表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/87

9.めちゃくちゃリアルな夢を見た


「髪が青くなれば、確実にクムサ王族の子孫です。結局、トガム国はクムサ国を滅ぼしたが、クムサの王女に帝国を乗っ取られたというわけですね」

「そういうことだ」


 そこで峨旦は一度言葉を切って沈黙した。トガム国だのクムサ国だの、それらの国々が存在したのは400年以上前のことだ。

 真実、トガム国がクムサ王族に乗っ取られていたとしても、それについてあれこれ思うことはない。

 そんなことよりも問題は、龍か否かの方だと峨旦も峨鍈も承知していた。


「今の皇帝の母君は、先帝の貴人だった」

「恙太后のことですね」

「恙太后を見ていて、わしは分かったのだ。龍ではない者は龍を殺そうとするが、龍は龍を殺さない。――故に、わしは先帝に第一皇子の命乞いをしたのだ」


 龍が、クムサ王族を祖とする者たちのことであるのなら、共に帝国を乗っ取っている仲間である龍を龍は殺さない。龍を排除しようとするのは、龍ではない者――つまり、クムサ王族の血を受け継いでいない、或いは、その血が薄まってしまった者たちである。


「さて、えいよ。ここにお前の活路があると、わしは考えるのだが、どうだろうか? わしは第一皇子――冱斡郡王の命の恩人だ。冱斡郡王には王妃が産んだ娘が3人いると聞く。もちろん王妃は蒼家の娘で、桔佳きっか郡主ぐんしゅだ。3人の娘たちも郡主であり、つまり、龍を産む。龍の揺籃だ。本来ならば、宦官の孫になど手の届かぬ方々だが、恩人の孫であるお前を、よもや冱斡郡王は門前払いをしないだろう」


 祖父の眼光が怪しく輝く様を峨鍈は冷静に見つめ、祖父の話と自分が知り得た情報を脳裏で結び付ける。


 かつて蒼昏を陥れ、その命を奪おうと企んだのは、恙太后の一派であった。

 おそらく彼女は多くの者たち同様に知らなかったのだ。蒼家の血には、龍の血が流れていることを。

 それ故に、皇帝になるべく者の髪が青く変わると知った時には、自身が産んだ皇子の髪が青く変わらないことに愕然としたことだろう。

 そして、彼女は思い至った。自分の息子を皇帝にするために、龍を殺すことを。


 胡帝の崩御により息子が即位すると、息子の皇后には自分の一族の娘を立てた。

 当然、皇族からの大きな反発を招いたが、既に彼女は蒼家以外の多くの権力者を取り込んでいた。

 彼女の息子の礎帝が無能だったことも災いし、彼女は恙太后として、以後十数年の間、権力を握り続けることとなるのだ。


 そして、その間、蒼昏と彼の家族は恙太后によって命を脅かされ続けている。蒼昏が生きている限り、蒼昏を担ぎ上げようと考える者が出てくるかもしれないからだ。

 恙太后は恐れ、怯え続けていた。彼女の息子も孫も龍ではないが、蒼昏は龍であるからだ。


 ――しかし、その恙太后が死んだ。

 昨年のことだ。急すぎる死に呈夙ていしゅくに毒殺されたのではないかという噂がある。確証はないが、その噂は、おそらく真実であろう。


「恙太后がいなくなった今、冱斡郡王は帰京を考えるかもしれません」

「鍈よ。もし、お前が冱斡郡王の剣となると言えば、冱斡郡王は郡主をひとり下さるかもしれない」

「冱斡郡王を擁立するつもりはありませんが」

「なぁに、嘘も方便よ」


 ふぁっふぁっふぁっ、と峨旦の歯の抜けた口から息が漏れるような楽しげな笑い声が上がり、峨鍈は瞳を細めて己の顎を親指の腹でなぞった。




△▼




 痛い! と思って、亜希は顔を歪めた。

 どうやらベッドから落ちた時に腰を強く打ち付けてしまったらしい。


 寝相がよろしくないので、しょっちゅう、ベッドから床に転がり落ちてしまうのだ。またやってしまったかと、亜希はズキズキと痛む腰をさすった。

 それにしても、痛い。


(なんだか、いつもより痛い!)


 今回はずいぶんと酷い落ち方をしてしまったようだ。


「うー。せっかく寝てたのに。今、何時だよ。もっと寝かせてよ」


 呻き声と文句を口にしながらも、朝まで寝直そうとベッドに手を掛ける。


 すかっ。

(んん?)


 目測を誤ったらしい。まぶたを開かないまま、何度か手で空を切りながらベッドの縁を探す。

 フローリングの床からベッドまでの高さを考えれば、だいたいこの辺を探れば何かしら手に触れるはずなのだが……。

 おかしい。手は空を切るばかりだ。

 これは、面倒だが、瞼を開くしかない。亜希は舌打ちをして、眠たい目をうっすらと開いた。


 白い光が、亜希を貫いた。

 見渡す限りの蒼。澄み渡った空が亜希の視界に延々と広がっていた。

 薄く流れた雲は、白い鳥が翼を広げたように風にたなびいている。


(え?)


 飛び起きて辺りを見渡すと、蒼い空の下には、青々とした草原がどこまでも広がっていた。

 風が吹き抜ける。草原の真ん中で座り込んだ亜希のすぐ横を掠めるように駆け抜けていった。

 草花が波のように揺れ動いて亜希に囁きかけてくる。


(うそ! ベッドがない!)


 ――いや、それどころか、どう見ても亜希の自室ではなかった。


(どこ、ここ?)


 亜希はゆっくりと立ち上がると、めぼしい建物がひとつとしてない草原を大きく見渡した。


(私、部屋で寝てた……よね?)  


