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56.前世はパラレルワールドの住人

 

「律子さんって、城戸さんのことを知っているの? じゃあ、やっぱり日岡さんとも繋がっているんでしょ?」

「実はね……」


 ふふふっ、と律子は口元を手で覆って笑みを零した。


「元カレなの」

「どっちがぁーっ!?」


 ぎょっとして亜希は思わず大きな声を出してしまう。

 すると、律子は目を瞬かせて、それから再び、ふふふっと笑った。


隆哉たかやさんよ。でも、亜希ちゃん。高校時代のほんの数か月の話だから気にしないでね」


 隆哉というのは日岡の下の名前だ。

 亜希は、さあっと頭から血の気が引いていくのを感じた。指先が冷えて膝が震える。


「よ、よく、あ、あんな、変な人と、付き合ってましたね」


 やっとの思いで口にした言葉は、そんな言葉で、本当はもっと違う言葉を律子に言いたかったはずだった。

 恐れや焦りに似た感情が亜希の心を激しく揺さぶって、律子のことを好ましく思っているはずなのに、そんな彼女に対して攻撃的な想いが向いてしまう。

 それは亜希が生まれて初めて抱いた感情で、その感情を醜いと思って亜希は泣き出したくなるくらいに、つらくなった。

 律子は亜希の動揺を察しながら、それに気付かない振りをして明るい口調で冗談めかして言った。


「隆哉さんはとても賢い人よ。話も面白いし。あと、出会った時に、ビビビッと来ちゃったの」

「それって、運命ですか!?」


 顔を輝かせて口を挟んできたのは、亜希の隣に座った早苗だ。

 興奮したように頬を染めてキラキラした瞳を律子に向けている。


「そうね、運命と言えば、運命よね。私が高1の時に、2つ上の隆哉さんが急に声をかけて来てね。なんとなく付き合うことになったんだけど、……だけど、私、今回の人生でも、また、この人のお世話をするのはお断りだわって思ったのよ」

「今回の人生……?」


 市川が顔を顰めて律子の言葉を繰り返した。すると、律子は明らかに、ぎくりとした表情になって市川から視線を逸らした。

 早苗と市川が揃って両手で握った拳で、どんっとテーブルを叩いた。


「律子さん、知っていること隠さず話してください」

「そうですよ、全部話してください!」

「だめよ。困るわ。口止めされているのよ」


 片手を顔の前でかざして、律子は首を横に振る。

 すると、志保が一歩下がった場所から眺めているような冷静な眼差しで律子を見やり、抑揚の少ない声で言った。


「口止めしている人物って、日岡さんっていう人ですよね? 『蒼天の果てで君を待つ』の作者で、律子さんの元カレの……」


 だが、志保の静かな問いかけは、律子を冷静にさせてようだった。彼女は首を縦にも横にも振らずに、じっと黙り込んだ。

 亜希は先日の日曜日に城戸から言われた言葉を思い出して、志保がテーブルの上に置いた本を指差して言う。


「城戸さんが、日岡さんが書いた本のことを『呪いの書』って言ったんです。でも、本当に呪われているのは日岡さんで、その呪いを解くことは、私にしかできないって。――それって、どういう意味ですか?」


 亜希は律子をまっすぐに見つめた。


「日岡さんの呪いって、どうやれば解けるんですか? 呪いを解けば、夢を見ることはなくなりますか? 私、どうしたらいいですか?」

「亜希ちゃん……」


 律子は、だめよ、と首を横に振る。


「ぜんぶ私に聞こうとしてはいけないわ。自分で答えを探すのよ」

「でも、どこを探したら良いのか分かりません」

「本を読んで。その本は、隆哉さんが亜希ちゃんのために書いた本なのよ」

「えっ」


 聞き返そうと思った時、予鈴が鳴り響いた。律子が素早く立ち上がって、教室に戻るようにと4人を急かす。

 まだ話は終わっていないのに、とすがったが、律子は容赦なく4人を司書室から追い出した。

 図書室を出て、4人で廊下をとぼとぼと歩きながら、放課後にもう一度、律子を問い質そうと市川が言ったが、おそらく律子はもう何も語ってくれないような気がした。


「亜希のために書いた本かぁ……」

「それって、どういう意味だろう?」


 教室の手前で早苗に振り返り聞き返すと、早苗は小首を傾げた。


「分からないけど、でも、ちょっと納得した」

「うん、俺も納得したかな。だって、久坂が物事の中心にいるように思う。たぶん、相関図を描いたら、久坂だけがみんなと線が繋がるんだと思う」

「何それ? じゃあ、今度の土日みんなも城戸さんと会う? 競馬場に来てくれれば会えると思うよ」

「そりゃあ会ってみたいけど、そういうことじゃないだよなぁ」


 市川がやれやれと首を横に振る。

 それから人差し指を立てて、もうひとつ、と言った。


「律子さんが『今回の人生』って言ったのが気になる」


 ああ、と声を漏らして志保も頷く。


「今回があるということは、前回があるということだよね? もしかしたら次回もあるのかもしれないけど、今回が最終回なら次回は必ずしもあるとは限らないから、とりあえず、あるのは前回なのかなぁ」

