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45.さて、ここでクイズです


「あいつの呪いは、亜希ちゃんにしか解けない」

「それって……どういう……?」


 意味が分からない、と聞き返したが、城戸はそれ以上は何も話してくれなかった。

 おそらく律子と同じだ。口止めをされているのだろう。

 だけど、城戸も律子も少しずつヒントをくれている。今はそれを追っていくしかないのだ。


 その後はいつものように競馬を楽しんで、城戸に昼食を奢って貰い、夕方に帰宅した。

 自室の前で、亜希は呆然とする。自分の荷物がことごとく廊下に放り出されていた。

 衣類や学用品は段ボールにごちゃっと詰め込まれ、布団は無造作に部屋から押し出されている。


「なんじゃ、こりゃぁーっ‼」


 大声で叫ぶと、すぐさま、うるさいとの声が返ってくる。声の主は優紀だったが、自室から顔を出したのは美貴だった。

 美貴が亜希に向かって手を招いている。


「亜希ちゃん、しばらく私と一緒の部屋だよ」

「なんで?」

拓巳たくみ君が来るんだって」

「なんで!?」

「叔父さんたち、しばらく海外に行くんだって。一ヶ月くらい? その間、拓巳君は学校を休むわけにはいかないから、うちから学校に通うんだって」

「なんでーっ‼」


 拓巳と聞いて亜希の顔が強張る。その名前に対する拒否反応から、ぐらりと眩暈さえ感じた。

 拓巳は亜希の従弟いとこであり、祖父が溺愛した彼のたった一人の孫息子だ。

 亜希は幼い頃からずっと祖父に、彼が自慢に思う孫息子と優劣を付けられて育ってきた。

 比べられて、お前の方が劣っていると言われ続け、それは呪いの言葉のように亜希の心に刻まれた。


 ――女が男に勝つ必要はない。


 祖父の言葉が亜希の脳裏で瞬時に蘇った。


「お前は女だから、男である拓巳に勝つ必要なんてない」

「お前は女だから、男である拓巳より劣っている」

「お前は女だから、劣っていなければならないのだ」


 数年前に祖父は死んだのに、言われ続けられて、未だに刻まれた劣等感が亜希の心を苛んでいる。

 拓巳を思い出すと同時に思い出すのは、祖父の皺だらけの手だ。

 ゴツゴツと、固そうな手だった。

 触れたい、と思ったことなんてなかった。 ただ、触れて欲しいと願っていた。


 亜希は、ぐっと奥歯を嚙みしめて頭を左右に振った。


「――それで、なんで私が美貴の部屋に移動なわけ?」


 不服げに尋ねると、美貴は当然とばかりに言い放った。


「拓巳君のために部屋をひとつ空けなきゃいけないからだよ。お姉ちゃんは受験だから、ひとり部屋がいいって言ってて、じゃあ、私か亜希ちゃんだねってなって、それなら荷物が少ない亜希ちゃんを移動しようってことになったの。亜希ちゃんは洋服だって、そんなに持っていないし、参考書なんて全くないし。移動がラクでしょ? ――亜希ちゃん、競馬場に行っていて留守だったから、ちょうどいいね、やっちゃおうか、って」

「ひどい。ひどすぎる。なんの断りもなしに! 居候いそうろうなんだから肩身を狭くしてろってーの。拓巳なんて、シリウスの小屋で十分じゃん!」


 亜希は憤慨して大きな身振りで言う。

 ちなみに、シリウスというのは愛犬の名前だ。

 ラブラドール・レトリーバーで、毛並みは黒。 だけど、額の真ん中に白っぽいような黄色毛がわずかに混ざっていて、それが闇夜に輝く一番星のように見えたため、『シリウス』という名前をつけたのだ。

