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39.偶然にしては出来過ぎている?


「俺たちは『蒼天の果てで君を待つ』を読んでいる。同じ中学校の同じ学年だとか、他にも上げようと思えばいくつも共通点はあるけど、一番何かあると考えられるのは、あの本を読んだということだと思う。――だけど、あの本って、出版されているんだよな。読んだ人なんて大勢いそうだ」


「それが、あの本って、自費出版なんだって。だから、そんなに流通していないって言ってたよ。実際、早苗があちらこちらの本屋で捜したけど見付からなかったみたい。あとネットでも売ってなかったらしい」

「自費出版って、誰から聞いたんだ?」

「作者の日岡さんだよ」


 えっ、と市川は瞳を大きくして驚いた表情を浮かべた。


「作者と会ったことがあるの?」

「話してなかったっけ? うちに来たんだよ」

「ええっ!? なんで!?」

「うちの父さん、中国史の研究をしていて、その研究に興味があるとかなんとかで、父さんの客として来たんだ」

「へぇ……」


 市川は言葉を失ったかのように亜希の顔をまじまじと見つめる。それから、徐々に眉を歪めていった。


「そんなに流通していない本がなぜうちの学校の図書室にあるんだろう……?」

「それは司書の律子さんが手に入れたからだと思う。どうやって手に入れたのかは分からないけど。本のファンだって言ってたよ」

「――ということは、律子さんは以前にもあの本を読んだことがあるっていうことだよな? 読んだことがなければファンになれないし。それに、律子さんは、あの本の入手方法を知っているということだ」


 亜希と市川の共通認識として『あの本が怪しい』というところまできている。そして、次なる疑問は、どうやって律子があの本を手に入れたのか、だ。

 普通の本屋には売っていない。ネットでも売られていない。早苗は偶々1巻を古本屋で見つけたと言っていたが、その一冊きりだったと言う。

 市川の指先が、トントン、と一定のリズムで彼自身の肘を突く。そして、ぽつりと零すように言った。


「律子さんって、作者から直接買ったんじゃないかなぁ」

「それって、つまり、律子さんと日岡さんは繋がっているってこと? だったら、なんでそれを教えてくれないの?」

「それは、俺たちが聞かないからじゃないかな? 聞かれていないことは、自分からは言わないタイプなのでは?」

「何そのタイプ!? じゃあ、今度、図書室に行ったら聞いてみればいいっていうことだよね?」

「そうだな、うん。――でも、明日からゴールデンウイークだけど」

「くっ、このタイミングで!」


 明日はまだ金曜日だが、『昭和の日』で祝日なのだ。

 そして、土曜日、日曜日と休んで、月曜日は5月2日で平日。律子に会いに図書室に行くなら、この日だろう。

 そうでなければ、火曜日から再び祝日が続いてしまう。


「久坂が作者と顔見知りなら、作者に聞いてもいいんじゃないかなぁ?」

「日岡さんに? あなたの小説を読んだら変な夢を見るようになりました……って?」

「うん、聞けないかな。聞いたところで、『へえ』で終わってしまうかもしれないけど」

「その場合、かなりイタイ子に見られるよね。――ああ、でも、ダメだよ。日岡さん、失踪中だから」

「ええっ!?」


 よほど驚いたのか、市川は組んでいた腕を外して両手を大きく広げてみせた。


「失踪中って!?」

「小説の続きが書けないって言って、いなくなっちゃったんだって。でも、おかしいんだ。私、その日、競馬場で一緒にご飯たべたからね!」

「え、どういう関係? しかも、なぜ競馬場?」


 意味が分からないと、亜希が競走馬ファンだということを知らない市川は首を傾げる。

 一方、亜希は競馬場という単語を口にして、あることを閃いた。日岡に繋がる人物が他にいるではないか!


「城戸さんだ!」

「えっ、だれ?」

「私がよく競馬場で会う人! 日岡さんの従兄いとこなんだ」

「ちょっと待って。久坂はあの本の作者の従兄とも知り合いなの?」


 市川に問われて亜希は何かが違うと、自分の頭の中を整理しつつ、ゆっくりと言葉にする。


「たぶん市川が思っている順序とは違う。もともと城戸さんと知り合いだったの。私、8歳の頃から競馬場に入り浸っていて、そこで知り合ったのが城戸さんなの」

「8歳から競馬場に入り浸っていた……? いや、俺も府中っ子だから、小さい頃に競馬場の日吉ヶ丘公園で遊んだことはあるけど……」

「うん、ごめん。今そこ引っ掛からないで。めんどくさい」


 亜希は市川の顔の前で片手を掲げ、市川の思考をストップさせる。

 

