15話 きっと彼は前に進めない。 2
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溢れかえった人混みの中、俺達はなんとか五重塔まで辿り着く。高さ50.1mの塔は見上げれば圧巻で、訪れた人全てを釘付けにする。ちなみに奈良県で一番高い建築物だ。
俺達は確かに21世紀を、今を生きているのだが、この雰囲気はまるで過去へ来たような、正しくそれに近いものである。
俺が五重塔に見惚れている中、高畑は鹿せんべい片手に鹿さんと戯れている。それどこで手に入れたのかな? ここら辺じゃ売ってないよね? で、登大路はそれを無言で見つめている。なぜ指摘しないのかな?
「京も来なよ!」
相変わらずの笑顔で呼ぶ高畑に、俺は渋々、大股で近付く。鹿せんべいを口にする鹿さんの愛くるしい瞳には、俺の表情が映し出されているがその表情に酷く不快感を覚えた。それを感じ取ったのか、登大路は俺を冷酷な視線で見つめ問うてきた。
「なにか憂慮することでもあるの?」
その視線はまるで見透かしているようで、俺はその瞳から本能的に目を逸らしてしまう。
「いや別に」
お得意の無愛想の返事で返す。すると、その会話を聞きつけた様子の高畑が俺の元へ小走りで駆けつけ、心配そうに俺を見上げてくる。
「なんかあるなら言ってね? 友達でしょ?」
友達って。ははは。面白い冗談だ。この関係性はそんな大層なもんじゃなく、ただの部員同士である。部活を円滑に進めたり、こうやって外出するのも友達である必要性は無に等しい。
「いや俺達は友達じゃねえだろ」
俺がそう言うと、周りの音も聞こえぬ程の沈黙が三人を包み込んだ。その雰囲気を意に介さず俺は五重塔を見つめる。いやはや高畑のことだから噛み付いてくるかと思ったが、意外にも静かであることに少し驚く。てか五重塔かっけえ。
ここまで静かなのは不自然だと思い、高畑に視線をやると俺は動揺を隠せなかった。悲哀に満ちた瞳を潤ませ無言で俺の顔を見つめるその表情は、普段の高畑からは想像出来るものではない。
「な、なんで……そんなこと言うの……?」
俺は何とか正答を導き出そうと必死に頭を回すが、当然導き出すことなど出来ず、思いの丈を伝えるしかなかった。
「いや、えっと……あれだ。ただの部員! 俺達はそんな間柄になる必要性など無くて……」
そこまで言うと、高畑が俯き肩を震わせてしまった。俺は接し方が分からずただその様子を無言で見つめることしか出来なかった。それを見兼ねたのか、登大路が一度瞼を閉じて何かを思案した後、ゆっくりと瞼を開け俺達を諭すような口調で提案をしてくる。
「今日は一旦、お開きにしましょうか」
俺と高畑は無言で頷き、三人で重苦しい雰囲気を纏ったまま興福寺を後にする。砂利道を音を鳴らしながら歩いている時、ふと後ろを振り向くと五重塔は俺達を後目に天高く聳えていて、その光景は憎いほど美しかった。
無言のまま大通りに出たタイミングで、登大路が俺を捉えて口を開く。
「紀寺君、高畑さんは私の家に連れて行くわ」
「ん」
短く会話を終わらせて俺達はそれぞれの進行方向へ向きを変えた。その時に高畑と一瞬だけ目が合ったが、お互いに何も言わず歩みを進めた。否、何も言えなかった。あの瞳には俺じゃ到底理解出来ない程のものが込められていると感じたから。
登大路と高畑は坂道を少しづつ着実に上っていき、俺は大股、早歩きで素早く下っていく。
何処で道を間違えたのか、その疑問は明白だったのに答えは不明なままだった。でも一つだけ言えることはある。
——これは間違いなのだろう。
間違いに気付いても正解が導けない。間違いを訂正出来なければ、それは間違いのままなのだ。しかし俺は頭の片隅でその答えを探し出すことも、訂正するということも放棄しているのかもしれない。いや見つかっていても、確認する術がないのだ。
なにせ、俺に与えられた解答用紙には何一つ答えは書かれちゃいないのだから。
直射日光を全面に受けながら、やっとの思いで家に着いた。そして鍵を取り出し、扉を開ける。
「ただいま」
誰も存在しない空間に俺は敢えて帰宅の合図をする。いや帰宅した感じを出すためにね? 別に、おかえりをかえしてほしいわけじゃねえんだよ? 勘違いしないでよね?
