14話 きっと彼は前に進めない。 1
読んでいただきありがとうございます!
ガタンゴトンと電車の心地よいリズムを耳に俺は外を眺めていた。普段、家を出るのは学校に行く平日のみであるため、休日に外へ出る、ましてや電車に乗るのは新鮮かつ憂鬱なのだ。
というのも俺は今、高畑に呼び出されていた。まず昨夜、高畑からLINKで『明日、大和西大寺駅集合!』とメッセージが来た。もちろん拒否したが、問答無用といった様子で延々と同じメッセージを送ってきたのだ。怖くて思わず折れてしまい、こんな面倒なことになったというわけ。ちなみにあいつ、既読がめちゃくちゃ早い。
てゆうか目的を書けよ、せめて。なんなの? 最近の陽キャは目的を言わないの? 目的とか一番重要だよね?
ほぼ満員に等しい車内への苛立ちを紛らわすように、俺は心の中で高畑に毒を吐く。まあ文句を言っても仕方がないだろう。どちらにせよ、結局ここまで来たのは自分の意思だ。あいつを責めるのはお門違いである。俺の休日を奪いやがって、高畑許すまじ。
電車が駅に到着したのを確認し、俺は人ごみに揉まれ悪戦苦闘しながら律儀に階段を右側通行で上がっていき、指定場所の駅構内のコンビニを目指す。
日頃の運動不足が祟ったのか、階段を登っただけで痛む足を引きずって指定場所へ着くが、まだ高畑は到着してないようだった。仕方なく俺は壁にもたれ座り込む。
……ったく人酔いするから電車は乗りたくねえんだよ、くそ。持っていたペットボトルの水の残りを全て飲み干して瞼を閉じる。もう家に帰りてえよ……
その時、ふと懐かしい香水の香りがして思わず周りを見渡すと、見覚えのある後ろ姿を見つけてしまう。
「嘘…だろ?」
誰にも聞こえないように呟く。その後ろ姿に鳥肌が止まらず、息が上がっていくのを感じ取る。冷や汗が頬を垂れる。ダメだ、何も考えられない。なんでここにいるんだ!
何も考えることが出来ないのに俺は平静さを捨てて必死に思案する。否、何も考えられないからこそ思案する。酔いも忘れて、頭を抱えていると俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「……こ! みや……!」
その声に反応し、頭を上げると俺を心配そうに見つめる高畑がいた。
「どったの?」
俺は徐に立ち上がり、高畑の目を捉え軽く深呼吸してそれに応じる。
「……なんでもない」
その一言は俺にしては力ないもので、そのせいか彼女は余計に心配しているようだ。さっさとこの場から離れたい俺は高畑を強く催促する。
「電車遅れるぞ」
高畑は未だ動揺した様子で頷き、俺達はホームへ続くエスカレーターに足を運ぶ。
あの後ろ姿が……あの人が俺の中に居続ける限りきっと俺は、いや俺だけは前に進むことができない——
ホームに蠢く人々の姿が俺を沈鬱の底へと引きずり込むように見えた。
先程同様、満員な車内で俺は別の意味で動揺していた。それは男性なら当然のことなのだが少しばかり意識してしまう。
というのも、高畑の豊満なお胸が俺の腕に当たっているのだ。ついでに、俺の方が背が高いから胸の谷間も見えていて、とてもじゃないが目を離せない。なんとか意識を別のことに向けようと、おれは高畑に上ずった声で切り出す。
「ど、どこ行くんだよ」
高畑は急に声がかかったことに驚いたのか、俺を見上げ目をぱちくりさせた。が、数秒後に少し意地悪に微笑むと小さい声で、
「秘密」
といった。いや教えて? じゃないと貴方の豊満なお胸に意識が行っちゃうから! そんな不純なことしたくないのよ! 変態になるでしょ!?
