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比翼の鳥なんてお断り ~私の前世は小説に書いてある~  作者: 海土 龍
その後の話

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96/99

【亜希 19歳 葉月】 


「すごい! よく来たね」


 玄関を開けるなり亜希は言った。

 早苗はちょっぴり胸を張り、志保は照れくさそうだ。


「タクシーで来たの? 駅に着く時間を教えてくれたら、隆也さんが迎えに行ったのに」

「日岡さんにそんなことさせられないよ。ただでさえ月曜日にお邪魔しちゃうのに」

「そうやって殿とのをパシれるの、亜希くらいだから。――はい、これ。お土産」

 

 志保がお菓子が入っていると思われる紙袋を亜希に差し出してきた。


「あっ、私もお土産あるよ。とりあえず上がって」

「お邪魔しまーす。うわぁ。すてきな家。ひろーい」

「お邪魔します。お土産って? どこかに行ったの?」


 早苗と志保を家の中に招くと、志保が怪訝そうに尋ねてくる。

 亜希は2人をリビングに案内しながら答えた。


「昨日のレース、新潟だったんだよ。今の時期は、札幌や新潟のレースが多いんだ」

「えっ。札幌? 北海道まで行ってるの?!」

「あれ? 去年もこの話しなかったっけ?」

「してないよ。聞いてないもん。どうやって行ってるの?」

「普通に飛行機。でも、昨日は新潟だったから新幹線だよ。片道5時間以上かかる」

「ひぇー。遠っ!」


 んで、と言って亜希はテーブルの上に用意していた紙袋を早苗と志保にひとつずつ差し出した。


「お土産」

「柿の種じゃん!」 

「元祖って書いてあったから」

「東京でも買えるし!」

「いやいや、ちゃんと見て。新潟限定って書いてあるでしょ」

「ほんとだ! タレかつ丼風味って、何?!」

「知らない。でも、美味しそうじゃない?」

「美味しそうかも。ありがとう」

「ありがとう。亜希も私たちからのお土産、見てみて」


 早苗に言われて、うん、と頷き、亜希は渡された紙袋の中を覗き、可愛い絵柄の紙箱を取り出す。

 そして、促されるままに紙箱を開けてみた。


「クッキー?」

「バターサンドだよ」


 クッキー生地の間にバタークリームを挟んだお菓子なのだと早苗に説明をされる。


「途中、新宿駅に寄ったから、そこで選んだの。――食べたことない?」

「うん」

「なら、良かった! 食べてみて。美味しいから」


 早苗は笑顔を浮かべたが、志保はハッとした顔になる。


「ごめん。こんなカロリーや脂質が高そうなもの、ダメだよね?」

「えっ」

「ほら、減量とか……」

「あっ、そうか! 忘れてた! 亜希、ごめんね‼」


 2人が必死な顔をして謝って来たので、亜希は苦笑を浮かべて頭を左右に振った。


「大丈夫。ぜんぜん気にしないで。お土産ありがとう」

「本当に? 無理してない?」

「してないよ。その証拠にチーズケーキがあるよ。曽根そねさんの手作りなんだ」


 そう言いながら亜希はキッチンに移動し、貰ったバタークッキーをキッチン台に置くと、冷蔵庫を開く。

 チーズケーキは既に切り分けられ、3枚の皿に1ピースずつ乗せられていて、それをただ冷蔵庫から取り出せば良いようになっていた。


「チーズケーキって、かなりカロリーが高いんじゃないの?」

「そうみたいだね。でも、曽根さんがスフレならチーズケーキの中でもカロリーを抑えて作れるって言ってたよ。――お茶、烏龍茶でいい?」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、これお願い」


