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70.5巻以降のお話


「でも、本気で政治家になりたいのなら、陸上はやめなくても良かったんじゃないですか? 高野先輩くらいのレベルなら、アピールポイントになると思うし」

「うん、そうかもね。だけど、今は勉強する方が大事だと思ったんだ。ずっと勉強しないできたから成績がちょっとアレなんだ」


 それに、と高野はまるで次の言葉こそ一番大事なことなのだというように言葉を続ける


「できれば、優紀と同じ高校に行きたいんだよ」

「それは至難しなんわざと言いますか、かなり大変だと思います」

「だから、今から慌てて勉強しているんだ。俺の今後の人生には優紀が必要だからね。手放すつもりはないんだよ」


 にっこりと浮かべた笑みは、自分への宣戦布告だと受け取って亜希は、むっと顔を顰めた。


「まあ、せいぜい頑張ってください。うちの姉ちゃんに捨てられないように」

「そうだね、たくさん頑張らなきゃいけないな。――ところで、亜希ちゃん」

「はい?」


 急に声のトーンを低めてきた高野に亜希は僅かに目を見開いて、彼を見上げた。

 高野は手にした『蒼天の果てで君を待つ』を軽く持ち上げて言う。


「日岡さんって、随分と鮮明に前世を覚えているんだね。ちょっと普通じゃないし、この人、大丈夫なんだろうかと心配になるよ」

「心配?」

「こんなにもしっかりと覚えている記憶を持て余したりしないのだろうかと」


 あー、と亜希は低く唸って、城戸から聞いた日岡の話を思い出した。


「日岡さんは子供の頃から鮮明に前世の記憶があったそうです。日岡さんの従兄の城戸さんは、前世でも日岡さんの従兄だったんだけど、城戸さんには前世の記憶がなくて、日岡さんがどんなに前世の話をしても、城戸さんはまったく本気にはしなかったらしいんです」

「それは辛かっただろうね。思い出を共有できないってことだから。一緒に過ごして来た相手と昔話をしていて、何を話しても『そんなことあったっけ? 覚えていない』と言われ続けるようなものだと思う」


 高野の話を聞きながら、亜希は想像してみる。

 たとえば、早苗や志保と『くらやみ祭りで早苗がお化け屋敷に入りたくなくて泣いたことあったよね』と亜希が同意を求めて話しても、二人から『えっ、そんなことあったっけ?」と言われるようなものだ。

 そしたら亜希は『あったよ。それで志保が、入りまぁーせんっ‼ って言ったんじゃん』と慌てたように言う。

 だけど、それでも二人は『覚えていない』を繰り返して、その後も亜希が二人に思い出して貰おうと言い募るのだが、二人とも首を横に振るばかりだったら、きっと亜希は悲しくて寂しい気持ちでいっぱいになると思う。


 そんな悲しくて寂しい想いを、日岡は子供の頃にずっと抱いていたのだろうか。


「亜希ちゃんも頑張って。どうして彼がこんなにも鮮明に覚えているのか分からないけれど、彼の寂しさを救えるのは亜希ちゃんだけだと思うから」


 それはきっと城戸から言われた『呪いを解く』と同じ意味なのだろう。

 呪いを解いて救う。そんなことが本当にできるのかどうか分からないけれど、まずは呪いの正体を見付けなければならないだろう。

 亜希は、ぺこりと高野に向かって頭を下げると、彼と別れて早苗と志保と共に図書室の扉を開いた。



 △▼



 亜希が学校から帰宅して30分後に、早苗が自転車に乗って亜希の家にやって来た。

 いよいよ今日、『蒼天の果てで君を待つ』の原稿を最後まで読み終わりそうだと早苗は言う。

 亜希自身の部屋は拓巳に貸しているため、早苗を美貴の部屋に通すと、水谷から預かっている日岡の原稿を早苗に手渡して、クッションを早苗の足元に置いた。

 そこに早苗が座ったのを見て、亜希も4巻を手にクッションにお尻の下に敷いて座る。


「亜希は今どの辺りを読んでいるの?」

「あと数ページで4巻が読み終わるよ」

「それなら、城の話は終わったのね。次は晤貘ごばくを討つ話だね。5巻は、蒼麗そうれいがたくさん出てくるんだよ」

「蒼潤の妹の蒼麗?」

「うん。玉泉ぎょくせん郡主、蒼麗。あざな天鈺てんぎょくだよ。絶世の美女と言われてて、最初、穆珪ぼくけいに嫁ぐの」

「最初?」


 怪訝に思って眉を寄せると、早苗は、うん、と頭を縦に振って頷いた。


「峨鍈はいよいよ北の瓊倶けいぐとの対戦が差し迫ってくるの。そうなると、気になるのは南のこと。南には穆遜ぼくそんという男がいて勢力を広げていたんだけど、ちょっと不幸があってね、亡くなってしまうの。その後を継いだのが、息子の穆匡ぼくきょう。峨鍈よりもずっとずっと若いんだけど、戦上手なの。父親を亡くしたことで一時失っていた領地も、あっという間に取り戻して、どんどん勢力を広げていくのね。その勢いで穆匡が北上してくるんじゃないかって、峨鍈は気が気じゃないの。そこで、同盟を結ぶというかたちで、蒼麗が嫁ぐことになったの」