と余計なことは置いといて、一度リビングに向かい時間を確認する。まだ時間はお昼を回った頃だったが何もやる気は起きず、自分の部屋にのそのそと向かう。階段を一段ずつ上がる度に、高畑のあの表情を思い出してしまい、後悔と疑念だけが俺の心を蝕んでいく。
それらを抱えたまま扉を開けてベッドにダイビングする。ベットに顔をうずめたまま、ひたすら何かを考える。登大路は前に進めているのに、きっと俺は来た道を引き返してしまっているのではないか。そもそも俺は道を進んでいたのか。自問自答を繰り返すが答えなど出るはずがなかった。そもそも問題を理解出来ていないのだから。きっとこれは、ちゃんと考えているアピールに過ぎないのだ。その壁に戦意をくじかれて考えることを放棄し、俺は意識を闇の中へ落として行った——
ブーブーと俺の胸で振動するスマホに意識を取り戻す。重い瞼を開けて画面の明かりに目を細めながらスマホを見ると、時刻は既に夜の7時だった。かなりの時間眠ってしまっていたようだ。
寝起きで頭が回らず、俺は意味もなく暗闇でスマホの画面を凝視する。……腹減ったな。軽く飯でも食うか。そうも思い立って、スマホを切ろうとすると一件の通知が目に留まった。ふとそれが気になって確認すると、高畑からのLINKを受信したことを示すものだった。俺は昼間の一件を思い出し、その中身を確認することを躊躇してしまう。だが……。
「ここで逃げたら俺は……」
自分を鼓舞するように静かに呟き、その通知をタップする。トーク画面へ移動し、高畑からのLINKを読む。
『ごめんね』
一言、たった一言だった。だがその一言には何か重いものが込められているような気がして、俺は何も返すことが出来なかった。そして、そのまま数分程そのメッセージを見つめていると画面が着信中に切り替わる。発信者は高畑であった。俺は一度深呼吸をしてから応答をタップして電話に出る。
「もしもし……」
少し上ずった声で彼女に合図を送る。お互いに気まずいため沈黙が俺たちを包み込んだが、彼女がいつもの明るい声とは違う少し沈んだ声でそれに応じてきた。
『……もしもし』
雰囲気の重さからか、お互いに切り出せず沈黙が再び襲いお互いの呼吸のみしか伝わってこない。今まで人と接して来なかったが故に、やはりこの状況でも俺は何も行動を起こすことが出来ない。いや友達がいてもこの状況じゃ流石にな……。
「……会えないかな」
その沈黙を打ち破ったのは彼女の方だった。その提案に俺は思わず息を呑む。しかし、今ここで受け入れなければ取り返しがつかなくなるような、そんな気がしてならず俺はそれを承諾した。
「お、おう」
「……大和西大寺に来て」
静かにそう言うと彼女は電話を切った。大和西大寺……俺達の最寄り駅のちょうど中間に当たる駅だ。わざわざ中間にしてくれるあたり、彼女の人柄の良さが出ている。俺は早急に準備をして、家を出て駅へ向かった。
駅に着き、ホームから階段を駆け上り橋上駅舎へと辿り着く。中央付近の椅子には高畑が既に座って待っていた。俺は足が重くなったのを感じたが、それでも足を三、四度叩きそこへ向かう。
「高畑……」
俺が呼ぶと彼女は少し赤く腫らした目でこちらを見る。その表情に俺は後悔と疑念だけじゃなく、罪悪感もふつふつと湧いてきた。彼女は張り付けたような笑みを浮かべて立ち上がった。
「少し歩こっか」
彼女の提案に俺はただ頷くことしか出来ず、俺達は駅を後にする。微かに電車が猛々しく発車する音が耳に届き、少し背中を押された気がした。
俺達は駅からそう遠くない寺の入口に来ていた。無論、その間はお互い無口で地に足がつく音だけがその場には存在していた。
ふと高畑が足を止めて、こちらを振り返る。その瞳は先程よりかは光を取り戻していて、何かを決意したように感じた。
「ごめんね」
そう短く発せられたメッセージ。LINKと同じだが明らかに違う。正直、何が違うかなんて分からない。でも彼女の表情と声色がそれを俺に伝えてくる。
何も言えず黙っている俺の心情を察したのか、彼女はさらに続けた。
「先生から聞いたの」
その一言で何が言いたいか察した。そして初めて彼女の感情が読み取れた。彼女は口を震わせて躊躇うように話す。
「トラウマが足枷になってるって。救ってやってくれって…………。だから……聞かせて?」
トラウマへの同情が一番なのだろう。正直、話すのは嫌だ。だがしかし話さなければいけない、本能的にそう感じた俺は軽く息を吐き、周りをきょろきょろと見渡す。木のベンチを見つけそこに座るよう彼女に促して二人でそこに座る。
「長くなるぞ」
この状況でも相変わらずの無愛想で言うと、彼女は優しく『いいよ』と言ってくれた。それを合図に俺は深く息を吸って一度瞼を閉じ覚悟を決めた。
瞼を開けふと上を見上げると、俺達を照らす街灯のチカチカとした点滅が激しくなったように感じた。
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次回は京のトラウマが明かされます!お楽しみに!