「え? ええ? つまり、どういうこと?」

「今回の人生に対応する言葉として、前回の人生があるとしたら、つまり、それは『前世』っていうことだよ」

「前世……?」


 ぽかーんと亜希は頭の中を真っ白にする。

 それから、はぁ~!? と顔を顰めて大声を上げた。


「何が前世!? えっ、どういうこと!?」

「だから、私たちがずっと夢で見ている内容が、私たちの前世で起きた出来事だったんじゃないかってこと」


 志保に察しの悪さを指摘されるように言われて、亜希はバッと早苗に振り返った。早苗も思ってもみないことを聞いたとばかりに目を大きく見開いている。


「でも、めちゃくちゃファンタジーの世界じゃん」

「そうだよね。三国志に似ているかなぁって思うけど、地名も人名もまったく違うし、実際の歴史で起きたことじゃないもの」

「パラレルワールドなんじゃないかな」


 早苗の言葉を受けて市川が、ぽつりと言った。

 亜希は耳を疑って聞き返す。


「パラレルワールドっていうのは、俺たちの世界とは違う別の次元に存在する世界のことで……」

「大丈夫。それは分かってる。だけど、市川が本気でそれを言っているのが信じられない。パラレルワールドを信じてるの?」

「信じているというか、あっても良いんじゃないかなって思ってる」

「じゃあ、つまり、市川は、私たちは前世でパラレルワールドに住んでいたって言いたいわけ?」

「前世の俺たちにとっては、この世界こそパラレルワールドかもしれない」


 天才少年が意味の分からないことを言い始め、考え込むように口元に拳を押し当てて黙り込んでしまった。

 本鈴のチャイムが廊下に鳴り響く。市川が片手を振って自分の教室に向かうのを見送ってから、亜希たちも自分たちの教室に入った。



 △▼



 亜希が帰宅した15分後に早苗が家にやってきた。

 くれぐれも安全運転をと言い聞かしたのだが、おそらく早苗は自転車を飛ばして来たに違いない。

 部活が休みだと言うので志保も誘うと、志保は早苗から遅れること20分後にゆっくりと歩いてやって来た。


「今、美貴と同じ部屋なんだ」


 志保に向かって言うと、早苗が知ったかぶって口を挟んでくる。


拓巳たくみ君が来ているんだよ。しばらく亜希の家に泊るんだって」

「拓巳って、亜希の従弟いとこの? 受験して私立の中学校に通っているんだよね?」

「うん。朝早くに電車に乗って登校しているみたい。給食がないらしくて、母さんが毎朝お弁当をつくってる。大変そうだ」


 拓巳ひとりのために亜希たち家族の生活リズムは総崩れになって、拓巳を中心にした新しい生活が始まっていた。

 正直、迷惑極まりない。拓巳が同じ家にいると思うと、トイレのタイミングとか、風呂上りの格好とか、とにかく気を遣う。


 階段を上って美貴の部屋に入ると、二段ベッドと壁の隙間を抜けて窓際の亜希のスペースに早苗と志保を案内する。

 水谷から渡された紙袋の中から、ずしっと重い茶封筒を取り出して早苗に渡した。


「データが入ったUSBも預かっているんだけど、紙の方が読みやすいでしょ?」

「うん、ありがとう」


 さっそく早苗は茶封筒の中を覗き込んで、怪訝そうに言う。


「これって、ほとんど書き終えているんじゃない? 結構ページ数がありそう」

「そうなの? まったく見てないから知らなかった」


 亜希が渡したクッションの上に座ると、早苗は持参してきた漫画を鞄から出して亜希に差し出した。


「例のブツです」

「うわっ、本当にBL本を持って来たし」

「1ページ目から濡れ場だよ」

「怖すぎて開けない! 志保、どうぞ」

「なぜそこで私に渡してくるのさ」


 嫌そうな顔をしながら志保はちゃんと受け取って、パラパラとページを捲っている。すごい。

 早苗もA4の印刷用紙にプリントアウトされた小説を読み始めたので、亜希も『蒼天の果てで君を待つ』の4巻を手に取った。


 夢で見た辺りのシーンを捜してページを捲る。


 昨夜の夢の後、杜圻とぎん一派はことごとく捉えられ、朝廷における峨鍈の対抗勢力は一掃された。

 峨鍈が葵陽に入った当初、杜圻はいかにも味方だと言わんばかりの顔で峨鍈に近付いて来たが、名門杜家を誇る彼がその胸の内では、宦官の孫である峨鍈を蔑み、利用するだけ利用し、そののちは排除しようと企んでいたのである。

 その企みに乗じたのが蒼彰で、彼女は弟を玉座に座らせるためには手段を選ばず、手を組む相手の善悪もまったく構わなかった。


 あの夜、蒼彰は異変を感じると、すぐさま蒼麗を連れて葵陽を発っている。向かった先は、つい数日前に蒼邦が刺史として向かった琲州だ。

 そして、投獄された杜圻は、血判状に名前を記した他の者たちと共に処刑された。彼の娘の苓姚がどうなったのかは、小説には書かれていない。


「――ねえ、亜希ってさ」


 志保が漫画から顔を上げて、亜希を呼ぶ。亜希も本から顔を上げて志保に振り向いた。


「何?」

「亜希の前世が蒼潤だとして、自分の前世が男だということを、どう思った?」

「どうって?」

「だって、いつも言ってるじゃん。男に生まれたかったなぁ、って」


 うーん、と亜希は低く唸る。そう言う志保だって、甄燕が志保の前世であるのなら、前世は男だったということになる。

 普段、悩みなんてないという顔をしている志保も、前世の性別に思うことでもあるのだろうか。











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