「え、でも、さっきは別の名前の人に嫁いだって言ってなかった? 穆匡じゃなかったよね?」

「そうなの。最初に嫁いだのは、穆珪といって、彼は穆匡の異母兄なの。体の弱い人でね、蒼麗が嫁いだ一年後くらいで死んじゃうんだよ。でも、ちょうどその頃には瓊倶との戦いは大方決着がついていて、蒼潤が蒼麗に戻って来るように言うの」


 ところが、と早苗は少しだけ声のトーンを下げて言った。


「蒼麗は帰らないの。そのまま、南の地に留まって、穆匡に嫁いじゃうの」

「ええーっ、なんで!?」

「穆匡のことが好きになっちゃったからだよ」

「えー、だって、義理とは言え、弟でしょ? いいの? そんなのありなの?」

「そもそも蒼麗は穆匡に嫁ぐために南に行ったの。でも、穆匡は戦ばかりで、女性にあまり関心が無かったの。ここポイントね。大事なとこよ。穆匡は、蒼潤と似たタイプなの」


 はぁ? と亜希は眉間に皺を寄せる。


「穆匡も蒼潤も、精神年齢がお子様で、恋愛面において鈍感。幼い頃から長い棒を振り回して、外を駆け回っているような典型的な悪ガキだったの。蒼麗はもともと蒼潤に憧れていて、小さい頃から、蒼潤のために身を削るようにと言われて育ってきたのね」

「何それ。初耳……」

「2巻にも書いてあったじゃないの。蒼潤を帝位に着けるために、蒼麗はその美貌を捧げなければならない。それこそが蒼麗が生まれてきた意義だ、って」

「書いてあったっけ?」


 記憶が無くて亜希は首を傾げる。


「主に蒼彰のセリフで『あなたはせっかく美しく生まれてきたのだから、その美貌はじゅんを玉座につけるために使わなければなりません』って。その美貌で、誰々を籠絡ろうらくしなさいとか命じられてたよ」


「怖っ‼ 蒼彰、怖っ‼ 姉が妹に対して言う言葉じゃないし」


「――で、穆匡のもとにも、穆匡を籠絡するために嫁いでくるのね。そのことを穆匡側も承知していて、穆匡のお母さんが『きょうは、女性に免疫がないから、北からやってくる美女に簡単に手玉に取られてしまうでしょう』と心配するの。それを聞いた穆珪が『だったら、代わりにわたしが娶りましょう』と言って、そういうことになるのよ。穆珪の方が長男だし、正室の息子だからね。普通だったら、蒼麗側にいなはないのよ」


「でも、跡を継いでいるのは穆匡の方でしょ?」


「穆珪は体が弱いからね。いつ病死してもおかしい状態だったの。それがむしろ好都合だって言ったのが蒼彰で、峨鍈と穆匡との同盟はどうせ一時的なものなのだから、蒼珪が死んだら、それを理由に蒼麗を連れ戻せばいいと言ったの。連れ戻したら、また別のところに嫁がせることができるでしょ」

「蒼彰、怖っ!」


 身震いをして、亜希は自分の体を自身の両腕で抱き締めた。


「穆珪の体が弱いのなら、きっと夜の方もできないだろうし、清らかな体のまま出戻って来られるはずだというのが蒼彰の読みだったの。むしろ好都合ですね、って。――ちなみに、その頃、蒼彰は蒼邦そうほうの妻になっていて、晤貘を討つまでは峨鍈と蒼邦は同盟関係にあるの。だけど、晤貘を討って、蒼麗を穆珪に嫁がせた直後あたりで、蒼邦は峨鍈を裏切って敵対関係になるんだよ」

「はぁ? なにやってんの、蒼邦。ムカつくなぁ」


 蒼邦に対する苛立ちを隠し切れなくて、亜希は顔を大きく歪ませて悪態をつく。


「裏切りは許せんっていうことで、峨鍈は蒼邦を攻めて、敗走した蒼邦は瓊倶に助けを求めて渕州にいくの。だけど、瓊倶も峨鍈に敗れちゃうから、次は、蒼邦は南西の方に逃げていくんだよ」

「なるほど。そうして、北が峨鍈、南東が穆匡、南西が蒼邦っていう勢力図が出来上がりつつあるね」

「うんうん」


 ひと通りのおしゃべりを終えると、満足した表情で早苗は亜希から受け取った原稿に視線を落とした。

 昨日も亜希の家で原稿を読んでいたので、その続きを探して紙をぺらりぺらりと捲っていく。その微かな音を聞きながら亜希も手に取った本に視線を伏せた。

 どのくらい時間が過ぎただろうか。数十分前に亜希は4巻を読み終え、5巻を読み始めている。

 こんこん、と扉を叩く音が聞こえて、亜希が返事をする前にガチャリと扉が開く。


「亜希ちゃん、おやつ食べる?」


 扉の隙間から美貴が遠慮がちに顔を覗かせた。

 両手にお盆を持って、その上にクッキーを並べたお皿とオレンジジュースを注いだマグカップを乗せている。


「あと、ポテチもあるよ」


 亜希がお盆を受け取ると、美貴は脇に挟んでいたポテチの袋も亜希に差し出した。

 亜希はまずお盆をそのままフローリングの床に置いてから、ポテチを美貴から受け取る。


「ありがとう。美貴さ、早苗から借りた少女漫画、読む?」

「いいの? 読みたい」

「早苗、いいよね?」


 気が利く妹に対するお礼のつもりで、そうと言ったのだが、早苗から返事はない。

 小説を読むことに集中し過ぎていて、亜希の声が聞こえていないようだ。








ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

「読んだよ!」のリアクションを頂けましたら、たいへん嬉しいです。

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