえ、問題ないわ。次は……荒池園地ね。早く行きましょう」


 そう言うとさっさと歩き始める。高畑は俺を見上げてくるが何も言わずに俺も歩みを進める。なおも彼女は何か言いたげな様子で見てくるため、俺はついに耐えきれず問いかける。


「なんだよ」

「綾乃っち大丈夫かなって……」

「見たら分かるだろ」


 そう言ってやると高畑はちらっと登大路を見て、彼女の元へ走り出した。そして鞄から飲みかけのペットボトルを取り出し彼女に差し出す。登大路は少し赤面しそれを受け取り一口飲んでいた。


「百合かよ」


 その姿が百合にしか見えず俺はそう呟き彼女達の後を追うが、その百合の花はどうも儚げに見えた気がしてならなかった。






「よーし! 三つ目!」


 高畑の元気な声が周囲に響く。幸い人々は各々の目的に集中していたため、特に注目を浴びることはなかった。とはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。


「馬鹿。うるせえだろ」

「馬鹿って言うなし!」


 その声すら騒がしく俺はため息をつく。馬鹿で怒るのは良しとして、謝罪がないことに少しばかり苛立ちを覚える。自分の非を認めず抗議をしてくる輩は面倒極まりない。


「分かったから静かにしろ、馬鹿」

「また言った!」


 抗議したそうな瞳で俺を見上げたが、それ以降静かになったため俺も何も言わない。よし静かになったし猿沢池行って、ちゃっちゃっと終わらそう。


「登大路行こうぜ」


 そう言いながら後ろを振り返ると目的の人物はいなかった。高畑も同時にふりかえっていたようで、二人で困惑してしまう。


「まじか」

「どこ行ったんかな?」


 高畑はそう言いながら登大路に電話をかけていた。それしかないと希望を懸けるが現実は無慈悲なもので、高畑の表情により打ち砕かれる。


「とにかく探すしかないな」


 高畑が頷いたのを確認し、俺は人混みをかき分けて登大路の名を呼ぶ。だがしかし、いくら呼ぼうとそれに応じる声は一向に返ってこなかった。むしろ、この人混みでは聞き分けることが困難に違いない。

 少し足を止めて考えていると高畑が俺の服の裾を引っ張った。なにかと思い目を向けると俺の前方を指さしている。


「あそこの高いとこ行ってみよ!」


 そう言われ指さしていた方を見ると少し高いところに設置された和風の公衆トイレがあった。高畑にしては珍しい、ちゃんとした提案に驚きつつ俺は頷きそこへ向かった。

 いざ着いて周りを見渡すが、やはり相当な人の数で探し出すのは困難に思えた。俺も高畑もよく目を凝らしてみるが簡単には発見することが出来ない。しかし諦めるわけにも行かず必死に目を凝らす。登大路の特徴である話しかけてくんなオーラがあれば分かりやすいんだが……。


