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比翼の鳥なんてお断り ~私の前世は小説に書いてある~  作者: 海土 龍
本編

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74.深夜2時の再会

 

「歩いて帰る」


 遠慮したわけではないが、少しだけ日岡を警戒して言った。

 それに、ここはよく知っている道だし、家からそう離れていない。大丈夫、と言って彼から離れようとすると、亜希は肩をガシリと強く捕まれた。


「乗れ。何時だと思っているんだ!」

「……っ!?」


 まるで峨鍈のような口調だ。

 亜希が目を見張って日岡の顔を見上げると、彼は、しまったという顔をして、つと亜希から目をそらした。

 亜希は、ムッする。


(何なんだよ。ずっと会いたいと思って捜してたくせに! それなのに、今になって目をそらすなんて!)


 どういうつもりなのか知らないけれど、彼がそういう態度を取るのなら、亜希だって知らない振りをするしかない。

 ぐっと恨めしい気持ちを抑えて、亜希は辺りに視線を向ける。


 昼間なら車の通りの多い道路だが、この時は肌寒さと静寂の闇に包まれて、日岡の車が路肩に停まっている他に車の気配がなかった。

 ひと気もなく、見渡す限り亜希と日岡の二人きりだ。


(今、何時くらいなのだろう?)


 就寝支度を済ませてベッドに上がった時、時計の針は22時を過ぎていたのを覚えている。そこから夢を見て、目覚めたままの姿で家を飛び出してきた。

 もしや、ものすごく非常識な時間なのではと不安が込み上げてきて、恐る恐る尋ねる。


「何時なの?」


 ちらりと日岡が亜希の顔を一瞥して言った。


「2時」

「はあ? えっ、嘘!? 2時って! 午前2時!?」

「中学生がうろうろして良い時間じゃないからね」


 乗って、と再び促された。

 午前2時という衝撃に亜希は抗う気力を失って、言われるままに車の助手席に乗り込んだ。

 パタンとドアが閉まる音が響き、すぐに運転席側に回り込んできた日岡が車に乗ってくる。


「シートベルトして」

「うん」


 自分の家の車にだって助手席には乗ったことがない。まして知り合って間もない男の車になんて。

 落ち着かない心地でシートベルトの留め具を嵌め込むと、日岡がゆっくりと車を動かし始めた。


 ものの数分で亜希の家の前に到着する。

 玄関の扉の前に母親の姿を見付けて、亜希は自分の仕出かしたことの大きさを知った。

 深夜に中学生の娘が家を飛び出していったのだ。心配しないわけがない。


「ヤバ……っ」


 絶対に怒られる!

 慌てて車から降りると、日岡も同じように車から降りて、亜希よりも先に亜希の母親に声を掛けた。


「申し訳ございません。こんな時間まで娘さんを連れ回してしまいまして」


 すみませんでした、と深く頭を下げた日岡の姿に亜希は愕然とする。

 怒りを露わにした母親が日岡に対して金切かなきり声を上げているのが聞こえた。


「亜希!」


 乱れた息遣いと自分の名を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、父親が走り寄ってくる姿が見える。


「いったい、どこに行っていたんだ!」


 捜し回ってくれたのだろう。肩を上下に動かし、呼吸を整えようとしているその姿を見て、ひどく心配をかけてしまったのだと知る。

 父親は亜希に近付くと、自分の妻に頭を下げている日岡の姿に気付き、眉間に皺を寄せた。


「どういうことだ?」


 日岡が亜希の父親に対しても頭を下げようとしたので、亜希は咄嗟に彼の腕を掴んで叫んだ。


「違う! 日岡さんが悪いんじゃない! 私が寝ぼけて家を飛び出しただけなんだ。それで、うろうろしているところを拾ってくれて、家まで送ってくれただけなの!」


 深夜の住宅街に亜希の声が大きく響き、両親は言葉を詰まらせる。

 母親は少しも納得していない顔をしていたし、父親の方も不機嫌そうに顔を顰めている。だけど、二人とも、これ以上、住宅街の静寂さを乱すつもりはないようだった。


「とにかく、こんな時間だ。家に入ろう」


 亜希は父親に背中を押され、母親に腕を引かれて玄関の中に入れられる。

 父親が玄関の扉を閉める前に日岡に視線を向けて、険しい声で言葉を放つのが聞こえた。


「日岡さん、申し訳ないが、今後、娘とは関わらないで頂きたい」


 ぱたんと扉が閉まった音に亜希は胸を突かれた気がして、父親に向かって声を荒げた。


「だから、違うんだって! 日岡さんは送ってくれただけだから!」

「こんな時間に偶然会ったと言うのか? あり得ないだろう!」

「そうよ。それに、あの人だって言っていたじゃないの。連れ回してすみません、って」

「それは――っ!」


 ああ、と亜希は頭を抱えたくなった。

 おそらく日岡は自分がそう言った方が事がうまく収まると思ったのだ。

 だって、事実、日岡が書いた本のせいで亜希は前世の夢を見て、その夢で彼と会ってしまったことに驚いて、深夜に家を飛び出してしまったのだから。

 両親が想像しているような『連れ回し』ではないが、結局のところ、原因は日岡にあって、――でも、それを説明することは、とても困難だ!