 冷蔵庫から烏龍茶のペットボトルを出すと、志保に手渡した。

 食器棚からグラスを3つ、ケーキが乗った皿にフォークを添えて、それを3皿ともトレーに乗せると、リビングに運ぶ。


「曽根さんって、呂さんなんでしょ? 会いたかったなぁ」

「そっか、早苗は会いたいよね。今日、来て貰えば良かったね。――でも、曽根さん、昔のこと覚えてないよ?」

「いいの。ひと目、会いたいだけだから」

「そのひと目のために呼び出すのははばかられます」

「うんうん、迷惑だからやめなよ」


 志保にもたしなめられ、うー、と早苗は頬を膨らませた。

 2人をソファに座らせて、ローテーブルにトレーを置き、チーズケーキの皿とグラスを早苗と志保の前に置いた。

 志保が運んでくれた烏龍茶をグラスに注いで、亜希もソファに腰かける。


「まあまあ。食べて飲んで」

「ありがとう。頂きます」

「頂きます」


 フォークでチーズケーキをひと口大くちだいに切って、ぱくんと口の中に頬張る間、しばしの沈黙が訪れる。

 そう言えば、と真っ先に呑み込んで話し始めたのは志保だった。


殿とのは?」

「2階で仕事してるよ。キリがついたら降りて来るんじゃない?」

「ねえねえ、日岡さんとウエディング写真を撮ったんでしょ? 見たいなぁ」

「いいけど……」


 ほら、あそこ、と亜希はキャビネットの上の写真立てを指差した。

 早苗と志保は亜希の指先に視線を向けて、わあっと声を上げる。


「気付かなかったよ。もっと大きい写真をどーんって飾ってよ」

「近くで見ていい?」

「うん、いいよ」


 亜希の承諾を得ると2人はすぐさまソファから立ち上がってキャビネットの前に歩み寄り、ハガキよりも僅かに小さいL判サイズの写真を見つめる。

 写真にはウエディングドレス姿の亜希が隆哉と並んで映っていた。


「可愛い! 亜希、可愛い! でも、なんでこんなに写真が小さいの! しかも1枚! もっとないの!?」

「あるけど……」

「あるんだ!?」

「全部出しなよ」


 この2人が大学の夏休みを利用して家に来ると聞いた時から、こうなる予感はしていたので、亜希はソファから立ち上がると、リビングの書棚からアルバムを取り出した。


「これです」

「見せて見せて!」

「まず2人ともソファに座ってから」


 興奮気味の早苗にアルバムをひったくられそうになったので、亜希はソファに座って少し落ち着くように言った。

 早苗が、むーと眉を顰めつつも大人しくソファに座ったので、亜希は早苗にアルバムを差し出す。

 すると、志保が早苗に寄り添うように座り、2人はアルバムの表紙を開いた。


「うわぁ」


 アルバムの中には写真立てと同じ写真はもちろん、他アングルの写真や亜希ひとりの写真が何枚も入っている。


「別デザインのウエディングドレスも着たんだ?」

「っていうか、着すぎじゃない?」

「あのね、それには大きな理由があってさ。衣装選びの日、城戸さんも一緒だったんだ」

「えっ、なんで?」

「ね、なんで? って感じでしょ? 本当になんでか分からないんだけど、城戸さんも一緒で、隆哉さんと城戸さんであれこれ言って来てさ、めちゃくちゃ着替えさせられた! しかも、衣装ごとに髪型を変えようとか言い出すし。だから、撮影の日は朝9時から始まって、終わったのが夜8時だよ。ほんと疲れた!」

「うーわー」

「でも、楽しそう。だって、こんないっぱいドレスを着れるなんて普通ないよ?」

「髪型と言えば、亜希さ、髪の毛、伸びたよね。そのまま伸ばすの?」


 志保に言われて、亜希は自分の髪を指先で摘まんで、毛先をくるりと指に絡めてみせた。

 競馬学校を卒業してから伸ばし始めたので、1年半が経ち、セミロングとミディアムの中間くらいのセミディと言われる長さくらいになっている。

 

「蒼潤ほど長くする予定はないけど、この人生初の長さに挑戦中。――ぶっちゃけ、蒼潤の髪の長さは邪魔だよね。あの時、なんであんなに長かったんだろう?」

「殿が切るなって言ってたからじゃん?」

「そうだ。あいつのせいだった!」

「『あいつ』だなんて言っちゃダメ。ねぇ、もしかして、今も日岡さんに切るなって言われてるの?」

「いや、今は昔ほど私の髪に執着していないみたいだよ。これは単に、髪を短くしていると定期的に美容院に行く必要があるけど、このくらいの長さだと結構放置できるということと、後ろでひとつに括っちゃえばラクってことを私が知ったからデス」