 美貴が顔を顰めた。


「拓巳君をシリウスの小屋だなんて、そんなことできるわけがないじゃない。そんなことを言ってると、亜希ちゃんが、シリウスの小屋にどうぞ、って言われちゃうよ」


 呆れたように言いながら、美貴は自分の部屋に亜希の荷物を運び入れるのを手伝ってくれた。


 ――さて、月曜日だ。

 登校した亜希を、昇降口で市川が待ち構えていた。

 おはようの前に市川が、どうだった? と聞いてくる。


「昨日、城戸さんと競馬場で会ったんだけど……」

「うん」

「城戸さん、爸爸パパだった」

「は?」


 下駄箱に向かうと、靴から上履きに履き替えた。市川も上履きを履き替えると、亜希の教室までついて来る。


「つまり、城戸さんっていう人が夏銚かちょうだったということか」

「そう。それで城戸さんが言うには、日岡さんは呪われているんだって。だから、日岡さんが書いた本も呪われてるんだよ」

「呪われ……えっ、呪い!? ここに来て、ホラーな展開になるのかよ」


 亜希が教室に入ると、既に登校していた早苗が亜希の姿を見付けて、おはようと声を掛けて来た。


「亜希、ゆめぶり!」

「聞いたことない造語きたーっ」

「私も市川くんと夢で会いたかったなぁ。おはよう、市川くん」

「おはよう。藤堂さん、聞いた? 律子さんのこと」


 うん、と早苗は大きく頷いて、信じられないと両手で拳をぐっと握って言った。


「律子さんが梨蓉だったんでしょ。それで私、朝イチで図書室に行ったの。そしたら、律子さん、今日はお休みなんだって」

「えっ、休みなの?」

「他の先生が代わりにカウンターにいて、浦部先生どうしたんですか? って聞いたら、体調不良でお休みですって言われたの」

「だめじゃん。あれこれ聞こうと思ってたのに」


 月曜日はゴールデンウィークの中日である。明日からまた祝日が続いて、次の登校日は金曜日になってしまう。


「城戸さんに会えるのも土日だけなんだろ?」

「うん。それにたぶん城戸さんからはこれ以上聞けないと思う。口止めされているみたいで」

「律子さんも口止めされているんだろ?」

「でも、律子さんの方が攻めやすそうじゃない?」

「いや、城戸さんが夏銚なら、どっちもどっちじゃないのか?」

「えー、なになに? 城戸さんって、亜希がよく競馬場で会う人だよね? その人がどうしたの?」


 早苗が瞳を輝かせて亜希と市川の話に割って入ってくる。

 城戸が夏銚だったという話をすると、早苗は市川の言葉に同意して頷いた。


「夏銚って、蒼潤の爸爸でしょ? 城戸さんっていう人も絶対に亜希に甘いと思う!」

「だよなぁ」


 そこに、おはようと言って志保が教室に入って来た。すぐに亜希たちの方に歩み寄って、市川の姿に怪訝な表情を浮かべた。


「何かあった?」

「志保、おはよう。大事件だよ。律子さんが梨蓉で、城戸さんが夏銚だったの!」


 早苗が興奮気味に言うと、志保は僅かに目を見張った。


「夢の話?」

「そう、夢の話」


 志保は自分の席に行くと、鞄を机の横にかけて、それから亜希に振り向いた。


「亜希、あのさ」

「何? どうかした?」

「2巻、読み終えた」

「え。もう?」


 志保が『蒼天の果てで君を待つ』を意外な速さで読んでいることに驚く。


「うん。それでさ、亜希」

「ん?」

「見ちゃったんだけど……」

「へ?」


 ――何を?


 端的すぎる志保の言葉に亜希は眉根を寄せるが、志保は構わず言葉を続けた。


「確かに面白いと思うよ。途中で止めらんなくて、読み終えるまで寝られないってカンジだった。――だけど、夢にまで見るほど、ハマっている気はないんだよね。ハマっている自覚がないのに、夢にまで見ちゃうなんて、なんか納得いかない!」

「……」

「……」

「……え? 今、なんて?」


 普通に聞き逃してしまった。

 早苗も市川も亜希と同じような表情をしているから、きっと聞き逃したに違いない。

 ゆっくりと志保の言葉を脳内で再生して、亜希は志保に言われただろう言葉を繰り返した。


「…夢、見た……の?」

「そう」

「夢って……何の?」

「だから、これ」


 志保は、鞄から『蒼天の果てで君を待つ』を取り出して亜希の顔の前に突き付けた。


「ええっ!? 本当に!? 志保まで夢を見たの!? えっ、えっ、じゃあ、志保は誰なの?」


 誰になりきった夢を見るのかと問えば、志保は顔を顰めた。


「それがさー」

「……私、聞かなくとも、分かる気がする」

「俺も」


 志保が答える前に早苗と市川が、はいっと挙手する。さっぱり思い浮かばないのは、亜希だけらしい。

 だってね、と早苗が亜希に向かって人差し指を立てた。


「私が春蘭しゅんらんなのよ。天連てんれんの乳姉妹で、侍女。常に天連にべったり」

「藤堂さんも久坂にべったり。常に一緒だ」

「でも、天連が戦場に行く時は、そういうわけにはいかないでしょ? 春蘭の代わりにくっついている少年がいるじゃない?」


 クイズのような物言いだ。亜希は、ますます首を傾げる。


「――で、誰?」

「もう。どうして分からないのよ!」


 ぷんぷん怒られても分からないものは分からないのだ。頬を膨らませる早苗に、亜希は肩を竦めた。 怒られても困る。

 すると、市川がケラケラ笑った。


「甄燕だよ。蒼彰そうしょうの乳兄弟だけど、幼い頃からずっと蒼潤に仕えていた少年がいただろ?」


 ああ、と亜希は手を打った。


えんか!」


 蒼潤よりも2つ年上で、蒼潤の遊び友達、兼、お目付役だった彼は互斡国を出たあとは、蒼潤の副官として共に戦場を駆け巡っていた。


「ええーっ!? 志保が甄燕しんえんなの⁉」


 志保が静かに頷いたのを見て、亜希は堪らず大声を上げて大げさ過ぎるほど驚いてみせた。

 そして、不意に冷静になって、ぽそりと呟くように言う。


「志保って、夢の中では男なんだね」


 あんたもね、とすぐに返事が返されて亜希は笑った。

 










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