 亜希は、ぎゅっと拳を握り、眉を寄せる。


(日岡さんに聞きたいことがあったのに……)


 見つけたと思った時に、会いたいって思ったのだ。

 会って、ちゃんと確かめたいって。

 だけど、何を確かめろと言うのだろうか。

 感情に突き動かされるままに走ったけれど、その結果、彼を前にして、何ひとつ確かなことを聞くことができなかった。


(やっと会えたのに、何も聞けなかった)


 そう思うと、悔しくて、悲しくて、切なさが胸に溢れてきて目頭が熱くなる。

 ぽた、ぽた、と大きな雫を瞳から零す亜希を見て両親が、ぎょっとする。


「もういいから早く寝なさい」


 叱られて泣いているのだと思った両親が亜希を二階へと追い立てた。

 階段を上り、美貴の部屋に行くと、薄闇の中、美貴がベッドの上で体を起こしていた。

 亜希ちゃん、と囁くように言って、大丈夫? と小首を傾げる。


「起こして、ごめん」


 亜希は二段ベッドの上によじ登ると、ギシリとベッドを軋ませながら横たわった。


「大丈夫だから寝て」

「うん、おやすみ」


 美貴はそう言って口を閉ざしたが、しばらく寝付けない様子で寝がえりを打っていた。

 亜希もカーテンの隙間から朝日が射し込んでくるまで眠ることはできなかった。



△▼



「あんたのせいで、みんな寝不足!」


 おっしゃる通りです、面目ありません――このふたつの言葉を先ほどから亜希は何回も繰り返している。

 家族が朝食を終えた頃、ゆっくりと起きてきた亜希を自分の部屋に引きずり込んだ優紀は、フローリングの床に亜希を正座させ、自分はキャスター付きのデスクチェアーに座っていた。

 なぜか美貴も亜希の後ろに、ちょこんと座っていて、さらにその後ろで壁に寄り掛かるように拓巳が立っている。


「夜、何があったのか、ちゃんと説明して! じゃないと納得できない!」


 怒りながら優紀が言うには、受験生な彼女は1時過ぎまで自室で勉強をしていたらしい。

 そろそろ寝ようかなぁと彼女が思った時に突然、大きな音を立てて美貴の部屋の扉が開き、亜希が家を飛び出して行ったのだという。


 そして、拓巳も同様に勉強していたので、亜希が立てた物音を聞いて、部屋から飛び出し、優紀と一緒に1階の寝室で眠る三姉妹の両親を起こしたということらしい。


「今日が土曜日で良かったね」


 良かったかどうかは分からないが、美貴だけが亜希に対して怒った様子を見せずに言う。

 そんな美貴をちらりと一瞥してから、優紀が再び、それで? と亜希を睨み付けた。


「だから、寝ぼけただけだって」

「寝ぼけて家を飛び出すだなんて、いったいどんな夢を見たって言うのよ!」

「言っても、姉ちゃんは絶対に信じないと思う」

「そんなの言ってみなきゃ分かんないじゃない!」


 容赦なく苛立ちをぶつけられて亜希はだんだんと面倒臭くなる。

 そこまで優紀が言うのならば、と亜希は優紀の部屋を飛び出すと、美貴の部屋から本を1冊持って、再び優紀の前に座った。

 だんっ、と本を床に叩き付けるようにして優紀の前に置く。


 城戸の言う通り、この本は呪いの書だと思う。

 だから、あまり多くの人を巻き込みたくなくて、律子に頼んで、図書室に並べられていた本を司書室に移動して貰った。


 律子としても、亜希に読ませることを目的にあの本を図書室に置いていたらしいので、二つ返事で承諾してくれる。

 もともと私物なのよね、と舌をぺろりと出して笑っていた。

 そして、今、亜希の手のひらの下にある本は『蒼天の果てで君を待つ』の1巻だ。水谷から預かっている本である。


「この本を読むと、呪われます」


 どうだと言わんばかりに挑むような目つきで優紀を見上げて言えば、優紀は大きく眉を跳ねさせた。


「はあ?」

「その本って、日岡さんが書いた小説だよね?」


 美貴が亜希の手の中を覗き込むように言ってきたので、亜希は頷いた。


「そう、日岡さんが書いた日岡さんの前世の話。その中には、私も出てきて……。つまり、私の前世がこの小説に書かれているっていうことなんだ」

「意味が分からない。意味が分からない。意味がさっぱり分からない」

 

 同じ言葉を三回も繰り返してぶるぶると首を横に振る優紀に、だよね、と亜希は苦笑する。


「だけど、その呪いはもともと私の前世が日岡さんに掛けたもので、私はその呪いを解きたいと思っているんだ」

「つまり、亜希ちゃんは前世で日岡さんと知り合いだったの?」


 美貴が黒々とした大きな瞳を亜希に向けてきて、小首を傾げた。

 家族の中で美貴だけがいつも亜希の言葉を素直に聞き入れてくれる。こんな突拍子もない話なのに、それでも美貴がいつも通りに聞いてくれたことに亜希は心強く思って、うん、と頷いた。














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