「あれって……」


 徐に口を開いた高畑が指さした方を凝視すると、微かに腰まである茶色の髪が風になびいているのが見えた。瞬間、俺達は走ってその場所へ向かった。






「なにしてんだよ」


 ぶっきらぼうにその女性に話しかける。俺達の存在に気付いたのか徐に後ろを振り返ったその女性は確かに登大路だった。


「ごめんなさい」


 素直に非を認め謝罪する彼女の表情は何処か切なくて、今にも消え入りそうで。不謹慎ながらそれは芸術性に満ち、見た者を虜にするようなそんなものだった。


「あの建物すごいね! お屋敷みたい!」


 高畑がそう言って池越しに小高い丘の上の和風建築物に瞳を輝かせる。登大路はそれに対し静かに答えた。


「あれは私の屋敷よ」

「「……え!?」」


 俺と高畑の反応がシンクロする。一瞬、ここまで綺麗に揃うと全国大会行けるんじゃないかとさえ思った。

 それはいいとして……あれが登大路の屋敷だったとは。建物全体は見えていないがかなり大きいと思われる。これが先の話に登場した高畑にあるお屋敷ね。やっぱややこしい。


「めっちゃ大きくない?」


 相変わらず瞳を輝かせながら登大路とお屋敷を交互に見て尋ねた。そら全国展開してる会社の社長さんの家だから大きいだろ。


「……私には小さいわ——」


 彼女はその屋敷を見つめながらそう答えた。贅沢言うなよ。俺の家なんかあれに比べたら犬小屋だぞ。

 と少し妬み混じりの愚痴を心の中で吐いていると、登大路は深く息を吐いて回れ右をする。


「花畑に生える雑草ほど疎ましい存在はないのよ……さ、行きましょ」


 先程の雰囲気はどこへやら、いつものクールな雰囲気で俺達にそう告げる。さっさと帰りたい俺としては有難いのだが。


「う、うん」


 高畑がそう答えると登大路が振り返り歩みを進めた。高畑と俺もそれに続くが、花畑の雑草……その発言に違和感を感じざるを得なかった。






「お疲れ様でした。はいどうぞ」


 その言葉とともに高畑は三匹の鹿のキーホルダーを受け取る。えらく気に入ったのか、高畑は子供のようにはしゃいで喜び少し恥ずかしかった。

 というのも俺達は無事にスタンプを全て集め、近鉄奈良駅内の観光案内所に来ていた。後半、俺と登大路がほとんど足を引きずっていたのに、高畑はむしろ走り回ったりしていて無尽蔵であることを思い知らされた。


「お疲れ様! 二人とも!」


 高畑が笑顔で俺達に労いの言葉をくれる。登大路は微笑しながら頷いていたが、俺は少しこそばゆくて頬を書きながら目線を逸らして「おう」と返事した。

 高畑が笑顔だったので満足したのだろうと解釈し、三人でその場を後にした。


「今日は楽しかったね! 次会う時は学校かな?」

「まあそうなるな」

「ええ」


 すると徐に高畑は俺と登大路の前に出て、俺達の手を握った。俺達の顔を交互に見るとまた微笑む。


「いちのせプロジェクト頑張ろうね!」

「いやお前正式な部員じゃなくね?」


 そう言ってやると高畑は頬を膨らませ俺の腹をポカポカと叩きながら抗議をしてくる。ちょっと力強くこめすぎじゃなかろうか?


「でも仮入部してるじゃん!」

「へいへい、悪かった」


 形だけの謝罪をすると笑顔でそれを受け入れる。やっぱり馬鹿だね。

 高畑は俺達を握っていた手を離して登大路に手を振り、登大路もそれに微笑みながら軽く手を振る。そして登大路が元来た道を引き返し、家……いや屋敷に帰っていく。視界から消えたのを確認して、俺達もホームへと向かう。


 ホームで電車を待っていると、高畑は少し落ち着かない様子でぷらぷらと掌を動かす。そして少し遠慮気味にその口を開いた。


「この後……空いてる?」


 その台詞は予想外なもので、つい固まってしまう。その所為で俺達の間に少し気まずい雰囲気が漂ったのを感じ素早く返事する。


「いや空いてない。寝たいし」


 率直に言うと高畑はまた頬を膨らませ俺をポカポカと叩いてくる。何回叩くんだよ。痛いっちゅうねん。高畑は何か気に食わなかったのか俺を恨めしげな瞳で見上げてくる。


「京の馬鹿! 分からずや!」


 そう怒られるが正直意味が分からなかった。高畑は目的を果たし、俺も付き添いという目的を果たした。後は家に帰還し自堕落タイムを堪能するだけだ。故に彼女の言葉は特大ブーメランだ。


「ブーメラン刺さってる」

「嘘! 何処に!?」


 そう言ってあたふたして俺に聞いてくる。違う、そうじゃない。物理的な方じゃねえんだよ。やっぱこいつと会話出来ねえ。


「後頭部」


 面倒なため適当に嘘で返すと、それを真に受けてひたすら後頭部を手で探っていた。

 その滑稽な様子を横目で見ながら俺は電車の到着を静かに待つことにした。高畑が横でギャーギャー言っているのは気の所為ということにしておく。


 ホームにやってきた電車の音は何かの始まりを示しているように俺の耳に届いた——

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 いよいよ夏休み編は終わりです! 次からは二学期が始まります! お楽しみに!

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