「城戸さんとはかれこれ4年くらいの付き合いなんだけど、つい最近、城戸さんに従兄だって言われて紹介されたのが、日岡さんだったんだ」

「それって、久坂のお父さんのお客さんとして久坂の家に来たのとどっちが先?」

「お客さんとして家に来た方が先だよ」

「……」


 市川は怪訝な顔をして、しばし口を閉ざして考え込む様子を見せた。


「市川?」

「ああ、ごめん。――なんだか、出来過ぎているような気がして。偶然過ぎるって言うか」


 市川に言われて思い返してみれば、確かに偶然がいくつか重なっているように思う。

 父親の客として現れた日岡の小説を、偶々、亜希が読んでいて、亜希が4年前に競馬場で知り合ったのが、偶々、日岡の従兄の城戸だった。


「とりあえず、次の土日のどちらかで城戸さんと会えたら、日岡さんのことを聞いてみるよ」

「――というか、その城戸さんっていう人も『蒼天の果てで君を待つ』を読んだかどうか聞いてくれる? それで、もし読んだことがあるって答えたら………」

「答えたら?」


 妙なところで市川が言葉を切ったので、亜希は市川の言葉を繰り返して尋ねた。市川は僅かに躊躇してから言葉の続きを言う。


「夢を見るかどうか、聞いて」

「……うん」


 それは亜希に、イタイ子になってくれと言っているようなものだ。だから、躊躇してくれたのだな、と亜希は理解した。

 ――その時だ。亜希と市川の視野が陰る。

 ぬっ、と太い腕が伸びて、空が割れたのかと思うような太い声が響いた。


「こら、悪童ガキども! こんなところにいたのかっ‼ 探したぞ、莫迦ばか者っ!」


 左右の大きな手がそれぞれ亜希と市川の襟を摘み上げる。亜希は空を蹴って、思わず叫んだ。


「きゃああああああああーっ‼」

「女みたいな悲鳴を上げるな。情けない」


 呆れたような声に背後を振り返れば、夏銚かちょうがうるさそうに眉根を寄せている。

 彼は蒼潤と柢恵の体をまるで子犬みたいに持ち上げ、意図的にぶらんぶらんと左右に揺すった。


様、やめてください」

「柢恵は、評議を欠席した罰だ。昨日も欠席だっただろう」

「昨日の欠席には、ちゃんと理由がありますよ。寝坊です」

「理由になるか、馬鹿者」


 夏銚は2人の襟を掴んだまま、ぐるりと自ら回転する。

 まるで遊園地の乗り物みたいで、亜希にはちょっぴり楽しいけれど、市川は気分が悪そうに振り回されていて、ちゃんとお仕置きになっていた。

 亜希もここで喜んだら、その後に地獄を見るぞと思って、怖がっている振りをして振り回される。

 ぐるん、ぐるん、と二周して、2人を地面に下すと夏銚はまず柢恵を見下ろして言った。


仲草ちゅうそうがお前を探していたぞ。十分に覚悟してから仲草の室に行くんだな。やるべきことがたんまりと溜まっているらしい。――こうは調練に行くぞ」

「はい、爸爸ちちうえ


 にこにこして答えると、夏銚の大きな手が亜希の頭をわしゃわしゃと撫で回した。おそらく、夏銚は自分に振り回されて喜んでいた亜希に気付いている。


「はぁ、分かりました。――くさか……そうじゅ……あ……うん、じゃあ、また後でな」

「うん」


 亜希に対してどう呼び掛けるか苦悩した結果、諦めた市川が軽く手を上げて、めんどくさそうに歩いて去って行った。

 おそらく市川が向かう先に、柢恵を探しているという孔芍こうじゃくの執務室があるのだろう。

 柢恵の後ろ姿を見送っていると、亜希の肩に手がかかる。見上げると、興味深そうに息子を見下ろしてくる夏銚の目を目が合った。


「ずいぶんと仲良くなったものだな」

「えーっと、うん。2年前の戦で……。それから、徐々に……?」

「なるほどな」


 仲良くなることは良いことだ、と夏銚は大きく嬉しそうに笑って、再び亜希の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 すると、不意に声が響いた。


「夏殿。その子は、あんまりそういう扱いはしない方が貴方の為ですよ」


 振り返ると、端正な顔がじっとこちらを見ていた。――孔芍だ。


「柢恵を見かけませんでしたか?」

「あいつなら、今さっき、お前の執務室に行かせたぞ」

「……そうですか」


 それなら良いんです、と孔芍は静かな声を響かせる。その響きに疲労感がたっぷりと含まれているような気がして、どうしたのかと問えば、孔芍はため息を漏らした。


「あの子の睡眠時間がそのまま、わたしの職務時間になるのですよ。殿にあの子を推挙したのはわたしですから、不平不満を言えた立場ではないのですが」  


 言って去りかけた孔芍は、そうそう、と振り返った。


「殿の夫人方がお越しになります。夏殿が調練がてら、出迎えてくださると有り難いです」


 夫人たちの護衛は十分にいるが、一行は琲州から併州赴郡に入る。

 そこから北上して斉郡城にやって来るのだが、斉郡の隣接したつい郡には峨鍈の領地を狙う功郁こういく貞糺ていきゅうがいるため、護衛の数は多ければ、多いほど良いだろう。


「承知した」  


 夏銚の短い返事を聞き、孔芍は頷いて柢恵の姿を求めて去っていった。














【メモ】

とう 梨蓉りよう

 峨鍈の妻。蒼潤が峨鍈に嫁ぐまで彼の正妻だった。

 瓊倶けいぐめかけにされるはずだったところ、峨鍈がひとめ惚れして、瓊倶から奪い取って妻にした。

 美人で、賢くて、そして、優しい。

 峨鍈が20歳の頃、梨蓉は18歳で、結婚。その3年後の葵暦178年(蒼潤が生まれた年)に息子・峨昂を生んでいるが、2歳で亡くしている。

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