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61.市川が誘拐された時の真相

 

「私は志保の飄々としたところや、そのくせちゃんと寄り添ってくれるところが好きだ。いつも大事な時に、根掘り葉掘り聞いたりしないで、ただ傍にいてくれてありがとう」


 志保は驚いたように亜希に振り向き、目を瞬かせた。その顔が亜希の目には甄燕に重なって見える。

 幼い頃から影のように蒼潤に付き従ってきた甄燕はずっとずっと蒼潤のことが心配で、だから、たぶん蒼潤と一緒に生まれ変わってしまったのだろう。

 志保は再び馬場に視線を戻し、静かな口調で話し出した。


「亜希がもし本当に競馬騎手になりたいのなら、競馬学校っていうところに行かなきゃならないと思う」

「えっ、調べてくれたの!? 自分で調べろって言ってたくせに?」

「ちょっとだけ気になって調べただけ。本当にちょっとだけだから。――で、私はべつに騎手になんかなりたくないから競馬学校には行かない。だから、亜希ひとりで行くんだよ。ガキの頃からずっと一緒だったけど、亜希が自分の道を決めたのなら、その道は亜希ひとりで進むんだ」

「うん、分かってる」

「ちょっと寂しいけどね!」

「私はかなり寂しいんだけど! でも、頑張る」


 志保はもう甄燕ではない。甄燕のように蒼潤に付き従うような生き方をすべきではないのだ。

 志保は志保の道を行く。その道の先に幸あれ、と亜希は願うばかりだ。


 この日の8レース目が終わった頃、亜希は名前を呼ばれて振り返る。背の高い男が片手を上げながら、亜希たちの方にゆっくりと歩いて来るのが見えた。


「城戸さん!」


 亜希も手を振り返すと、厳つい顔がくしゃりと歪むように笑顔を見せる。

 市川が本から、はっと顔を上げて城戸を見上げ、うわっ、と声を上げた。


「本当に将軍だ! ――将軍、この本に書いてあることって、俺たちの前世なんですか?」


 市川は本を片手にレジャーシートから立ち上がると、どうしても言質を取りたいと城戸に詰め寄る。

 出会いがしらの詰問に城戸は顔を引き攣らせて、市川の勢いに押されたように一歩後ろに退き、亜希の耳もとにひそひそと話し掛けてきた。


「なんだなんだ。今日はお友達を連れて来たのか」

「うん、城戸さんに聞きたいことがあって。……私って、前世で、蒼潤だった? あの本に書いてある内容って、私たちの前世に起きたことなの?」

「律子から聞いたんじゃないのか?」

「律子さんは、ふわっとしてたよ」

「そうなのか。じゃあ、俺もふわっと答えた方がいいのかな」

爸爸パパ、そういうの苦手じゃん。白状して」


 ぐはっ、と城戸が見上げるほど大きな体を仰け反らせて、両手で顔面を覆った。

 そして、指と指の間から市川の顔を覗き見ると、無言で頷く。


「やっぱり前世なんだ」


 ――ということは、自分たちはみんな、前世ではパラレルワールドの住人だったということだ。

 信じがたいが、そこはもう、どうでもいい。

 信じようと、信じまいと、それが前世だということがすべてだからだ。

 城戸は顔を覆っていた両手を下ろすと、改めて市川のことを、その姿を確認するかのようにまじまじと見つめた。


「お前は、陽慧ようけいだな。大きく育ったなぁ」


 はははっと笑いながら城戸は市川の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 陽慧というのは、柢恵のあざなで、冠礼を行った時に峨鍈がつけたものだ。