 困惑しながら、自分の行動を思い返してみる。

 確かに学校から帰ってきて、『蒼天の果てで君を待つ』を読んでいれば、母親から勉強しろと言われないので、ずっと本を読んでいた。


 夕食後はテレビを見続け、母親の表情が険しくなってきたので、風呂に入り、そして、再び本を読み始めた。

 ベッドに潜り込んだのは、23時過ぎだったと思う。もう少しだけ読もうかと本を持ってベッドに上がったものの、結局、枕元に本を置いただけで眠りに落ちた。


(その後、起きた覚えはないんだけど?)


 仮に起きて、家を出たとしても、こんな草原に用はない。行くはずがないのだ。

 そもそも亜希の家の周りに、ここまでだだっ広い場所などない。

 いくら東京都の中で「区ではなく市でしょ」とか「多摩地域でしょ」とか、田舎だと言われていても、腐っても東京だ。道路のすぐ傍らに畑や田んぼが広がっていることはあっても、ここまで広い草原は存在しない。


(じゃあ、ここはどこなんだろう?)


 そして、なぜ自分は、こんなところにいるのだろう?  

 まったく答えが出ないまま、ぼんやりと辺りを眺めていると、不意に声が聞こえた。

 どうやら亜希のことを呼んでいるようなのだが、聞き慣れない言葉に聞こえる。外国語のようだが、英語とは異なった響きだ。


 いつもの空耳だなと思った時、草原の端の方に小さく姿が見えて、それが次第に近付いて来ていることに気が付いた。

 呼び声が響く。

 男だ。空耳ではなく、見知らぬ男が亜希の名を呼びながら、こちらに向かって馬を駆けさせてくる。


(だれ?)


 亜希は息が詰まったかのように苦しくなって、胸元を押さえた。  

 男は不思議な服を着ていた。着物みたいだが、亜希が見知っている着物とは異なる。漢服と言うのだろうか。昔の中国人が着ていたような民族服だ。

 髪型もおかしい。男のくせに長く伸ばした髪を後頭部の高い位置でお団子にして、そのお団子を覆い隠すように四角い帽子のような物をかぶっている。

 男は亜希の側まで来ると、ひらりと馬から降りた。


「どうした?」


 亜希の様子がおかしいと感じたらしく、男は心配げに亜希の顔を覗き込んできた。

 どきりと亜希の胸が飛び跳ねる。嬉しさと悲しさと、懐かしさ、そして、狂おしいほどの愛おしさが一斉に押し寄せて来て、亜希の感情をぐちゃぐちゃに掻き乱した。

 亜希は言葉を失ったまま男の顔を凝視する。


 手を伸ばせば触れられるほど近くにある男の顔は、彫刻のように彫りが深く、目鼻立ちがはっきりとしている。亜希よりもずっと年上の『おじさん』だが、きっと若い頃は美男子だったに違いない、精悍な顔つきをしている。

 不意に、見覚えのある顔だと感じた。だけど、いったいどこで見た顔だろう。分からないまま亜希は口を開いた。


「――ここ、どこ?」

「何?」


 男は眉を歪めて怪訝な顔をした。


「頭でも打ったか? すぐに戻り、医師を呼ぼう。――お前、馬はどうした?」

「馬?」

「乗っていた馬だ」

「乗ってた?」


 馬になど乗っていた覚えはない。常々乗りたいとは願っているが、残念ながら実際には乗ったことはないのだ。

 首を傾げると、男はますます心配げな表情を浮かべ、焦ったように片手を振って言った。


「もういい。俺の馬に乗れ。――まったく、無茶な乗り方をするから落馬するのだ。本当に、怪我はないのだろうな?」


 男は亜希の腕を引く。そして、自分の馬に亜希の体を引き上げようとした。


「痛ーっ‼」


 その力があまりにも強くて、亜希は、ぐっと瞼を閉じた。激痛が走る。男に捕まれた腕だけではなく、全身に痛みが広がり、亜希は思わず叫んだ。


「痛いっ‼」


 ぐわっ、と目を見開けば、見慣れた天井。

 辺りを見回すと、自分がベッドから落ちて床に転がっていることが分かった。ものすごく腰が痛い。


(なに今の⁉)


 ドキドキと胸が騒いでいる。


(夢? ――でも、めちゃくちゃリアルだった!)


 掴まれた腕。

 男の気配。

 わずかに焦ったような男の声がまだ亜希の耳に残っていて、今もまだ、その男が亜希のすぐ隣にいるかのように感じる。


 枕元に転がっている目覚まし時計を手に取って時刻を見れば、起床時間にはまだ早かった。もう一度寝ようと瞼を閉ざすが、胸がドキドキと騒ぎ続けていて眠れなかった。

 とうとう朝までまんじりともしないで亜希はベッドの中で過ごし、起床時間になったので、しぶしぶ起き上がる。

 制服に着替えて、朝の支度を終えると、気だるさを引きずるように登校した。












【メモ】※『蒼天の果てで君を待つ』の設定です。

 ○○王…帝位を継がない皇子は王に封じられて、『○○王』という称号を貰う。○○には与えられた所領名が入るが、所領のない名目的な王もいた。爵位。

 郡王…郡単位の所領を与えられた王。『○○郡王』。爵位。生母は郡主に限る。

    郡王の正妃(郡主に限る)の息子も郡王に封じられる。

    正当な皇族の血筋であるため、髪が青くなり、帝位継承権を持っている。龍。

 県王…県単位の所領を与えられた王。『○○県王』。爵位。生母が郡主以外の皇子。

    県王は一代限りなので、県王の息子は県王に封じられない。


 後宮の位…皇后、貴人、美人、宮人、采女

 太后…皇帝の母

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