「なるほど。相変わらずの不精だ」

「おだんごにすると、夏、涼しくていいよねー」


 そう言ってにこにこしている早苗は今日、おだんご頭だ。首元がすっきりしていて涼しげである。

 それから2人は再びアルバムに視線を戻して、ページを捲った。


「カラードレスも着たんだね」

「この青いドレス、いいね。プリンセスラインのドレス、可愛い。憧れる!」

「ベルラインって言うんだっけ? こっちの青いドレスもいいじゃん」

「マーメイドライン? スレンダーライン? ぴたっとしたドレスは恐ろしく似合わなかった」

「ああいうのは背が高い大人っぽい人が着ると、格好良いよね」

「――っていうか、青いドレスが圧倒的に多くない?」


 志保が今までのページを遡りながら呆れたように言ったので、亜希も肩を竦めて言った。


「私もさ、どうせなら他の色のドレスを着たかったよ。なのに、あの2人がさ」

「日岡さんと城戸さんね」

「ああ、でも、赤も着てるじゃん」

「あ、このピンク可愛い! 紫も良いね! ほんといっぱい着たんだね」

「これさ。こんなに衣装替えして、こんだけ撮影してさ。いったいどんだけお金が掛かってるの?」

「ごめん。それ、私も隆哉さんに聞きたい……」

「怖っ‼」


 ところで、と志保がアルバムから視線を上げて、亜希の方を見る。


「結婚式は? するかもって言ってなかったっけ?」

「ああ、あれ。やっぱりしなくていいかもってなったよ。その代わりの写真だもん」

「ええー。私、亜希の結婚式、出たかったよ。私もドレス着たいもん」

「早苗、そこー!?」


 おいおい、と苦笑いを浮かべて亜希は続けた。


「隆哉さんって、お父さんもお母さんも早くに亡くしてるから、親族と言えば、城戸さんと城戸さんの両親くらいなんだって。だから、私の方がどうしても式を挙げて欲しいというわけじゃないなら、無理やりやることもないよねってことになったんだよ」

「亜希ってば、本当にそれでいいの? 前世でも簡略化した婚礼しか上げてないのに」

「そう言えば、そうだったね。笄礼も婚礼も、なんなら、冠礼も」

「いいんだって。だってさ、準備がめんどくさいじゃん。それに考えてみて。そのウエディング写真を撮っただけでも、すごい時間とお金が掛かってるんだよ。式なんて挙げようものなら、どんだけ――」

「……」

「……」

「――想像したら、目眩めまいがっ」

「私は頭痛が」

「私は胸のトキメキが」

「は? なんで?」

「え、むしろ2人の方がなんでなの? どんな豪華な結婚式になるのかって考えたら、ドキドキしちゃうじゃん」

「他人事だと思って!」


 むむっと顔を顰めると、早苗は、ごめん、ごめん、と笑ってアルバムをそっと閉じる。

 それを亜希に返すと、自分の荷物をゴソゴソと探り始めた。


「あのね。写真と言えば、私ね、今度、コミケに行くの。夏コミね。その時にコスプレするの」

「は? どういうこと?」

「亜希は知らなかっただろうけど、早苗は高校生の頃からずっと同人誌を描いているんだよ」

「はあ?」

「漫画を描いてるの。世間にはオリジナルって思われているんだけど、『蒼天の果てで君を待つ』の二次創作なの。あ、もちろん、二次創作ですってことは冊子に書いてるし、日岡さんにも許可貰ってるからね」

「へぇ……」


 隆哉の許可を貰っているのなら良いのかと思い掛けたが、イヤな予感がして亜希は早苗に問い掛ける。


「それ、どんな内容?」

「もちろん峨鍈と蒼潤のイチャラブBL漫画」

「ごふっ‼」

「この前、最新作を日岡さんに送ったら、画力が上がったな、って褒めてくれたの!」

「はぁああああ!?」

「早苗って、よく原作者に自分の原稿を見せられるよね。――いや、待って。原作者って言うか、ぶっちゃけ本人じゃん。アイドルグループのメンバー同士のBL創作をしている人がいるけど、それをアイドル本人に見せるようなもんじゃん。怖っ‼」