倫理と背徳感に板挟みされて俺は葛藤しながら、電車が駅に着くまでの間、必死にそれと戦うことにした。
……柔らかい。
駅を出て行基像のある噴水を越えると、目の前にはビルが建ち並び、人が行き交う光景が広がっていた。駅前には国内外問わず、数多くの人で溢れかえっていて、大通りは普通車や観光バスが絶えず走り抜けている。
「奈良に来たぞー!」
高畑の嬉々たる声で自分が奈良にいることを再認識する。なぜ奈良に来たのかは不明だが、心躍るのは事実である。
「なんで奈良に?」
俺がそう聞くと、彼女ははぐらかすように頬を掻き話題を逸らす。
「さあさあ綾乃っちが待ってるから! 行くよ!」
やっぱ登大路いるのね。いやダメじゃないけど。
と思いつつ若干ガッカリしていると、彼女は子供のように無邪気な笑顔で俺の手を引いて走り出した。
こいつ、馴れ馴れしく手を引きやがって。他人なら勘違いして意識してもおかしくねえぞ。もう少し女としての自覚を持つべきでは? それとも最近の陽キャのノリ? だとしたら恐ろしい文化が根付いちまっている。
と限りなく罵倒に近い諫言を喉のところで抑える。多分言ったら殴られるからな。だって陽キャってよく殴り合いしてるじゃん? (※じゃれ合い)
俺はなぜか少し高鳴ってる胸を怪訝に思いつつ、抵抗せずに大人しく引きずられることにした。
何分引きずられたか分からないが、長い時間この状態だ。高畑は疲れた様子はないのに、なぜか俺が疲れる羽目になっている。……そろそろ離して欲しい。この疲れは恐らく、精神的なものである。冷静に考えて見てほしい。同じ部活の女子に引きずり回されているのだ。俺にすれば道端で10万円拾うより可能性が低いと言っても過言じゃないからな。
いやはや登大路が待ってると言っていたがどこまで行くつもりなのか。てかまじで何しに来たのか気にな……痛てぇ!
急に体を襲った痛みに理解が追いつかない。とりあえず暗闇に光を得ようと瞼を開くとそこには砂利があった。数秒遅れて、砂利の上に俺が寝そべっているのを理解した。
「あっ、ごめん京!」
焦った様子でしゃがみこみ、俺に謝罪する高畑。とりあえず起こして。お前引きずるだけ引きずって後はポイって、合コンで酔わせて一晩を共にした挙句、気があるように見せて振るようなクズ男と同じだぞ。
「高畑、初めてお前に殺意湧いたわ」
憤怒、哀情、憎悪など様々な念を込めた鋭い視線を送ってやると高畑は身震いして、何度も「ごめん!」と謝ってくる。なぜか半泣きになっており、良心が痛んだため仕方なく寛大な心で許してやることにした。
「寸劇中に失礼だけれど、今日は何の用かしら?」
それ。俺も知りた——ええ! お前来てたの!? 登大路さん、存在感無さすぎません?
「ちょっと行きたいとこあってね」
高畑はそう言って登大路と腕を組む。無論、登大路は抵抗してもがく。
「ちょっと! やめなさい! 私達はそんな仲じゃ……!」
とか言いつつ照れてるんですよね。本当は満更でもないのに彼女の矜恃が邪魔してるんだろうな。態度と矜恃だけは立派、こりゃ天晴れじゃ。
「ちぇー」
高畑はそれに気付かずパッと腕を離す。登大路は名残惜しそうな表情で『あっ……』と小さい声を漏らす。ほーら言わんこっちゃない。
「興福寺に何しに来たんだよ」
俺は不貞腐れて目も合わせずに問う。高畑はこちらを見つめ、数秒後に満面の笑みで答えを寄越した。謎のタイムラグには何も言うまい。
「五重塔でスリーショット撮ろ! 世界最古の木造建築じゃん!」
こいつ奈良県民じゃない。俺は今の台詞で確信した。世界最古の木造建築……法隆寺なんだよなあ。
「馬鹿」
簡潔かつ分かりやすく罵倒すると、高畑は頬を膨らませて俺をポカポカ両手で殴ってくる。残念、痛くない。投げられた時の方が痛かった。
「とにかく行くなら早く行きましょう」
登大路が催促したのを受けて高畑が殴るのをやめた。そして進行方向である境内を指さし軽く走り始めた。
「走ったら危ないわよ」
登大路の指摘に高畑は返事をし、走るのをやめて俺達を待っている。はしゃぎすぎだろ、子供か。いや子供だな、どっか以外は。
「なんか親子みてえだな」
隣の登大路に嫌味たらしく言ってやると、軽くため息をついて高畑を見ながら口を開いた。
「それは嫌味?」
「正解」
俺も敢えて高畑に視線をやりながら答えると、登大路は二度目のため息をつき歩みを進めた。
それに続く形で俺も足を動かす。あーあ、まじだりぃわ。
評価&ブクマ登録お願いします!
ポイントに応じて、主要キャラクターのプロフィールや裏設定を投稿したいと考えています!
よければ感想も!