9話 これが彼らの初仕事だ。
退屈な授業を終えて、すぐに帰り支度を済ませて立ち上がる。今までなら直帰コースだったのに、ガサツ独身女のせいで残業をしなければならない。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。まあ愚痴を言っても変わらないよな。はよ行こ。重い足を引きずって俺は教室を後にした。
相変わらずの炎天下の中、俺と登大路はカフェの外でとある作業に励んでいた。この作業は地味だが重要だ。というのも、この作業一つでここの存亡がかかっていると言っても過言じゃないのだからな……まあ今は存亡の亡の方だけど。
ふと彼女を見ると、首から垂らしたタオルで汗を拭きながら丁寧にかつ迅速にこなしている。傲慢王女様のことだから、一切やらないと思ったが見当違いだったらしい。まあ真剣にやっているならいい事だ。俺も本気出すとするか。
あ、そういえば言ってなかったな。この重要な作業について。まあ題して雑草殲滅作戦だ。かっこいいな。雑草殲滅作戦って。まあ要は雑草をひたすら抜いて抜いて抜くんだよ。うーん原始的。
と自らのネーミングセンスに酔いながら説明していた丁度その時。
「キメラ君」
「なんだよ」
登大路が急に話しかけてきた。急だったから少しびっくりしてしまう。前から薄々思ってたけどこいつ意外とかまってちゃんだよな……まあ俺が相手にしてあげよう。寂しい寂しいぼっちを(特大ブーメラン)。
「雑草殲滅作戦は順調かしら?」
急に何かと思えばそんなことか。順調に決まってるだろ。なんたって中学校時代に俺の班が雑草処理を命じられた時、俺だけでこなしたんだからな。案ずる事は何一つな——え? こいつ今なんつった? 雑草殲滅作戦って言った?
「なんだそれ。めっちゃダサいな」
「ふふ。その通りね。つい真似してしまったわ」
……うわああああ! 聞こえてたのかよ! 気の所為じゃなかったああああ! 心の声ダダ漏れだったの!? 詰んだわ……。
「……聞こえてたのかよ」
「あら? 何も聞いてないわよ? 雑草殲滅作戦なんて聞いてないわよ?」
思いっきり聞いてたんじゃねえか! 2回言うなよ! 俺の心抉ってるの気付いてないの!?
「お前やっぱエグイな」
「それはどうも」
いや褒めたわけじゃないです。登大路の傲慢具合に呆れてはあ、とため息をついて敷地内を見渡す。いつの間にやら半分以上は綺麗になっていた。この調子でやるとするか。
そう決意し、作業に取り掛かろうとした時、魔の声が俺の耳に届いた。
「お! やってるな!」
はい来た。諸悪の根源。俺は咄嗟にジト目を作り、後ろを振り返る。入口に立っていたのは古市清菜(独身)だ。何しに来たのか知らないが、邪魔以外の何物でもないのが事実だ。
「いやー、雑草抜きやってくれて助かるぞ! 本当は今日やろうと思っていたけど、君達がやってくれるとはなあ。これは僥倖だ。助かる。」
自分でやろうと思ってたのかよ。じゃあもっとさっさとやっといてほしかった。その事実に心の中で不満を露わにする。やっぱりこの先生は顧問失格だ。
「まあせっかくだ。手伝ってやろう」
なんか上から目線だよな……これだから女は。
そう毒を吐きつつも、先生の優しさに感謝して雑草殲滅作戦を再開する。3人でやる方が速いだろう。俺は頬を伝う汗を拭い、本腰を入れることにした。
「終わったー!」
先生が天を仰ぎ、大声を出すが俺にはそんな体力はもう残されていない。あー腰痛え。
カァカァとカラスの鳴く声が聞こえ、ふとスマホを覗くと18時を過ぎていた。
「帰っていいすか」
俺がぶっきらぼうに聞くと、先生はむすっとした様子で唇を尖らせた。
「もう少し付き合え。そんなすぐに帰ろうとするな。可愛くないやつめ」
あー出たよ。パワハラ。自分の立場を利用して有無を言わさず連行する。やっぱ学校っていろいろブラックだな。
そんな風に毒を吐きつつも逆らえないため黙り込む。そんな俺を他所に傲慢王女は口を開いた。
「どこに行くおつもりで?」
先生はドヤ顔を決め、ふっふっふと怪しく笑い俺と登大路を両脇に担ぐと、先生のマイカーと思われる黒の軽自動車まで走った。そしてドアを開けると俺達を後頭部座席へ押し込み、車を発進させた。きっとこの先生は「常識」を知らないんだろうな。