「だって、ほら。やっぱり許可が欲しいじゃない?」

「早苗、私の許可は!?」


 咆えるように亜希が声を荒げれば、早苗がきょとんとして亜希を見やる。


「えっ、必要???」

「必要でしょ」

「そうかなぁ。――あ、でね。本題はそこじゃないの。夏コミのコスプレの衣装がね」

「うわー。そうやって話を変えるんだ? 露骨すぎる!」


 亜希の抗議をガン無視して早苗は大きな鞄の中からビニール袋を引っ張り出した。

 そして、ビニール袋の口を開いて、中から黒い布を取り出す。


「これ、蒼潤の衣装」

「へ?」

「昔、こんな感じの長袍を着て宮中に行ってたでしょ? 思い出しながら作ってみたの。龍の刺繍が本当に大変だったんだから」


 早苗が両手に広げた黒い布は、かつて蒼潤が身に纏っていた長袍にとても良く似ていた。

 黒地に蒼い龍の刺繍が施されている。


「えっ、すごい。よく作れるね」

「前世で蒼潤の衣を仕立ててたからね。蒼潤がよく挿していた竜胆リンドウの簪も手作りしたのよ。見てみて。さすがに本物の金や銀じゃないし、宝石もビーズだけどね」

「ええっ、すごい。早苗、器用だね」

「他の簪や腕輪、指輪とかは既製品を買ったんだけど、竜胆の簪だけは思い出通りの物を使いたくて」


 すごいすごいと言い続ける亜希に、作っちゃった、と早苗は照られたように笑みを浮かべた。

 でさ、と志保が冷静な声を出す。


「夏コミでは、これを早苗が着るわけなんだけど、その前に亜希に着せたくて、早苗が重い思いをして持って来たわけだ」

「着てくれるよね? 本当にすごく重い思いをしたのー」


 大事なことなので『重い思い』を2回言う。

 そして、『のー』と語尾を伸ばして早苗は指を己の顔の前で組んで亜希を上目遣いに見た。


「いやいやいや、早苗の衣装じゃん」

「亜希が着てくれたら本望で死ねる」

「死ぬな」

「着て欲しいなぁ。ねー。お願い。ねー?」

「…………う、うん」


 昔から早苗のお願いには滅法弱い。

 蒼潤も芳華のお願いには弱かったのだから、亜希が早苗に敵うわけがなかった。

 亜希が頷いたのを見て、早苗はパァっと顔を輝かせる。衣装を握り締めて、すくっと立ち上がった。


「じゃあ、さっそく立って。そのTシャツは脱がなくていいよ。ちょっと暑いかもしれないけど、Tシャツの上から着せちゃうね」


 まず、早苗は亜希に黒い裳を穿かせる。それは足首までの長さがあるプリーツスカートみたいなものだ。

 それから早苗は亜希の背中に回って手慣れたように長袍を広げ、亜希の両肩に掛けた。

 長袍の襟元は、そこだけ色の異なった布が重ねられていて、まるで長袍の下に衣を重ねて着ているように見える。

 腰で帯を締めて、帯の下から蔽膝へいしつと呼ばれる長方形の布を膝下まで垂らす。

 蔽膝の色は、皇帝ならば赤と決まっているが、蒼潤は黒地に銀糸の刺繍がふんだんに施された蔽膝だった。

 ちなみに帯や襟は青地に銀糸の刺繍が施されている。


「はい、座って。次はウィッグを被せるね」


 そんな物もあるんかい、と思っていると、早苗が鞄からウィッグを取り出し、亜希の頭に乗せた。


「青いんだけど!」

「そうだよ。蒼潤だもん。髪は青くなきゃ」


 早苗はウィッグの毛を軽くブラシでかしてからハーフアップに結い上げると、簪を挿していく。

 本来、男性は冠を被る。皇帝や皇族、高官は冕冠べんかんといって、前後に硝子の管や玉を通した飾り紐の簾がついた冠を被るが、蒼潤はいつの頃からか冠を被ることをやめて結い上げた髪に花簪を挿していた。