 亜希は、城戸の『大きく育ったなぁ』という言葉が引っ掛かり、眉間に皺を寄せた。

 市川はけして背の高い方ではなく、彼が柢恵だった頃に比べたら、むしろ逆だ。チビになったなぁと言うのなら分かる。

 もしかして、と亜希は城戸に胡乱な目を向けた。


「城戸さん、市川っていうんです。そいつ、市川(りょう)です」

「あ、ああ、うん。今はそういう名前なんだな」

「城戸さんって、市川と会ったことありますよね?」

「えっ」


 不意を突かれたような顔をして城戸は亜希に振り向く。


「い、いやいや、今日が初対面だ」

「怪しい……」


 じとりと見つめると、城戸は不自然に焦った様子を見せる。怪しい。

 だが、市川が亜希の隣で首を傾げた。


「俺も今日が初対面だと思うけど? 会ったことなんかないはず……。だけど、確かに変だなぁ。俺が覚えていないだけで、小さい頃に会ったことがあるのかなぁ」

「市川君が覚えていないこと?」


 早苗も原稿から顔を上げて、考え込むように口元に拳を押し当てる。


「市川君が覚えていないことって言ったら、誘拐された時のことよね?」

「いや、普通に忘れてしまったり、幼過ぎて覚えていない時期もあるけど?」


 まるで生まれた瞬間の記憶からずっと持ち合わせているみたいな言い方をした早苗に、市川は呆れたような視線を向ける。

 だが、その時、亜希はピンっと閃いた。


「ちょっと待て! 私、夢の中で柢恵も誘拐されたんだっていう話を聞いた覚えがある気がする!」

「そう言えば、そんなエピソードがあった気がする!」


 亜希が大声を上げれば、早苗も大きな声を上げて、二人で市川に振り向く。


「柢恵が12歳の頃に、かなり強引に峨鍈が柢恵を連れて行ったから、父親に訴えられてしまったんだって」

「誘拐じゃん!」

「うわっ、もしかして、市川を誘拐した犯人って……」

「はい、ストップ!」


 城戸が中学生たちの顔の前で大きな手を大きく広げてかざす。


「それ以上、口にしてはいけない」

「えー。だって、確実に犯人あの人じゃん」

「ひどいわ。誘拐されたせいで市川君、小学校の入学式に出られなかったのよ」

「いや、べつに入学式とかどうでもいいから。――ああ、じゃあ、その時に城戸さんとも会っていたんですね。覚えてなくてすみません」


 市川が真顔で謝罪するものだから、城戸はギョッとして居心地が悪そうな様子を見せる。今すぐにでも帰りたいっていう顔だ。

 律子も大概だが、城戸のうっかりポロリ発言がひど過ぎて、おそらくその心中は後悔の嵐が吹き荒れていることだろう。


「ええいっ、もう正直に話そう! 確かに俺はあの時、市川君と会ったし、市川君を家まで送り届けたのは俺だ。あいつは、けして市川君を害そうと思って攫ったわけじゃなくて、単に、出会えたことが嬉し過ぎて家まで連れ帰ってしまったらしいんだ」

「嬉し過ぎて……?」

「むしろ、ドン引き」

「えー。それで丸一日、幼い市川を監禁したの?」


 監禁と聞いて、城戸はぶんぶんと大きく手と頭を振って否定する。


「監禁してない。監禁なんて……。普通に会話をしたり、ゲームをしていたらしい。いつでも帰りたいと言えば、帰すつもりだったと言っていた」

「けど、帰さなかったんだから、やっぱり犯罪じゃん」


 ぐうっと城戸の喉が大きく鳴る。もはや庇い切ることができないと両手を上げた。

 しかし意外にも市川が、そうかと、どことなく明るい表情をして呟いた。


「俺、現世でも殿と出会えていたんだな」


 その表情と言葉が亜希には信じられなくて、思わず市川に聞いてしまう。


「峨鍈に会えて、嬉しいの?」

「ああ、うん。嬉しい。――嬉しかったはずなのに、なんで忘れてしまったんだろう? 一緒に過ごした時の記憶、忘れたくなかったなぁ」


 市川が6歳で、きっとあの人は大学生くらいの時のことだ。

 なぜその時の記憶を失ってしまったのかは、明確には分からないが、きっと6歳の頭の許容範囲を超えるような出来事だったからだろう。


「嬉し過ぎて忘れたんだよ」

「それだ!」


 適当に言ったのに、市川が強く肯定してくるから本気でビビる。


「そういうわけで、前科こそついてはいないが、前科があるような無いようなあいつが亜希ちゃんを見つけた時には、俺が全力で止めたんだ」

「は? それどういうこと!?」


 どうやら城戸は本当にすべてを白状する気になったらしく、疲労感を全身から溢れ出しながら4年前の話を始めた。


「蒼潤がもし現世にいるとしたら必ず馬が関係する場所にいるはずだからと、各地の競馬場や牧場、乗馬施設なんかを渡り歩いたわけだ、あいつと俺は。それこそ何年も何年もかけて。正直、俺は前世なんか信じていなかったし、ガキの頃からあいつが話してくる物語なんて、ただの作り話だと思っていたんだ」


「あの人って、そんな子供の頃から前世の話をしていたの?」


「ああ。物心がついた時から、ずっとだ。あいつだけがすべてを覚えていて、俺も、他も、みんな覚えてはいない。思い出せって、何度も言われたな。怒鳴られたり、泣かれたりしながら、何度も何度もしつこく言うもんだから、ある時、律子が全部読んであげるから文章にして、って言ったんだ」

「それで本になったのね!」


 早苗がぱっと顔を輝かせて言葉を挟む。


「だから、1冊目は律子のために書いた本だな。あいつが18歳の頃か。大学受験そっちのけで必死に書いていたっけ。――で、それを読んだら、律子も俺も薄っすらと思い出して来て、そんなに蒼潤に会いたいのなら、捜してみようかと動き出したのがその頃だな。それから、水谷と出会って……」


「えっ、水谷さんも関係があるの?」

「あれ? 亜希ちゃん、水谷と会ったことあるんだろ? 気付かなかったのか?」

「ぜんぜん」


 城戸の口ぶりから察するに、水谷も前世で出会っている人物なのだろう。いったい誰だろうか。

 水谷の綺麗に整った顔を脳裏に思い浮かべながら亜希は首を傾げる。そして、まさか、と市川に振り向いた。


孔芍こうじゃく……?」


 峨鍈の軍師のひとりだ。

 柢恵を峨鍈に推薦した人物であり、柢恵が半人前の間は衣食住の面倒を見ていた人物である。

 市川の顔色がさっと変わる。













【メモ】

4月26日 火曜日 亜希3巻、志保2巻、市川4巻、

4月27日 水曜日 市川も夢を見る。

4月28日 木曜日 夢を見ると、市川が亜希に話す。

4月29日 昭和の日 女の戦い 梨蓉が律子

4月30日 土曜日

5月1日 日曜日 天皇賞 城戸が夏銚

5月2日 月曜日 志保が夢をみる。律子不在。早苗7巻、市川5巻、

5月3日 憲法記念日 葵陽へ

5月4日 みどりの日 新しい側室

5月5日 こどもの日 暗闇祭り 拓巳がくる。亜希3巻放棄して4巻 郡王になる。郡主としては離縁して、郡王として婚姻?

5月6日 金曜日 志保3巻 市川6巻 前世? 騎手になりたい 比翼の鳥なんてまっぴらだ!

5月7日 土曜日 ピクニック 誘拐の真実 水谷が孔芍 朝議に参列したい 蒼絃と話す


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