 早苗は簪を結い上げたウィッグの左右に2本ずつ挿して満足すると、次に亜希の耳に青いビーズが連なったピアスを通した。


「はい、指輪して。はい、腕輪して。――どうかな?」

「化粧した方がいいんじゃない?」

「そっか。お化粧か」


 志保の指摘を受けて早苗が自分のメイク道具が入ったポーチをゴソゴソと漁り始めた。

 そうして、昔を思い出しながら亜希の顔に化粧を施すと、できた、と両手を上げて万歳をする。


「完璧ではないけど、そこそこ再現できたんじゃない?」

「ウィッグが惜しいね。色が微妙に違う」

「そうなの。蒼潤の青い髪って、もっと瑠璃色で、キラキラしてたんだけど、そんなウィッグなくて!」

「残念。いっそ黒髪でも良かったんじゃない?」

「そうかも……。でも、せっかく青髪のウィッグを買ったから、今年の夏はこれで行くの」


 今年の夏『は』ということは、来年もあるのだろうかと、早苗と志保の会話を聞きながら疲労感を覚えた時、二階から扉の開閉音が聞こえた。

 足音が階段を下りて来る。

 早苗と志保も気が付いて顔を見合わせ、それぞれ亜希に振り向いた。


「日岡さん?」

「うん、降りて来るね。――って、この格好、見られちゃうんだけど! もう着替える!」

「見られてもいいじゃん。着替えるって言っても、もう間に合わないよ。ほら!」


 ほら、と早苗が言うや否や、リビングの扉がガチャリと開いて隆哉が顔を覗かせる。


「亜希ちゃん、そろそろお昼だけど、志保ちゃんと早苗ちゃんを連れてどこかに食べに行こうか?」


 隆哉の姿を見て、早苗と志保が素早くソファから立ち上がった。

 ちょうど亜希は2人の陰になって、隆哉の目から隠れるかたちになった。


「お邪魔しています!」

「ご無沙汰しています!」

「2人ともよく来たね。何か食べたいものはある? と言っても、この辺だと何もないから、土浦の方まで行かなきゃならないけど」

「あ、あの……。ちょっと今、亜希は、その、出掛けるのが難しいかなぁ……って」


 早苗の言葉に、えっ、と隆哉の顔が怪訝そうになる。

 隆哉の視線を受けて早苗がおずおずとソファに腰を下ろしたので、その背に隠れていた亜希の姿が隆哉の目に触れることになった。

 志保も、しれっとした顔でソファに座り直している。


「は? 亜希ちゃん!?」

「すぐ着替える」

「えっ、ええっ、亜希ちゃん? 天連? 亜希ちゃん? ええっ…、着替えなくていいよ! そのまま、そのまま!」


 隆哉がズボンの後ろポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して亜希に向けたので、早苗と志保が察してソファから立ち上がり、亜希から離れた。

 パシャパシャパシャパシャパシャ、とめちゃくちゃ連写される。


「………」


 亜希が絶句していると、隆哉がスマホの角度を変えて再び連写して歩み寄って来た。


「立って」

「え?」

「立って、窓の方に行って。ああ、違うな。庭で撮りたいなぁ」

「はあ?」

「亜希ちゃん、笑って」


 隆哉にスマホのカメラを向けられて、亜希は眉根を寄せる。


「ねえ、出掛けるんでしょ?」

「そんな格好で出掛けられるわけがない」

「だから、着替えるって」

「着替えるな。もったいない!」


 大きな声を出した隆哉に亜希はびっくりして閉口する。


「ピザで良ければ、テイクアウトできる店が近くにあるから買ってくるよ。家で食べよう」

「この格好でピザを食べろと?」


 正直、汚しそうで怖い。

 しかも、漢服とピザの謎のコラボだ。


「今日一日その格好でいて欲しい」

「いや、無理。これ、早苗の衣装だから」

「いいんです、いいんです。日岡さんに気に入って貰えたのなら、私すごく嬉しいんで、亜希にあげます」

「は? 早苗、何言ってんの? 夏コミは?」

「いいの。本当に気にしないで。だって、亜希に着て貰ったら満足しちゃったんだもの」

「はああああ?」

「早苗ちゃん、女装している時の蒼潤の衣装も作れるかな?」

「ちょっと隆哉さん???」


 亜希越しに隆哉が早苗に話しかけたので、亜希は顔を引き攣らせる。

 早苗はパッと顔を輝かせて大きく頷いた。


「作れます! 作りたいです!」

「材料費は払うよ。いや、布は俺が選ぶから、買ったら早苗ちゃんの家に送るよ」

「助かります。でも、あまり高価なものはやめてください。ミスった時に泣きそうになるので」

「簪や耳飾りも、昔の物を思い出しながら職人に作らせようか。ウィッグも質が良いものを買おう」

「ウィッグなんですけど、思ったような色がなかなか無いんですよ」

「作らせればいい」

「オーダーメイドですかっ!?」

「殿、亜希がドン引いてます。やめてあげてください」


 相変わらず亜希に関わると散財がヤバイ、と志保が亜希の耳に囁いてきたので、亜希はこくこくと頭を縦に振る。

 だって、そんな衣装をつくったところで、1回試しに着たらそれっきりになってしまうと思う。

 そんな衣装のために、隆哉が本物の宝石がついた簪を買ってしまいそうで、怖い。


「それじゃあ、ピザを買ってくるけど。亜希ちゃん、着替えたら駄目だよ」

「はいはい」


 財布とスマホを掴んでリビングを出て行く隆哉を亜希は玄関まで見送る。

 彼は靴を履いてドアノブに手を伸ばしながら、亜希に振り返った。

 目が合って亜希は瞳を瞬く。すると、隆哉はドアノブに伸ばしていた手を下ろして、一歩亜希の方に踏み込むと、亜希の頬に手を伸ばした。

 される、と思った時には既に唇が触れ合っている。

 

「ちょっと隆哉さん!」


 離れたとたんに亜希は声を上げて、隆哉の胸をとんっと軽く叩いた。

 早苗と志保はリビングに置いて来たので見られていないと思うけれど、見られるかもしれない時にしなくたっていいじゃないか。

 むーっと睨むと、彼は、はははっと昔と同じ笑い方をして、亜希の頭をくしゃりと撫でた。


「亜希ちゃんが綺麗すぎて我慢できなかった」


 行ってきます、とドアを開けて玄関を出て行った隆哉を、行ってらっしゃいと言って亜希は見送った。





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